表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
114/263

八十三、鰐

 大蛇(おろと)は宮で噂されているとも知らず、狩人達と交渉していた。巫王(ふおう)に新しい毛皮の(おすい)を作るから、氈鹿(かもしか)の毛皮を呉れと。

 すると狩人達は、毛皮の始末は(くりや)の仕事だと言う。言われる侭厨に赴いた大蛇だったが、此方も空振り。毛皮は厨から機織(はたお)り場に渡り、要不要の判断をされるそうだ。既に何枚かは機織り場に回したと言うので、大蛇は次はそちらに赴く事にした。

 機織り場では、巫王の襲を縫いたいと言ったら機嫌良く毛皮を貰えた。お子の分もどうぞ、と端布まで。

「まだ薬草での処理はして居りませんので…」

 申し訳なさそうに言う織り部に、大蛇は自分で遣るから良い、と答えた。また、真耶佳(まやか)の間の出番だ。

 目的の物を手に入れた大蛇は、軽い足取りで女御館(おなみたち)に戻って来た。

「亜耶、八津代(やつしろ)の襲を縫うっつったら、毛皮貰えたぜ」

「まあ…量が多くない?」

「一番良い部分だけ使うんだ。(いお)(もり)(おびと)の襲だからな」

 大王の宴に着ていくのだから、其れ位贅沢でも良いのかも知れない。大蛇の自信に満ちた物言いに、亜耶も徐々に納得していった。

「真耶佳の間、使うんでしょ。今回も乾かす?」

「いや、今は風が乾いてるから、余計な霊力(ちから)は使わなくて大丈夫だ」

 分かった、と亜耶は答えて、運ばれてきた昼餉に目を遣った。匂いからして、山羊の乳の粥。此れも宮からもたらされた調理法だ。細かい塩漬けの草片(くさびら)が入っている所を、亜耶は気に入って居る。

 先に食ってろ、と大蛇が言うので、亜耶は温かい内に食べて仕舞う事にした。




 乳粥には鶏の焼き物も付いていて、亜耶は腹一杯になった。亜耶の好きな笹身の焼き物。ついつい平らげて仕舞った。其処に、毛皮を干し終えた大蛇のお戻りである。

「大蛇、久し振りに鶏よ」

「久々の肉だな。良い焼き色じゃねえか」

 亜耶もそう思って、少し食べ過ぎたのだ。今、胃の腑が迫り上がっている事も忘れて。

「平らげるなんて、珍しいな」

「今、後悔して居る所よ…喉元まで苦しいわ」

 其れを聞いて大蛇は、吐くなよ、と心配そうに言った。元から吐き悪阻では無いので、大丈夫、と亜耶が答える。

 其れにしても、もう鶏を潰す季節なのだな、と亜耶は思う。元々魚の杜でも養鶏は遣って居るが、冬以外は卵目的だ。族人全員の分は採れないので、よく白粥に溶き入れられている。鶏には暖める卵と暖めない卵が在り、暖めない物だけを採らせて貰う。ところが籾殻を与えられる秋から冬にかけて、老いも若きも鶏は肥る。必然的に、殖え過ぎた老鶏を食べるのは冬と言う事に成るのだ。

 我が子に会えるまで、もう少し。亜耶は真耶佳よりも早く、子生みを終えて仕舞うだろう。

 今の所、亜耶が自分の子生みに関して闇見して居る事は特に無い。綾達も何も言わぬので、難産では無かろうと云うのが巫王の見方だ。

「そう云えば大蛇、綾はどの位の大きさの物まで凍て付かせられるの?」

「あ?何だ急に」

 宮では、出て来る魚が新鮮では無い。其れは真耶佳も不満に乗せていた事。時記(ときふさ)が行って、巫王は更に其の事が気になる様になったらしいのだ。

「出立直前に上げた魚を凍てつかせて、宮まで運びたいのですって」

 此の時期の魚は、脂も乗って大きいでしょう、と亜耶は大蛇に言う。大蛇は、雑魚は持って行かないのか、と不思議そうな顔だ。

「冬の(いさ)りで、態々雑魚は呼ばわないと思うけれど…」

 だが、時記も魚が好きだし、宮にも(みぎわ)で育った族人(うからびと)は居る。持って行けば雑魚でも喜ばれるのは、目に見えているのだ。

「ううん…綾は昔、大きな鰐を凍て付かせたな。あれに比べりゃ此の時期の魚くらいは…」

「鰐…?何で…?」

「喧嘩したんだとよ」

 まさかその鰐、豊玉比売(とよたまびめ)様じゃ無いわよね、と訊いた亜耶に、大蛇は答えない。

「凄かったぜ…入り江に白い腹を上にして浮かぶ大鰐…」

勇魚(いさな)まで凍て付かせないわよね…?」

「大丈夫だ。勇魚は気性が穏やかだから、喧嘩にはなんねえ」

 そう云う問題か。綿津見神(わたつみのかみ)の娘を凍て付かせて置いて、使いの勇魚とは上手く遣る。少し、綾が理解出来ない亜耶だった。

「ま、兎に角、八津代が持って行く魚くらい何とも無えよ」

「ねえ、豊玉比売様はどの位の間浮かんでたの…?」

 二月(ふたつき)位だ、と大蛇はあっさり答える。其れなら宮までの道程も充分魚は保つと確信した亜耶だったが、二月も綿津見神が黙って居たのにも不思議を覚える。潮の満ち引きを司る豊玉比売なのだから、困りはしなかったか、と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ