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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
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百五、真耶佳の閨

 女御館(おなみたち)には、夕餉と共に巫王(ふおう)の着替えが届けられた。泊まるならば、必要だろうと。

「おお、助かった。根回しが早いな、大蛇(おろと)

「んなんじゃねえよ…。(くりや)で居合わせたから、頼んだだけだ」

「行き会わなかったら、御館(みたち)まで行ったのでしょう?」

 そう云う所が大蛇なのよ、と亜耶が言うと、巫王も上機嫌で頷いて居る。大蛇は、矢張り素直では無い。ぷいと顔を背けて、(おすい)が出来た喜びの侭に笑う巫王をあしらって居た。

(みお)の間に、火瓶(ひがめ)持って来る」

 居心地の悪くなったらしい大蛇は、臍を曲げた侭出て行って仕舞う。其れさえ微笑ましいのが、大蛇と巫王の間柄、と云った処か。亜耶はその間に、巫王を少しでも落ち着けようと腐心した。

 其処に、揺れる水鏡(みずかがみ)が亜耶と巫王の目を惹く。

(みお)だわ」

「おお、そうか!」

 迷わず水鏡に向かう巫王だが、亜耶の方が一足早かった。巫王の襲自慢の前に、澪と話を始めなければ、と。亜耶は何事も無かったかの様に、如何(どう)したの、と澪に優しく問い掛けた。

「澪、真耶佳(まやか)の閨で休む事になったのね」

 也耶(やや)を抱いた澪は、挨拶無しの亜耶の物言いにも素直に頷く。余程、気が重いのだろう。

「澪、大王(おおきみ)の閨では無いわ、真耶佳の閨よ。真耶佳の間で三人で、朝までお喋りした事も有ったじゃ無い」

「真耶佳さまの、閨…」

 澪ははっとした顔をして、亜耶をまじまじと見詰めた。

「そうよ、大王が居無ければ、真耶佳独りの物よ」

 気にする事は無いの、と亜耶は笑い掛ける。少し緊張の和らいだ様子の澪は、やっと怒らせて居た肩を下ろした。也耶も、其の方がお包みの居心地が良いのだろう。きゃっきゃと笑い始める。

「亜耶さま…也耶は、真耶佳さまを困らせないでしょうか?」

「真耶佳は、母の気持ちを味わいたいの。(もり)では乳母(めのと)は付けないわ、其の所為では無いかしら」

 今は纏向(まきむく)に居るとは云え、真耶佳も杜の女だ。自分の乳で子を育てたい気持ちも有るのだろう、と亜耶は言訳(ことわけ)した。

「其れに、如何しても困ったなら也耶は此方に来るわ。其の位の判断は出来る子よ」

 亜耶が言葉を紡ぐ度、澪の表情は和らいで行く。亜耶の横に陣取った巫王は、蚊帳の外だ。元気の無い澪に、襲自慢の気持ちも失せた様子。巫王はそっと、水鏡の側を離れて行った。

「あ、お義父様…」

 澪が声を掛けるが、亜耶は其れを制した。登宮(とぐう)をお楽しみに、と。

「気を遣わなくて良いのよ。お父様の想像と、話題が違っていただけだから」

「そうなのですか…?」

 大きく頷いた亜耶は、澪の不安を払拭する程鮮やかな笑みを浮かべる。つられて澪も少し笑みを浮かべ、いつの間にか緊張が解けている事に気付いた様だ。

「亜耶さま、月葉(つくは)が真耶佳さまの為に、夜具を縫って呉れたのです」

 先程までより柔らかい声音で、澪が言う。澪の腹が大きくなって行くに連れ思い立ったと言って呉れた事、針が遅いと謙遜した事。

「婆に頼まず自分で縫う所が、月葉らしいわね」

 掛かった時間は、前者の方が早かったでしょうに。そう言う亜耶に、澪が申し訳無さげに同意した。

「けれど、お陰で側女(そばめ)達も益々月葉に親しみを持った様で…」

「あら、其れは良い効果ではないの」

 姶良(あいら)相良(さがら)も、少し怯えて居た様だから。そう亜耶が言うと、澪も苦笑を隠さない。

「多分、最初に側女頭(そばめがしら)を替えた所為なのですけどね」

「そんな事も有ったわね」

 今だから笑い飛ばせる事だが、当時の月葉の怒りは相当な物だった。遠く離れた亜耶の元にも、届く程に。

「…そう云えば」

「何?」

「お義父様がそちらに居られると云う事は、夕餉の途中でしたか?」

「いいえ、夕餉は大蛇が戻ってから。お父様は今宵、女御館(おなみたち)にお泊まりになるの」

 綾と大龍彦(おおつちひこ)の早い朝に、起きる自信が無いのですって。亜耶は少し茶化すけれど、本当に神殿(かむどの)の朝は早い。此の時期は、朝日も昇らない程だ。

「まあ…ではどちらも、いつもとは違う宵なのですね」

「そうね」

 可笑しな事など何一つ無いのだけれど、澪がうふっと笑う。此処まで緊張が取れれば、大丈夫だろう。丁度澪の間に火瓶を置く音もしたし、頃合いだ。

 真耶佳の事はよく頼んで、亜耶は水鏡を離れた。

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