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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
129/263

九十八、最後の妻

 后の宮で皆が寝静まった頃。大王(おおきみ)一番鶏(いちばんどり)の鳴くを聞いて、急いで式衣(しきぎぬ)を脱ぎ捨てて居た。今日は一月の一日。此れから白装束に着替え、四方拝を行う。其れが終われば晴れて今宵は自由の身、しかし今宵から明日の朝までを逃せば、また真耶佳(まやか)に会いに行けない日となって仕舞う。

 時記(ときふさ)は察している様だったが、真耶佳は最早大王の全てだ。腹の子を太子(たいし)に、と言った其の意思は変わらない。仮に女子だったなら、纏向(まきむく)に遷都した時を真似てまた女王に立ち返るまで。

 大王は近頃、腹心の臣にもそう告げて憚らない。(いお)(もり)の王族には、連綿と大王の血筋が混じって居る。嘗て()した姫達が女子を生み、里下がりと共に連れ帰った為だ。其れ故、真耶佳を国母として大后(おおきさき)にする事は、容易い事。

 大王には、同母(いろ)の兄弟姉妹は居無い。其れは代々、妻籠みを作ってきた理由と重なる。何故か妻籠みにはいる女達は、様々な理由で大王の種の子は一人ずつしか生めなかった。

 そして今の大王には、男子の孫は生まれたが子等は女子だけ。真耶佳を最後の妻と(あかし)した日から、大王の心は決まっていた。

 あの五月(さつき)の最後の晴れに、硬い表情で輿に乗って来た真耶佳。后の宮へ、と言ったらば、蒼白になって倒れ掛けていた心弱い娘。形の良い唇は、哀れな程震えて居た。木漏れ日の下で出迎えた、あの日は生涯忘れないだろう。

 今頃、真耶佳は眠りに就いた頃だろうか。大晦(おおつごもり)(みお)と時記に新しい(きぬ)で言挙げをさせたいと、真耶佳は微笑んで居た。きっと其れも、上手く執り行われた筈だ。真耶佳の元には月葉(つくは)が居るのだから、不安要素は全て排除しての言葉だろう。

 其れに真耶佳自身、子を孕み、人を上手く使える様になってからは強くなった。大闇見(おおくらみ)の亜耶姫が難産の()を指摘していたが、其れすらも乗り越えてくれると大王は信じて居る。

「斯くも気高き日嗣(ひつぎ)の大王…」

 考え事が、過ぎたか。疾うに着替えは終わって居る。外から呼ぶ神僕に応える形で、大王は四方拝へと向かった。




 昼過ぎになると、宮には側女(そばめ)達が一刻の休みを終えて集まって来た。今朝方まで皆と共に時間を過ごして居たのだから、宮の面々の寝坊は見て見ぬ振りである。

 其処に、普段通りの時間の先触れが来た。応対した側女は、先触れの男に、え、と声を上げて居る。

「如何したの、姶良(あいら)?」

 異変に気付いた各務(かがみ)が声を掛けると、姶良と呼ばれた側女は少し声を落とす。今宵大王は、夕刻前にお出でになる様だ、と。

 皆寝静まって静かな宮の中、姶良の声は其れでも響いて仕舞って、皆一様に慌て出す。先ず、各務が月葉を起こしに行った。

茅野(かやの)真砂(まさご)、床掃除を…!」

「はいっ」

「姶良は(くりや)に行って、知らせて来て!

「はい…!」

相良(さがら)三朝(みささ)は、私と一緒に毛皮の床敷きを急いで外で叩きましょう!」

 今は各務に次ぐ地位となった喬音(たかね)が、てきぱきと指示を出して行く。勿論、自分が一番の重労働を担うのも忘れない。

 月葉が起きて来る頃には、側女達は月葉の望んだ以上の仕事をして居るのだった。




 各務が起こしに行くと、澪は寝座(じんざ)の上で高い枕を使って眠って居た。蝶髷(ちょうまげ)を崩さない為だ。大王にも見せたい、と。昨夜着た衣も丁寧に畳まれ、もう一度袖を通されるのを待って居る。

 澪の可愛らしさに思わず微笑みを落とした各務が寝座に近付くと、先に時記が身を起こした。

「各務かい、何か有った?」

 普段、乳母の間には側女は立ち入らない。だから、急な事と理解して呉れたのだろう。高圧的に怒る人で無くて良かった、と各務は無礼を詫び、大王の訪ないの刻限を知らせた。

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