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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
127/263

九十六、年の初め

 亜耶が東雲(しののめ)を見た頃。宮では、新しい年を祝う舞いが時記(ときふさ)によって披露されていた。真耶佳(まやか)月葉(つくは)には見慣れた光景。けれど、此方では見目麗しい男の舞いは滅多に見られないと云う。

 (みお)も見馴れぬ其れに心を奪われた一人で、食い入る様に(つま)を見詰めて仕舞った。

「いつもは、お父様と亜耶と舞うのよ」

「そう…なのですか」

「ええ、今年は亜耶が身重だから、お父様の一人舞いね」

 巫王(ふおう)も、老いたとは言え充分に華が有る。時記とまでは行かなくとも、太刀(たち)持ちての舞は族人(うからびと)の目を惹くだろう。

 澪が杜に心を馳せる瞬間は、不意に訪れる。真耶佳も、きっと巫王の御館(みたち)の舞台が恋しいのだろう。感慨深く時記を見詰めて、手を叩いて居た。

「亜耶が、女御館(おなみたち)に戻った様だよ」

 舞い終えた時記が、前置きも無しに言う。水鏡(みずかがみ)を揺らしてご覧、と。時記はそう言って、自分の太刀を布で巻き、片付けに行って仕舞った。

 澪は、言われるが侭に水鏡を揺らす。そうすると何故か、応えたのは綾だった。

「澪、久し振り」

「綾様…如何したのですか、亜耶さまに何か…!?」

「何か有ったのは、(くが)(うから)の方。亜耶は何とも無いよ」

 綾への畏敬に満ちた言葉を聞いて、真耶佳が水鏡へと寄って来る。真耶佳は未だ、綾の顔を知らない。

「綾、様…?」

「真耶佳、初めまして。驚いた?」

 綾は悪戯っぽく笑うと、僕が綾だよ、と言った。碧い髪、碧い目に真耶佳が驚くのを、楽しみにして居たらしい。

「綾様、幼い頃遠くから見た通りの方ですわ」

「ああ…、真耶佳は幼い頃は僕達が見えて居たんだっけ」

 少し期待外れの様な綾の、小さな溜息。けれど真耶佳は、そんな事には気付かず綾の美しさに感服して居る。

「亜耶が、褒めちぎる理由が佳く分かりました…」

「何、其れ。亜耶、代わるよ」

 綾が小さく笑って、亜耶を呼び寄せた。すると少し眠そうな風情の亜耶が、水鏡の前に座る。

 領巾(ひれ)で口を覆って、欠伸を隠し乍ら亜耶は澪に左手を見せる様言った。

「亜耶さま、有り難う御座います…!」

「その赤の方が似合って居るわよ、澪」

 其れに、(きぬ)大王(おおきみ)から頂いた物なのね、と亜耶は目聡く見付けて微笑ましげな顔をする。澪は、慈母の様な亜耶に頬を染めた。

也耶(やや)も、元気そうね。お(くる)みから片足だけ出ているわ」

「ええ、最近寝返りを打つので…包んでも体勢が変わってしまって」

 澪が言うと、何故か也耶は片足を引っ込める。起きて居るのか、と思えば眠って居る。赤子とは、不思議な物だ。

「亜耶、お疲れ様」

 不意に声が掛かり、乳母(めのと)()から戻って来た時記が当然の様に澪の隣に腰掛ける。揃いの衣を着て居るのを、亜耶に見せたかったと言って。

「私がしたのは、異世火(ことよび)を熾す事だけよ」

 濃紅(こいくれない)上衣(かみぎぬ)の侭、亜耶は宴の様子を掻い摘まんで話した。勿論、餅の事は伏せて。

「其れより兄様、汗を掻いて居られるわね」

「先程まで、剣舞を見せて呉れていたのです」

 澪が嬉しそうに、時記を横目に見乍ら答える。正式な妹背(いもせ)言挙(ことあ)げ、年越しに剣舞。勿論宮内に異世火は飛ばしただろう時記は、汗を掻くぐらい当然かも知れない。

「所で亜耶さま、陸で何か有ったのですか?」

 澪は、疑問を率直に口にする。綾が女御館に居たのは、其れが理由だろうと気付いて居るのだ。

「…綿津見神様(わたつみのかみさま)の御使いをね、陸の子供が(もり)で突いて食べて仕舞ったの。美しい魚だから、新年の祝いに、って」

「え…?」

 今度は、声を発したのは真耶佳だった。其れでは、海が荒れるのか、と。

「明日は潮流が強いから、お父様の乗る舟は勇魚(いさな)が護って呉れるそうよ。杜には結界を張らなければ…」

「今、大龍彦(おおつちひこ)大蛇(おろと)が遣ってるよ」

 また、綾が答える。陸にも、其の子を除いて結界を張らねばと。

「潜れる様になったばかりの子供だから、何を獲っちゃいけないのか知らなかったんだ」

「けれど、綿津見神様は…」

「うん、お許しにならないよ」

 綾は言うだけ言って、水鏡から消えた。残された澪達は、顔を見合わせるばかりだ。

 神の怒りを買う事は、無知すらも罪になる。そんな厳しさを目の当たりにした、宮の面々だった。

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