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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
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九十四、大晦の言挙げ

 (みお)は鏡の前に座らされて居た。其の手には、新しい簪。真耶佳(まやか)如何(どう)してもと言うので、昨夜貰ったばかりの此れを着けて年を越すのだ。

 簪は二本とも、主張が強い。なので、普段使いの六本組の簪は今日は休ませる方が良い、とは月葉(つくは)の弁だ。

「どちらが時記(ときふさ)さまのお選び下さった簪なのでしょう?」

 澪の率直な疑問に、真耶佳が多分…と前置きして答えた。

(もり)神殿(かむどの)では四つ手を打つでしょう?だから、四連の簪が時記兄様の物だと思うわ」

「成る程…そう云う見分け方が有るのですね」

 喬音(たかね)也耶(やや)を任せ、各務(かがみ)に髪を結われ乍ら澪は答える。他の側女(そばめ)達は大王(おおきみ)から先日賜った衣を、取り出して風を通して居た。

 時記はと云えば、今は監視役の月葉によって乳母(めのと)()に軟禁状態だ。異様に張り切った真耶佳に、圧された形で。

(あかとき)(きみ)は主張の強い物がお好きだから、一粒石にしたのでしょうね」

 時記の事も、大王の事もよく知って居る。そんな口調で真耶佳に言い切られて仕舞えば、澪も納得せざるを得ない。

 しかし、澪が着飾る姿を時記にまで見せないのは、何故なのか。其れを問う度に真耶佳は、悪戯っぽい笑みで躱して居た。悪意が無いのは分かる。しかし澪は、訝しげに真耶佳を見上げて仕舞うのだ。

「澪、心配しなくても大丈夫よ」

 産後結い上げてばかり居た髪を下ろされる侭、澪は各務に身を任せる。蝶髷(ちょうまげ)など、結うのは幾日振りだろう。思い出すのは、杜での宴の事。

 亜耶と真耶佳に飾り立てられ、八反目(やため)との妹背(いもせ)言挙(ことあ)げをしたあの時の事だ。もう遠い昔に思えるが、一年も経って居無い。あの日を境に、澪の時は激しく動き出した。勿論、亜耶と真耶佳の時も。

 あの宴がどんなに意味の有る事だったか今更乍らに分かって、澪はふと遠い目になる。例えば、八反目。彼は澪が居無くても、亜耶の妹背の言挙げで憤死しただろう。けれど其の前に、澪との間に子を遺した。

 其の子は今、時記の子として元気に生きている。今澪の腹に居る子の良き姉姫(えひめ)として成長して行くのを、澪は願わずに居られない。亜耶は心配無いと言うけれど、八反目の影を継いで欲しくは無いのだ。

 皆が言う様に、時記に似た子ならば良い。深く考え込んで仕舞った澪に、不意に真耶佳の声が掛かる。

「澪、鏡を見て」

「は…っ、はい!」

 はっと現実に引き戻されて、澪は言われた通りに鏡を見た。亜耶と共に神殿に行ったあの時と同じ、初めて着飾った幼姫(ちいさひめ)。其れが目の前に映る。

 真耶佳が小さく笑って、大王から賜った衣に袖を通す様促した。見れば、乳母の間にも衣は運び込まれて居て、時記も共に着替えさせられると知れる。

 こんな時でも愚図らない也耶は、本当に良い子だ。喬音の腕の中で、眠って居るのだろうか。ふと目を遣った喬音は、心配無いと言う様に微笑み返して来た。




 澪も時記も着替え終わった頃。真耶佳が時記に、何かを渡した。やっと乳母の間を出る事を許された時記は、新しい(きぬ)が酷く似合って居る。

 澪は思わず頬を赤らめ、時記から目を逸らした。すると真耶佳が、時記を連れて澪の元に来るではないか。

「真耶佳さま…?」

「澪、時記兄様の前に手を出して」

 言われる侭に澪は、時記に向けて右手を差し出した。すると、時記が利き手で無い方が良いと言う。

「利き手では、褪せて仕舞うかも知れないからね」

 大人しく出した左手に、時記は何かを結びつける。あの宴と同じ、小指に、赤い糸だ。

「時記さま…」

「亜耶にも、綿津見神様(わたつみのかみさま)からの糸を頼んで置いたんだ」

 確かに、八反目が澪に呉れた糸は直ぐに褪せて仕舞った。けれど此れならば、と思う程、新しい糸は佳く染められている。時記の脚結(あゆい)より、赤い位だ。

「澪と時記兄様、何もお祝いをしなかったでしょう?」

 種明かし、と真耶佳が微笑む。月葉はあの宴の後を知らないとは言え、何か感慨深い面持ちで二人を言祝(ことほ)いだ。

「暁の王が今日は好きに遣れと言うから、二人のお祝いよ。遅れて仕舞ったけれどね」

「また、大王が仲間外れにされていない?」

「大丈夫。さあ兄様、澪と抱擁を」

 時記は懸念を口にした物の、真耶佳の言う通りに澪を抱き締める。澪の耳元で、(とて)も綺麗だ、と言い添えて。

 あの宴の後には、こんな感慨は無かった。此れが、(かな)しいと云う事か、と。澪は真っ赤になって、時記の胸に顔を埋めた。

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