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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
151/263

百二十、妻籠

 宮は、朝から慌ただしかった。普段は大王(おおきみ)だけに真耶佳(まやか)をお披露目すれば良い物を、今宵は他の妃達にも、なのだ。

 后の冠は、大王から貰った。瑠璃があしらわれている其れは、大変真耶佳を喜ばせて居る。側女(そばめ)達は、自慢の主の花の(かんばせ)を、何処まで知らしめられるかと云う点で苦労している様だった。

 事前に贈られた紫色の(きぬ)は、真耶佳が十月目(とつきめ)になっても少し余裕がある。首元に(ひだ)の付いた付け襟は、大王の物とは少し違うが共布だ。赤い付け襟は真耶佳の白い肌を引き立てて、顔色も良く見える。

 真耶佳は丁度、少女から女への転換期。其の最中に子を孕んで穏やかな慈母の様な表情を見せ、危うい乍らも眩いばかりだ。

「真耶佳さま、亜耶さまにもお見せしませんか?」

 準備が終わった頃、(みお)から声が掛かる。亜耶さまは今日は、調子が宜しい様ですよ、と。

 真耶佳は月葉(つくは)の準備も終わって居るのを見、澪の提案を喜んで受けた。

 水鏡(みずかがみ)の前に行くと、澪は既に亜耶と話して居た様だった。そんな澪は、自分は下がって真耶佳と月葉を水鏡の前に押し出す。

如何(どう)です亜耶さま、真耶佳さまも月葉も美しいでしょう?」

 ええ、(とて)も、と。亜耶は先日より顔色の良い笑顔で澪に応えた。

「真耶佳が髪を結い上げているの、初めて見たかも知れないわ」

「ええ、初めてよ。如何?」

「よく似合うわ。冠は、大王が選んで下さったのね?」

「そう、私の好きな瑠璃で」

 惚気ている自覚は有るのか、真耶佳は頬を少し紅潮させる。以前、真耶佳に贈るのは瑠璃では無くては、と大王が言ったのを、覚えて呉れて居た。其れが真耶佳には嬉しいのだ。

「月葉は髪を結わないのね。其の方が良いわ。波打つ黄金(こがね)の髪は、后の介添人に相応しいもの」

 眦にいつもより目立つ様朱を入れた月葉は、其れを聞いて微笑んだ。

「真耶佳さまには何一つ敵わぬ事を、皆に知らしめるのが私の役割ですから」

「でも、気難しくしては駄目よ」

「はい」

 今日起こる事を、亜耶と月葉は知っている。そんな遣り取りが交わされている間に、宮外(みやそと)が少し慌ただしくなった。

「何でしょう…見て参りますね」

 各務(かがみ)が率先して(きざはし)を下りて行き、直ぐに戻って来る。(いお)(もり)からの土産物が着いた、と族人(うからびと)達が騒いでいる、と。(くりや)の主は各務に、明日の朝を楽しみにする様胸を張ったと云う。

「お父様がお着きになったのね」

「そうみたい、間に合って良かったわ」

 真耶佳と亜耶が悪戯っぽく交わす言葉の合間に、巫王(ふおう)への感心が見て取れる。泊所を無事に出なければ、この夕暮れには着かないからだ。

「ああそうだ、桜の件だけれど」

「大王に訊いてくれた?」

「ええ、大王も幼い頃に、彼処に(そび)える桜を見たと言って居たわ。また植えられるのは、嬉しいと」

「そう…では、明日の朝は時記(ときふさ)兄様とお父様達に、一働きして頂かなければね」

「穴は時記兄様が、もう掘ってあるの」

「まあ!お父様を甘やかして…」

 亜耶の言葉に、真耶佳が薄紅の塗られた唇を笑いの形にする。時記が、巫王の腰痛に配慮した結果だと。

「時記兄様には、湿布を頼もうと思って居たの。お父様、道中は温石で痛みを和らげて居た様だから」

 また、亜耶は闇見をしたのか。真耶佳の表情が一瞬曇るが、亜耶の顔色は良い。そして最後に、亜耶は言った。

「いい、真耶佳。大王の妃達に真耶佳程の女は居無いの。自信を持って回廊を巡って頂戴」

「…分かったわ」

「其れでは真耶佳、迎えが来るわ」

 小さくこくんと頷いた真耶佳が、后の矜持を顕わにした顔になる。其れに亜耶は微笑んで、水鏡は静まった。




 迎えには、大王が直々に訪れた。着飾った真耶佳を、誰よりも早く見たかったのだと。

 期待は裏切られず、其れ以上を行ったらしい。大王は満足の呈で、真耶佳の手を取った。

 そして宮の門まで行くと、大王が門を二つ叩いた。此処は妻籠(つまごみ)。入る道はあっても、出る道は無い。門の外で(かんぬき)を抜く音がして、真耶佳に取っては久々の宮外が視野を奪った。

 針葉樹が生い茂り、緑色の世界。真耶佳は人知れずほっと息を吐いた。

「真耶佳、あの馬車で行くぞ」

「はい、(あかとき)(きみ)

 馬車に乗るのも、輿入れして来た時以来。真耶佳は大きな腹を庇い乍ら、祝宴に向け宮を

出た。

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