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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
143/263

百十二、杜の女

 夕餉を終え、大王(おおきみ)を待つ間に時記(ときふさ)(みお)乳母(めのと)()に下がった。時記は結局、宮前(みやまえ)の桃を日の在る内に植えてしまったのだ。

 (くわ)を持った手には、肉刺(まめ)が出来ている。(きぬ)は婆が送って来た作業着で足りたが、真逆土に汚れた其れで大王の前に出る訳にも行かない。

「時記さま、この鶯色の衣と袴、お似合いになりそうですね」

「澪の()も、鶯色で繕ってあるね。奥出(うぐいす)が鳴く頃になったら、着よう」

 婆は本当に、時記と澪の衣を共布で繕って送って来た。しかも、何対も。澪は見た事も無い淡紅の衣が気に入った様で、何の色なのかと思案して居る。

「澪、其れは桜染めだよ。毎年冬になると、婆が染めるんだ」

「まあ、桜…?あんなに白い花なのに、こんな色が取れるのですね」

「うん、桜染めで使うのは、枝だからね。花の根元の淡紅を、移した色になるんだ」

 そうですか、不思議です…と澪は、桜色の衣と産着を手に取る。也耶と揃いの其れは、春先の陽気に丁度良い物。また婆に礼を言わねば、と澪は心に決めた。

「そう云えば時記さま、お着替えになる衣は決まりまして?」

「此の、厚手の萌葱色にするよ」

「婆は、時記さまに緑色を着せたいのですね」

 うふふと笑った澪は、自分も時記には緑が似合うと思って居る事を隠そうともしない。共布で其れ等を着られる事が、嬉しいのだ。

「ではお召し替えを…大王が、間もなく参りますわ」

 頷いた時記を見て、澪は乳母の間から出て行こうとする。すると時記は、澪の髪を撫でて待って居てと囁くのだった。




 澪は、時記に絆されて大王が訪なう直前まで乳母の間に居た。萌葱色の上下は宮の皆からも好評で、真耶佳の気にも入った様だ。

「もう直ぐ、大王がお出でになるわね。婆の衣、自慢しなくては」

 婆の繕い物は、赤の付け襟も大王の思った以上だったそうで、早速自分の分を居宮に持って帰ったと云う。宴の衣に縫い付けろ、と命じたのだろう。后の宮でも、真耶佳の宴の衣に付け襟は既に縫い付けられている。

 二人は宴の席で、どんな仲睦まじさを発揮するのか。少し困った事に為るか、其れとも黒い針が勢いを失うか。

 禍事(まがごと)は起こらないと言った亜耶の言葉を信じ、宴に出られない澪は不安を取り除こうと懸命だ。

「澪さま、大丈夫です。面白い事に為りますよ」

 澪の不安を汲み取った月葉(つくは)が寄って来て、宴の事を耳打ちして行く。しかし面白い事とは、と澪が聞き返す前に、大王の先触れが来た。




 遣って来た大王は、突然(きざはし)の前に出現した桃の木に驚いて居た。出入りに問題は無いが、何の為かと。

 澪と時記で事のあらましを振り返り、皇子(みこ)を護る為の物だと言うと大王は喜んだ。

「亜耶姫には、感謝せねばならぬ。同胞(はらから)では無いと言い乍ら、こんなにも吾子(あこ)を気に掛けて呉れるとは」

「亜耶は、素直では無いのですわ。いつも(つま)をそう言ってからかって居ますけれど、亜耶自身も自分の愛情深さを気取られたく無いのです」

 だから、見返りは不要ですわ。真耶佳がそう言うと、大王はううむ、と唸った。其れでも何か、返せる物が有れば、と思案して居る様子だ。

(あかとき)(きみ)、亜耶はお許しが欲しいのですわ。此の宮内に、杜の木花が増える事をお許し下さいませ」

「其の程度の事で良いのか?こんなにもして呉れて居るのに…」

「ええ」

「真耶佳、亜耶姫の好きな玉石(たまいし)は何だ?」

「菫青石ですわ」

 見返りは要らない、と言い乍ら、真耶佳は大人しく答える。瑠璃、菫青石、柘榴石。魚の杜に於いて、真耶佳と亜耶と澪を象徴する石だ。

「暁の王、ご無理は為さらないで下さいませね」

 真耶佳は領巾(ひれ)で口許を覆い乍ら言う。大王の魂胆が、見えて居るのだ。ただ、瑠璃や柘榴石と比べて菫青石は手に入り難い。(くが)でも稀に手に入ったが、其れは(から)と交易の有る西の(うから)がどうにか手に入れて来ていただけだ。

「大王、亜耶は杜の女です。杜では偶然は必然、偶然手に入った折に考えて遣って下さい」

 時記にも言われて、大王は心得た、と渋々頷いた。

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