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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
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百七、真夜中の来訪者

 夕餉は少し冷めて仕舞ったが、普段女御館(おなみたち)に運ばれて来る物と大差無い。其れでも巫王(ふおう)は何処か違和感を持った様子で、大蛇と亜耶と三人で囲む夕餉の中に何かを探して居る。

八津代(やつしろ)、今宵は寝酒は無しだ」

 いち早く気付いた大蛇(おろと)が言うも、巫王は少し不満の呈。明日の朝が早い事は解って居るが、普段有る物が無いと落ち着かないらしい。

「お父様、少しは自重して下さいな」

「しかし…」

「酒が無いと寝られないなんて、お父様の思い込みです」

 亜耶が冷たく切って捨てるがのだが、巫王は諦め切れない様子だった。

時記(ときふさ)兄様だって言って居たでしょう。酒は眠りを浅くして、寝起きを悪くすると」

「其れに今は亜耶が産女(うぶめ)だ。女御館に酒は無し、だぞ」

「う…分かった」

 観念したのか巫王は、大人しく夕餉に匙を沈める。夕餉は珍しく赤粥に卵が溶かれており、亜耶には大層美味だ。乾し肉をふやかして食べるのも良い。

 大蛇は乾し肉を其の侭噛み千切って居たが、巫王は亜耶に倣う事にした様だ。其の方が、鋭い牙を持たない生まれ付いての人間には食べ易い。

「亜耶、其れだけしか食べないのか?」

 腹が大きくなってからの亜耶の食事量を知らない巫王が、違和感の声を上げる。子にきちんと、肥やしは行って居るのかと。

「大丈夫、朝には熊の血凝(ちこごり)を飲むわ」

 大蛇、お父様、後は宜しく。普段より多く配膳されて仕舞った夕餉を、亜耶は二人に任せる。

「おう、任せとけ」

「………」

 巫王も言葉は無いが、二杯目の赤粥をよそい始めた。腹が一杯になれば、自然と眠るだろう。そう、亜耶と大蛇は視線を合わせる。

 只でさえ遅い夕餉。鱈腹食わされた粥。相俟ってか、巫王は夕餉が終わって少し経つと、大きな欠伸をした。

「お父様、(みお)()も、火瓶で温まっているわよ」

 そちらで夜着に着替えて。亜耶が言外にそう云うと、巫王は夜着を受け取る。

 亜耶の間から巫王が出て行って直ぐに平和な寝息が聞こえ始めて、大蛇と亜耶は吹き出した。

「俺らも寝るか」

「そうね」

 此方は、夜着に着替える暇も無かった。時記が酒に関して言って居た事は、正しかったのだろう。隣の間に、良い例が居る。大蛇が火瓶を寝座(じんざ)に寄せて、二人も眠りに就いた。




 亜耶は、八月目(やつきめ)に入った腹が重くて眠りが浅い。此処の所、ずっとだ。

 普段は大蛇が起きぬ様にと身動ぎせずに過ごすのだが、今宵は何故か落ち着かない。也耶(やや)は多分、来るだろう。其れは構わない。ただ、何か夢を見た。そんな気がするのだ。

 夢見(ゆめみ)では無い。未来(さき)の事でも、過去(まえ)の事でも無い。

 禍事(まがごと)の気配は真耶佳の子生みまで見られないし、一体何が落ち着かないのか。亜耶自身にも分からない。其れが厭だ。

 亜耶は己を抱き締める大蛇の腕を持ち上げ、寝座から起き出した。澪の間からは、何かを呟く巫王の寝息。また、羽張(はばり)の夢でも見ているのだろうか。

「…亜耶?」

 火瓶に寄り添う様に座ると、矢張り大蛇を起こして仕舞った。如何(どう)した、と問い掛ける大蛇には、寝惚けた気配。

「何でも無いわ、ただ、落ち着かなくて…」

 ふっと吐息混じりに笑えば、大蛇からも寝息が漏れる。女御館の中は、夜の闇。夜具から出ているのは(とて)も寒いので、亜耶は手探りで(おすい)を手に取った。

 ああ、落ち着かないのは宮に渦巻く真耶佳への嘲笑の所為だ。大王を手放した夜、他の妃からは妬み嫉みの代わりにそんな黒い針が届いている。

 勿論、宮の者は誰も気にしないだろう。亜耶も、普段なら気にしない。落ち着かないのは、也耶だ。

 初めて真耶佳の閨に入って、どんな物が普段真耶佳に降り注いで居るのか、知ったのだ。亜耶が買い取るのは、也耶の怖い夢。初めて也耶が夢に訪れた時、そう約した。

「也耶、お出でなさい」

 納得した亜耶は、水鏡(みずかがみ)の方向にそう呼び掛ける。すると昏闇の中、ちゃぽんと水音が鳴って、(かいな)の中に赤子の重みが生まれた。直ぐに額に手を充てて、怖い夢を吸い上げて遣る。今後、幾度此の様な事が有るだろう。

 優しく乳を飲ませ乍ら、亜耶は也耶の未来を思った。

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