表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
112/263

八十一、言伝

 (もり)には、時記(ときふさ)から大王(おおきみ)の提案がもたらされた。隣に映る(みお)も、巫王(ふおう)が一晩宮内に泊まれると云うのは(とて)も嬉しそうだった。

「ではお父様は、やっと也耶(やや)にも会えるのね」

「はい、お泊まり頂ければ、起きて居る也耶と」

 こう云う時に限って、女御館(おなみたち)に来て居無いのよね、お父様。亜耶が言うと、二人は少し残念そうな顔になる。

「呼びに行って来る」

 熊の毛皮の上に横になっていた大蛇(おろと)がむくりと起き上がり、御館(みたち)から出て行った。

「少し待ってね、大蛇がお父様を連れて来るから」

「はい」

 其れにしても、と亜耶は興味深げに也耶を見る。

「生まれたてはこんなに小さくて大丈夫なのかと思ったけれど、育つものね、赤子って」

「也耶は乳をよく飲みますから。日々重くなって居ます」

 お(くる)みに一抱え。今は肩から掛ける紐が無いと、澪の細腕では重くて抱いて歩けないと云う。寒い時期だから、丁度良いのかも知れない。

「亜耶さまも乳の出は良さそうですが…」

 澪が、亜耶の胸乳(むなぢ)に視線を落として言う。只でさえ(たわ)わだった亜耶の胸乳は、此れから生まれて来る子の為に更に大きく膨らんでいる。

「婆にも言われたわ、其れ…」

 そして、湯殿(ゆどの)の女達は口々に、出が悪かったら大蛇に揉んで貰え、と言った。からかわれて居る様で厭だったのだが、其れが一番効くという。

 澪の方は、婆という言葉で思い出したか、也耶の顔を見せたい、と言う。

「婆が沢山産着を縫って呉れたお陰で、この子はいつも綺麗にして居られます」

「じゃあ、また婆の頭に澪と時記兄様と也耶の有様を送って置くわ」

 其れから、と亜耶は澪の目を見て言う。

「次の子の孕みは、直ぐよ。ちゃんと食べて、体に充分気を付けてね」

「本当かい?」

 此れに食い付いてきたのは、時記の方だった。亜耶は既に孕みの相が見えて居る事を、時記にも(あかし)する。

「也耶に兄弟が出来るんだね。待ち遠しいなあ」

 澪にはまた、苦しい思いをさせて仕舞うけれど。そう言って、時記は破顔した。澪も、待ち切れない様子だ。良き妹背、宮に居る皆と同じ思いを、亜耶も持った。




 連れて来たぞ、と大蛇が入って来たのは、随分時間が経ってからの事。巫王は、昨日小埜瀬(おのせ)を誘いに行った序でに酒を飲んで寝て居たらしい。

「起こすのに苦労するんだよ、八津代(やつしろ)は」

「済まぬ、大蛇」

「お義父様、お酒は控えめにして下さいな」

 酒で失敗した長子(ちょうし)を思い出したか、巫王は澪にも詫びている。時記も咎めて居たので、巫王は居所無し、と云った表情になった。

「其れよりお父様、時記兄様から嬉しいお知らせよ」

「父上、年明けの宴の後、宮内(みやうち)に泊まる許可が下りたよ」

 八反目(やため)が穢した御館の浄めが終わったから、見て貰いたい。そう大王が言って下さった、と。

「では澪と也耶にも会えるのか…!」

「うん、其れに大王もゆっくり話がしてみたいって」

 嬉しき事よ、と巫王の表情は明るくなった。巫王も、大王と話して見たかったのだそうだ。

「お父様、産屋(うぶや)に護りの結界も、忘れないでね」

「ああ、勿論だ。真耶佳(まやか)も大事な娘、忘れてなる物か」

 大王は、父上に来て貰えないんじゃ無いかって、不安だったそうだよ。時記がそう言うと、最初は迷っていたが…と巫王が言葉を濁す。

「私達が頼りなかったみたい。大王にもお詫びをして置いて」

 そう云う訳じゃあ、と巫王が言うのも構わず、亜耶は艶然と笑う。

「お父様はお酒が弱いから、気を付けて差し上げてね」

「分かって居る。私達もちゃんと見て置くよ」

 お願いね、と亜耶が言って、水鏡の向こうは昼餉の時間となった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ