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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
113/263

八十二、兄貴分

 宮は、喜びに湧いていた。二月(ふたつき)先とは云え、巫王(ふおう)が宮に来るのだ。懐かしい、と真耶佳(まやか)が言う。(みお)も、水鏡(みずかがみ)越しにしか也耶(やや)を紹介して居無いので、昼餉の最中だと云うのに鼻歌を歌い出しそうだ。

 月葉(つくは)はと云えば、憧れの巫王に近しく接するのは幼い頃以来だ。少し、緊張して居た。

「月葉、今から固くなっていては、身が持たないわよ」

「澪さまのお喜びも、気が早すぎるかと」

 月葉は、自分だけが巫王の来訪を喜んで居る訳では無い、と云った風情で言い返す。

「確かに、そうね。私達皆、気が早すぎるわ」

 時記(ときふさ)は言おうとしていた事を奪われて、苦笑して居る。その間にも澪達は、笑い合っていた。

「澪、手元をしっかり見て。粥が也耶にかかって仕舞う」

 お(くる)みは体の前面に也耶が来るので、両手は使えるが気を付けねばならない。澪が慌てて、粥の碗を持ち直した。

「今頃(もり)は、氈鹿(かもしか)狩りの季節だね」

「まあ、そうなのですか?」

 杜では氈鹿は冬でも捕れる、貴重な肉だ。大晦(おおつごもり)の宴の大半は、氈鹿の肉で補われる。寒さで、海に入る男達が狩り場を山に変えるのもその為だ。

「氈鹿…食べた事、無いです」

 澪の美味しい物探しに、氈鹿は引っ掛かった様だ。時記が、此方では食べるのかな、と言うと、澪の視線は真耶佳に向く。

「分かったわ、(あかとき)(きみ)に聞いて上げる」

 きっと、宮下(みやした)族人(うからびと)達も食べたがるわ。そう言って笑った真耶佳は、自分も食べたいと云う事を隠そうともしない。

「沢山の氈鹿が捕られるから、きっと大蛇(おろと)が作る父上の新しい(おすい)は氈鹿の毛皮だよ」

「そうね、氈鹿の冬毛ならば暖かいわ」

 お父様には頼りになる兄貴分が居て、丁度良いわね。真耶佳が言って、皆大蛇を思って温かな気持ちになった。

「大蛇は、私に取っても兄貴分だよ」

 澪に幼い頃の話をした時、時記は羨ましいと言われた。そんな風に自分を導いて呉れる人は、居無かったから、と。けれど今の澪には亜耶が居る。其れは迚も幸せ、と微笑まれた。

 時記は澪の笑顔に弱い。はにかんだ笑顔、困った笑顔、幸せの笑顔。どれも時記の心を捉えて離さない。

 最初は兄の(いも)が何故こんなに気になるのか、と戸惑って居た時記だったが、杜に居る内に居直った。自分は、澪が愛しいのだと。

「時記さま?」

 澪の無邪気な笑顔が、時記を覗き込んでくる。約束通りに困らせられるのはいつになるか。澪は月の忌みが一度来てからだと云うが、待ち遠しい。

 巫王が来るのは二月先。其れまでに、嬉しい知らせと成るかどうか。

「澪」

 時記がぽんぽん頭を撫でると、澪は皆の前でと慌てて赤くなる。優しく髪を撫でて、時記は昼餉に集中した。

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