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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
135/263

百四、得手不得手

 真耶佳(まやか)は今宵も独り寝だ。孕む前ならば喜んで受けた其の機会を、今宵の真耶佳は少し不安げにして居る。

「ねえ、(みお)。今夜は私の閨で休んで呉れない?」

 真耶佳の口からそんな言葉が出たのは、皆が其れを察し始めて直ぐだった。え、と慌てる澪に、真耶佳は尚も言い募る。

「赤子が居る夜と云うのを、一度経験してみたいの。吾子(あこ)は、生まれれば澪に任せきりになるでしょう?」

「で、でも…私が大王(おおきみ)の寝所に入るなど…」

(あかとき)(きみ)には聞いたわ。ね、月葉(つくは)

「はい、昨夜真耶佳さまは確かに…。大王も、大変乗り気でした」

 周りに気遣える也耶(やや)ならば、子を持った事の無い真耶佳でも添い寝出来るだろう、と。大王も、良い機会であると考えた様だ。

 澪がちら、と時記(ときふさ)を見れば、時記は優しい顔で頷いて居る。澪は意を決して也耶を抱き上げた。




 月を数えれば、真耶佳も眠るのが辛い頃。夜は大王の手枕(たまくら)に寄り掛かり、腹の重みを紛らわして居た事だろう。

 さて、其の代わりを何にしよう。澪が月葉に相談しようとすると、月葉は既に代わりを持って来ていた。

「体を斜めにして、此れを腹の下に敷けば少しは重みも和らぎます」

 綿入りの、大きな夜具。厚みの有る其れを腹の支えにするとは、月葉も考えた物だ。

 閨の寝座(じんざ)は広い。中央に其れを置き、真耶佳にどうかと聞くと、嬉しげな笑みが帰って来た。

「助かるわ。腹の重さを如何しようと思って居たの」

 余り孕みに苦痛を感じた事の無い澪でも、腹の重さは解る。しかし中で赤子が生きていると分かって居る以上、無下には出来ないのが母なのだ。

「月葉、有り難う御座います」

「いいえ、澪さまの時に思い付いたのですけれど、針が遅くて…」

「まあ、月葉が縫って呉れたの?」

 真耶佳が詳しく見ようと寝座に上がると、月葉はやめて下さい、と言う。聞けば、婆に習った割に、針は不得意だと目を逸らした。

「綿が出ることは有りませんから…安心してお使い下さい…」

 月葉にしては珍しく、消え入りそうな声。澪は何だか温かい物を感じ、時記と笑い合った。

 夕暮れ時、夕餉が届く頃だ。閨を使うには未だ早い。真耶佳も閨から出て来て、輪に入る。

「月葉にも、不得手が有ったのね」

 真っ当な真耶佳の言い分に、月葉が当たり前です、と答える。

「月葉はいつも完璧に振る舞うからね、仕方が無いよ。澪、真耶佳、余りからかわないであげよう」

 側女達も、今まで以上に親しみを持った様だし、と時記が言う通り、遠巻きに見て居た側女達も優しい目で月葉を見て居た。

「そう云えば真耶佳さま、歌は出来たのですか?」

 居心地が悪くなったか、月葉は急に話の矛先を主に向けた。今度は真耶佳が言葉を詰まらす番だ。

「一応、夕べ暁の王に木簡をお渡ししたのだけれど…」

 歌ならば昔から、亜耶の方が上手かったのよね、と真耶佳が言うので、澪は驚いて仕舞う。

「何故、歌を?」

「歌会始は欠席だけれど、歌だけは出す様に言われて仕舞って…」

 真耶佳は身重を理由に年始に伴う一連の行事を欠席して居る。其れは、澪も知って居た。しかし、歌を詠めと言われて直ぐに詠める…(いお)(もり)でも歌を詠む習慣が有ったとは。時記が動揺して居無い事から、族人(うからびと)に取っては当たり前なのだろう。

「何を(うた)ったんだい?」

「亜耶の歌…独り、郷に残して来た妹姫(おとひめ)のことを…」

「杜の掟には、触れて居無いね?」

「ええ、私は殆ど掟を知る機会も無かったし、触れようが無いわ」

 今ただ会いたしとだけ詠った、と真耶佳は答える。其れに、時記も安堵した様だ。

「来年からは、我が子の事を詠むと良いよ。子の成長は早いからね」

「ええ、毎年違った歌になるわね」

 淡く笑って、真耶佳は偶に内側から蹴られる腹を撫でた。

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