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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
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八十九、苦言

 大蛇(おろと)を叩き起こし、亜耶は朝餉を終えたら巫王(ふおう)御館(みたち)に行くと宣言した。勿論、理由は言わない侭に。

「あー…何かあんのか」

 寝惚けた大蛇は、物分かりが良い。此処数年で知った事だが、起きて居る時より素直に物事に応じるのだ。

 実は此処の所、亜耶と大蛇は巫王の頻繁な(おと)ないに少し困って居る。大蛇も昔程好き勝手が言えなくなり、巫王には指摘し辛い様だった。亜耶は其れに罪悪感を覚え、巫王に遠回しに苦言を呈してみたりする。しかし伝わらない巫王の元、今朝は訪ないの前に急に押し掛けて遣ろうと思ったのだ。

 朝餉が運ばれてくる前に二人は身支度を終えて仕舞い、目が覚めた大蛇は巫王の御館に行く理由を知ろうとする。

「何で、今朝なんだ?」

「後で分かるわ」

 朝餉は、普段通りに運ばれてきた。其れはそうだ。祝い膳を号令する巫王が、未だ澪の二人目の孕みを知らないのだから。

 宮でも今頃、真耶佳(まやか)の床から起きて来た大王(おおきみ)を巻き込んで、騒ぎになって居る事だろう。大王の也耶(やや)への溺愛の片鱗を見た者として、容易に想像出来る。

 大王は、真耶佳の子との兄弟の様に也耶にも接して居る様だ。此れから生まれてくる子も、きっと同様。いつかは道が別れて仕舞うけれど、幼い頃はせめて一緒に。大王は、そう思って居る節が有る。

 妙に機嫌の良い亜耶を横目に、大蛇は納得して居ない。

「なあ、何で行くか教えて呉れたって良いんじゃねえか?」

「大蛇が言ったのよ、お父様の御館の(きざはし)は下りが危ないって」

 確か亜耶の祖母が、身重で足下が見えずに滑り落ちたのだ、と。孕んだばかりの頃に、大蛇から聞いた。

 案の定大蛇は黙り、粛々と食事が続けられた。




 御館まで行かなければ、と準備していた亜耶と大蛇の元に、ふらりと巫王が現れた。女御館(おなみたち)水鏡(みずかがみ)が有る所為で、巫王も足を運び易いのだ。亜耶の企んだ今日は、気が向いた日だったらしい。

「あらお父様、今お伺いしようとしてたのよ」

 亜耶が言うと、巫王は()()ったり、と云う面持ちになった。

「水鏡を使わせて貰えんかな。也耶の様子が見たい」

「駄目よ、宮は今取り込み中だから」

 亜耶の即答に、大蛇と巫王が顔を見合わせる。取り込み中、とは。何かおかしな事でも有ったのだろうかと。

「お父様、心して聞いてね。(みお)時記(ときふさ)兄様に、二人目よ」

 一瞬、亜耶の間に沈黙が落ちた。其れから、いつ聞いた、と巫王の喜びに震えた声。

「夕べ、也耶が乳を飲みに来たの。其の時に色々教えて呉れたわ」

「色々とは、也耶はまさか闇見(くらみ)はするまいて」

「もう、するのよ。乳の対価にと澪達の幸せを見せて呉れた」

 あの二人、子沢山になるわよ、と亜耶が悪戯っぽく笑う。巫王は、澪と時記の帰って来た時の為に、新しい御館は何件要る、と気が早い事を口走っていた。

「お父様、あの子達が帰って来るのは、丁度(よば)いの時期よ。誰と結ばれるかは、お楽しみに」

「亜耶…もう少し詳しく…」

「お前、也耶と約したな?其れで色々明かせねえんだろ」

 大蛇がやっと闇見の対価に思い至った様で、図星を突く。当然、乳だけが対価では無いからだ。

「そうか…其れならば納得が行く」

「また落ち着きを無くしたわね。澪の孕みの時はいつもそう」

 私達の時は落ち着いて居たのに、と亜耶が言うと、巫王は面目ないと頭を掻いた。そして、懲りずに言う。

「今日此処に居れば、また水鏡は揺れるか?」

「どうかしら、宮も慌ただしい日になっていると思うけれど」

 ならば待とうか、と言い出した巫王を、大蛇が諫めた。

八津代(やつしろ)、亜耶だって産女なんだ。少しは休ませて呉れ」

 暗に、大蛇と亜耶に頼り過ぎだと知らせる声。亜耶と大蛇も、未だ婚って日は浅い。共に暮らした日が少し有るとは言え、婚いと共に孕んで仕舞ったのだ。妹背(いもせ)として二人切りで居た時間など、皆無だった。

 そして、孕みを(よみ)する巫王の頻繁な訪い。巫王は幼友達と娘の婚いに歓喜したのだろうが、もう少し距離は取れないか、と。

 必要な時には居無い。不必要な時には居る。此れまでを思い出したか、巫王はしょんぼりと項垂れて居た。

「お父様、来る前に(うらな)って下さいな。今日だって、水鏡での会話を終えてからお出でになったわ」

「そうか、今日はもう既に遣り取りが有ったのか…」

(うら)で私達が御館に行く、と出た日には、其の侭お待ち下さい」

 婚いとは、悪意は無くとも他人が立ち入り過ぎただけで(ひび)が入る物。亜耶も大蛇も、巫王に苦言を呈したくて呈して居る訳では無いのだ。

 巫王の手元に残った妹背は、亜耶と大蛇だけ。その気安さと、淋しさも有ったかも知れない。大蛇が咎めて居る訳では無い、上手く遣りたいのだと巫王の肩を摩ると、巫王も素直に頷いた。

「お父様、苦言は此処までよ。もう一つ、用が有ったの」

「何だい?」

 巫王は亜耶ががらりと明るい口調に成った事で、少し顔色を取り戻した。

「大王にお目に掛かった時に、直接仰有って頂きたい事が、二つ」

 一つは善事(よごと)、一つは禍事(まがごと)よ。そう言い出した亜耶に、巫王と大蛇は顔を見合わせた。

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