表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
150/263

百十九、纏向へ

 巫王(ふおう)は、馬車の揺れに腰が痛むのを堪えて居た。出立から四日目、最初の内は泊所で休めば取れていた腰痛も、今では慢性のものだ。

 馬車を御するのは、小埜瀬(おのせ)に任せた。(おびと)なのだから、そんな事はしないで呉れと強く頼まれた為だ。確かに交易の馬車の行き来する道は(わだち)も相俟って悪路で、巫王はそんな所で此の速い馬車を御する自信は無い。ただ、轍を踏み越える時の衝撃さえ何とかなって呉れはしないかと祈るのみだ。

 そう、馬車が速いので泊所は二つ飛ばしで寄って居る。泊所では簡単な食事と少量の酒が出るのみだが、体を伸ばせるのだけは助かる。備え付けの寝座(じんざ)は、寝心地が良いとは迚も言えない。寧ろ、腰痛を酷くしているのではと思う事も有る。

八津代兄(やつしろあに)、顔色が優れないが大丈夫か?」

 立って馬車を御していた小埜瀬から、声が掛かる。朝飲んだ苦い薬湯(くすりゆ)が、効き過ぎて要るのではと心配して居る様だ。

「大事無い。前を見て呉れ、此の速さで振り向かれるのは怖い」

「だが八津代兄、最近泊所でも眠り乍ら呻いて居るぞ」

「…腰が、痛くてな」

 其れを聞くと、小埜瀬が大声で笑い出した。

大蛇(おろと)に湿布も貰ってくれば良かったか。纏向(まきむく)に着いたら、時記(ときふさ)に頼もう」

「うう…」

 あと六日程の我慢。其れを示されて、巫王は思わず腰に手を遣る。年明けて三十七になった巫王は、体の衰えをひしひしと感じていた。




 五日目の泊所には、日が沈んでから着いた。此処で旅路の半ば。あと五つの泊所を過ぎれば次は纏向だ。

「八津代兄、腰はどうだ?」

 二つ年下の従弟は馬車を御するのに立ったり座ったりで、其れ程負担を感じて居無い様だった。此の悪路を元々知って居たのも、大きいのかも知れない。

 巫王は寝座にうつ伏せになり、ああ、とだけ答えた。すると腰に、温かい物か置かれる。何かと思って小埜瀬を見れば、火で焼いた石を布で包んだ物だと言う。

「悪いな、小埜瀬」

 素直に礼を言う巫王に、小埜瀬も(まなじり)を下げた。そして疑問を口にする。何故こんなに急ぐのか、と。

「此の配分で行かねば、亜耶の子生みに間に合わぬと(うら)で出たのだ」

「亜耶の子生みに!?」

「ああ、この調子ならば、私が帰る日に亜耶は産屋(うぶや)に入る」

「道理で慌ただしい…」

 大蛇には知らせて来たのか、そう小埜瀬が問えば、巫王は否と答えた。亜耶が知って居るから、良いのだと。そう云えば、大蛇とて只人では無い。そんな物で良いのか、と只人である小埜瀬は納得に努めるしか無かった。




 十日目の夕刻、馬車は宮の大きな門の前に着いた。直ぐに舎人(とねり)の者が駆け寄って来て、何の荷かと馬車を指す。

「全て后の宮へ運んで呉れ。(いお)(もり)の者だ」

 巫王が短く言うと、話は通って居たのだろう。舎人が従者(ずさ)を呼び、荷を(あらた)め乍ら別の馬車へと移して行く。(くが)の屈強な男達とは比べ物にはならないが、従者達も中々の早さで荷を移し終えた。

 中でも苦戦したのが重い櫃で、中身は何かと従者達は繁々と眺める。其れが凍った魚だと気付いた者達は、口々に魚の杜の霊威を謳った。

「后の宮の(くりや)で、明日の朝には溶けると伝えては貰えないだろうか」

「は、はい…!」

 怯えにも似た表情で、従者の一人が頷く。厨の族人(うからびと)には、其れだけで伝わる筈だ。荷を積み込んだ馬車はそうして、北の方角に走って行った。

 空の荷馬車に残された巫王と小埜瀬は、此れでやっと門を潜れる。そう思ったのだが、馬車は此処で一旦預かられるらしい。

「宴の場は、此の奥です」

 舎人はそう言って、(かち)で二人を通した。門の中には無数の敷物と火瓶(ひがめ)、既に着席して居る何処かの(うから)の長も見える。

 亜耶はこの場で、巫王が西の族の長と会うと言って居た。巫覡(かんなぎ)の正装をして居るのは、見た所巫王だけ。あちらが探せば直ぐに見付かるだろう、と。巫王と小埜瀬は、大王が回るであろう回廊の側に腰掛けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ