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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
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九十七、一番鶏

 ああそうだ、と口を開いたのは亜耶だった。(くが)の子供の話に終始して仕舞う訳には行かない。

「明日、お父様が陸から荷物を送るわ。大王(おおきみ)の宴の席で身に着けられる物は、間に合うわよ」

 綾は静かに女御館(おなみたち)を出て行き、残るは亜耶独り。心ゆくまでお喋りをしよう、と(みお)真耶佳(まやか)に持ち掛ける。

 何せ、久方振りに許された夜更かしなのだから。

「本当、揃いの内襟はどんなだったの?」

「真耶佳好みよ。大王のお好みを知らないから、婆は真耶佳に寄せたみたい」

 其れは真耶佳を喜ばせたらしく、まあ、と真耶佳は両頬を手で覆う。

時記(ときふさ)兄様と澪は、お楽しみよ?」

「あら、どんな物が来るのでしょう」

 先程までの話題とは一転して、澪と真耶佳は笑顔を見せた。時記も、澪と揃いの普段使いの衣が来るのを喜んで居る様だ。

「兄様、季節の変わり目毎に婆は衣を縫うわよ」

 覚悟して置いてね、と亜耶が茶化す様な脅す様な調子でからかう。時記は宮に来て、婆が澪の為に繕った衣と裳の量に驚いたのだが、今後も其れは続くだろう。

「少ない荷物で来て仕舞ったから、助かるね」

 穏やかな口調で言って、時記は笑顔を作った。そして、其れから、と言葉を続ける。

「宮には先の大后(おおきさき)が鼻炎だったからと、花の気が無いんだ。真耶佳の好きな花を、根ごと送って呉れないかい?」

「まあ、そうなの。其れでは今咲いているのは、兄様の薬草だけ?」

「うん。そうなんだ。薬草では、彩りに乏しいからね」

 (いも)だけで無く、妹姫(おとひめ)への配慮も忘れない。時記の人柄が知れる一幕だ。

「分かったわ。根を綺麗に洗えば水鏡で届くものね。大きめの物は苗で荷馬車に乗せるわ」

「亜耶さま、春は(もり)では、どんな花が咲くのですか?」

「桜や大藤に…野草が多いわね。清水の影響で、地花は様々咲くわ」

 杜の美しい風景に、美しい花。その様子を想像したのか、澪の表情が夢見がちに変わる。

「藤は白も紫も咲くわよ、山肌に」

 真耶佳が、澪の期待を掻き立てる様に言い添える。時記も、神山(かむやま)の中には色々な花が咲き誇ると澪に伝えて居た。

「澪、子が馴染んだら少し、魂離(たまさか)りしてご覧なさい。澪の目には、そちらからでも充分見えるわ」

「はい!」

 澪が元気に答えると、也耶(やや)がお(くる)みの中で声を上げた。拳まで振り上げている。と、同時に、亜耶の耳に一番鶏の鳴く声が届いた。

「ああ、もうお乳の時間ですか…!」

「そうね、丁度一番鶏も鳴いたし…少し眠った方が、今宵の大王のお迎えに良いわね」

「亜耶さまも、ご無理無き様…」

 ええ、と頷いて亜耶は、楽しかったわ、と水鏡を離れた。




 大蛇(おろと)が帰ってきたのは、水鏡(みずかがみ)での遣り取りを終えた直後。広い(むら)の敷地とは言え、海に面している部分は少ない。

 神殿(かむどの)の結界に一番骨が折れたと云うが、大龍彦(おおつちひこ)と二人で何とか遣ったのだろう。いつもは亜耶か綾が指示をするが、今回は神殿と邑全体を護れば良いと云う事で、二人で遣ると言ったのだ。

 白浜が広がる神殿から続くのは内海、高浜から下りた先は外海だ。高浜の断崖を考えれば、そちらには結界は必要無い。

「兄者が言ってたぜ、御使い食った子供はまだ九つだとよ」

「でも、御使いを食べて仕舞ったんなら不老長寿に…」

「ああ、多少は成長するだろうけどな。綿津見(わたつみ)の爺に扱き使われる。爺の気が済むまでな」

 少し思案して、哀しげな顔になった亜耶を大蛇は見逃さなかった。九つの子を失う親は、どんな気分だろうと。

 海もそんなに悪い所じゃ無えよ、と大蛇が慰めるが、亜耶の心配は親に向く。やっと授かった子。そんな母の悲鳴が降りて来たのだ。

 けれど、母は流されない。罪を犯して居無い、()してや腹には新しい命が宿っている。きっと、子を助ける為に波に飛び込むだろう。けれど波は、母を陸へと圧し戻す筈だ。母を諦めさせるには、巫王(ふおう)の説得が必要になる。巫王は明日の内には、陸から戻って来ないと思った方が良い。

「綾と大龍彦に、頼らなければ…」

 亜耶はぽつりと呟いて、重くなった腹を押さえて横になった。

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