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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
152/263

百二十一、長の宴

 席に着くと直ぐに、侍女が酒を注ぎに来た。巫王(ふおう)は此れ幸いと手を伸ばそうとするが、小埜瀬(おのせ)が其れを押し止めた。

八津代兄(やつしろあに)大王(おおきみ)のお出ましはまだ先だ。今から飲んでは宴の最中に催すぞ」

「宴とは、そんなに長い物なのか?」

「大王が回廊を回ってから席に着いて、其処からが本番だ」

「………」

 巫王は経験者の小埜瀬の忠告を聞き、渋々酒に伸ばし掛けた手を下げる。纏向(まきむく)の酒は濃いと云うから、どんな物か試してみたかった。酒が弱い割に巫王は、何やかんやと飲みたがる。小埜瀬も困った物だと見詰めて居た。

「其れに八津代兄、宴が終わったら大王に伝えなければならない事が有るんだろう?自制して呉れ」

「うむ…」

 確かに亜耶の闇見(くらみ)善事禍事(よごとまがごと)を伝えられなければ、大王との会談にも意味が無い。何も知らせぬ侭に真耶佳(まやか)が子生みを迎えて仕舞えば、(いお)(もり)の名折れとも言える。巫王は苦虫を噛み潰す思いで、酒に手を出さぬ事を決めた。




 此の時期、日の入りは早い。夕暮れ時に着いた二人だったが、もうとっぷりと日が暮れた様な気さえする。

 其処に、妃や采女(うねめ)が座する一角から(どよ)めきが起こった。

「ああ、大王のお出ましだ」

 響めきの声は段々に移動してきて、巫王と小埜瀬の側まであと少しだ。すると回廊に、何か光る物が見えた。時記(ときふさ)異世火(ことよび)だ。

「真耶佳、時記…!」

 感極まって巫王が声を上げると、二人も此方に気付いた様だった。髪を結い上げ、后の冠を着けた真耶佳は杜に居た頃とは比べ物にならぬ程美しく、大王に手を引かれて堂々と歩いている。

 時記の異世火で暖められて居るのだろう、大王、真耶佳、時記、月葉(つくは)の誰も(おすい)を着けて居無い。そんな事に感心して居ると、大王の列が巫王と小埜瀬の敷物の前で足を止めた。

「巫王どの、お会いしてみたかった。後程、ゆっくりと語らおう」

「お父様、お酒は控えめにね」

 此れで、巫王は一気に一同の注目を集めた。坐安王(いましやすおう)が来るとしたら、宴の後だ。大王に答え乍ら、巫王は其の確信を強くした。

 二言三言の遣り取りで、大王の列はまた進んで行った。月葉が、巫王に深く頭を下げる。小埜瀬が、茫然とした様子で巫王に言った。

「孕んで尚あの美しさ…妃や采女の響めきは、敵わぬと云う驚きだったのだろうな」

「真耶佳の話か?」

「他に誰が居る!妬み嫉みを持って居た女達も、此れで静まるんじゃ無いか?」

 そうだと良いが、と巫王は口籠もった。宮に降り注ぐ黒い針の話は、小埜瀬にはして居無い。人の無意識が何処まで止められるものなのか。亜耶には見えて居るのだろうが、巫王は不安で為らなかった。




 そうこうして居る内に大王達は回廊を回り終え、大王は席に着く様だ。大王が座ると、斜め後ろに時記が片膝を付いて控える。真耶佳と月葉は此処で退出する、と巫王は聞いていた。

 しかし退出する筈の真耶佳が、何かを侍女と話している。真耶佳はその侍女をも連れて、表舞台から消えて行った。

 其の悶着が終わると、大王が杯を上げる。其れを合図に料理が運ばれて来て、巫王は酒が飲めない分纏向の料理を味わった。

「八津代兄の襲は良いなあ、私は料理も酒も、取る度に腕が寒い」

「ならば帰ってから、大蛇(おろと)に頼んだらどうだ?袖くらい、ほんの数日で付けて呉れると思うぞ」

 後ろに火瓶(ひがめ)はあれど、前は寒い。往路で散々襲自慢をされた小埜瀬は、其の実用性を見て益々羨ましくなった様だ。大蛇に何を土産にすれば袖を付けて呉れるか、と少し酔った頭で算段を始めて居る。

「大蛇は土産話だけで充分だ。見返りを求める様な男では無い」

「確かに…今まで貰った事は有っても、何か遣った事は無いな」

「寧ろ、宮で一働きした褒美にして呉れるやも知れん」

「良い奴だなあ、大蛇」

 巫王の昔話に出て来た通りの男だ、と小埜瀬は顔を綻ばせた。巫王も自分が未だ兄貴分と慕う義息子を褒められて、相好を崩す。大蛇は面倒見が良い。其れが、巫王と小埜瀬の共通認識となった。

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