八十一、言伝
杜には、時記から大王の提案がもたらされた。隣に映る澪も、巫王が一晩宮内に泊まれると云うのは迚も嬉しそうだった。
「ではお父様は、やっと也耶にも会えるのね」
「はい、お泊まり頂ければ、起きて居る也耶と」
こう云う時に限って、女御館に来て居無いのよね、お父様。亜耶が言うと、二人は少し残念そうな顔になる。
「呼びに行って来る」
熊の毛皮の上に横になっていた大蛇がむくりと起き上がり、御館から出て行った。
「少し待ってね、大蛇がお父様を連れて来るから」
「はい」
其れにしても、と亜耶は興味深げに也耶を見る。
「生まれたてはこんなに小さくて大丈夫なのかと思ったけれど、育つものね、赤子って」
「也耶は乳をよく飲みますから。日々重くなって居ます」
お包みに一抱え。今は肩から掛ける紐が無いと、澪の細腕では重くて抱いて歩けないと云う。寒い時期だから、丁度良いのかも知れない。
「亜耶さまも乳の出は良さそうですが…」
澪が、亜耶の胸乳に視線を落として言う。只でさえ撓わだった亜耶の胸乳は、此れから生まれて来る子の為に更に大きく膨らんでいる。
「婆にも言われたわ、其れ…」
そして、湯殿の女達は口々に、出が悪かったら大蛇に揉んで貰え、と言った。からかわれて居る様で厭だったのだが、其れが一番効くという。
澪の方は、婆という言葉で思い出したか、也耶の顔を見せたい、と言う。
「婆が沢山産着を縫って呉れたお陰で、この子はいつも綺麗にして居られます」
「じゃあ、また婆の頭に澪と時記兄様と也耶の有様を送って置くわ」
其れから、と亜耶は澪の目を見て言う。
「次の子の孕みは、直ぐよ。ちゃんと食べて、体に充分気を付けてね」
「本当かい?」
此れに食い付いてきたのは、時記の方だった。亜耶は既に孕みの相が見えて居る事を、時記にも証する。
「也耶に兄弟が出来るんだね。待ち遠しいなあ」
澪にはまた、苦しい思いをさせて仕舞うけれど。そう言って、時記は破顔した。澪も、待ち切れない様子だ。良き妹背、宮に居る皆と同じ思いを、亜耶も持った。
連れて来たぞ、と大蛇が入って来たのは、随分時間が経ってからの事。巫王は、昨日小埜瀬を誘いに行った序でに酒を飲んで寝て居たらしい。
「起こすのに苦労するんだよ、八津代は」
「済まぬ、大蛇」
「お義父様、お酒は控えめにして下さいな」
酒で失敗した長子を思い出したか、巫王は澪にも詫びている。時記も咎めて居たので、巫王は居所無し、と云った表情になった。
「其れよりお父様、時記兄様から嬉しいお知らせよ」
「父上、年明けの宴の後、宮内に泊まる許可が下りたよ」
八反目が穢した御館の浄めが終わったから、見て貰いたい。そう大王が言って下さった、と。
「では澪と也耶にも会えるのか…!」
「うん、其れに大王もゆっくり話がしてみたいって」
嬉しき事よ、と巫王の表情は明るくなった。巫王も、大王と話して見たかったのだそうだ。
「お父様、産屋に護りの結界も、忘れないでね」
「ああ、勿論だ。真耶佳も大事な娘、忘れてなる物か」
大王は、父上に来て貰えないんじゃ無いかって、不安だったそうだよ。時記がそう言うと、最初は迷っていたが…と巫王が言葉を濁す。
「私達が頼りなかったみたい。大王にもお詫びをして置いて」
そう云う訳じゃあ、と巫王が言うのも構わず、亜耶は艶然と笑う。
「お父様はお酒が弱いから、気を付けて差し上げてね」
「分かって居る。私達もちゃんと見て置くよ」
お願いね、と亜耶が言って、水鏡の向こうは昼餉の時間となった。