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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
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八十、名にし負う

 大王(おおきみ)から、(みお)時記(ときふさ)が住む筈の御館(みたち)の浄めが終わったと報が入った。しかし真耶佳(まやか)の子生みも近いので、荷物の移動を繰り返すのは負担だろう。此の侭暫く乳母(めのと)()に居ては如何(どう)か、と提案が為される。

 確かに、真耶佳が子を生めば澪は長く此処で過ごす。その間、時記に御館を守って貰っても良いが、少し寂しい。

「其のお話しに、甘えても良う御座いますか…?」

 時記に確認も取らず、澪はそう答えて居た。時記は少し驚いた顔をしたが、異論は無い様子だ。

(あかとき)(きみ)、新年の宴には、私の父も来る事になりましたの」

「おお、父君(ちちぎみ)に直接お目通り出来るか!」

「父にとって也耶(やや)は初孫ですし、澪の事も気にして居ます。何とかならないでしょうか?」

 真耶佳に頼まれて、断った事は一つしか無い。そんな大王が導き出した結論が、浄められた御館に一晩泊めては、だった。

()にし()巫王(ふおう)どのの目から見て、浄めが完全に終わっているかを見て頂く、と云う口実では如何だろう?」

「名案ですわ、暁の王!」

「そうすれば、也耶が起きて居る時間に会わせる事も出来ますね!」

「大王、ご無理はさせて居ませんね?」

 時記が、妹姫達のはしゃぎ様を見て、確認に入る。何も無理は無い、と大王が答えると、時記も嬉しかったのだろう。

「では、父を宮内(みやうち)に入れる事、お許し下さいませ」

 そう言って、頭を下げた。

「時記は誠実よの。(もり)の出で無く今少し醜男(ぶおとこ)だったら、迷わず我が腹心に加える所だ」

「有り難きお言葉で御座います」

 時記はもう一度、大王に頭を下げる。時記と澪、月葉(つくは)の三人は、大王からの信頼も厚い。その中でも強い霊力(ちから)を持ち、皆を護る時記は、大王に頼られている。更に、也耶を迷わず自分の子として扱う姿も、(とて)も好もしく映って居る様だ。

「澪も、流石は亜耶姫の見付けた愛され姫よ。宮内の色々に、巧く関わって回して呉れる」

 今度は澪が恐縮する番だった。澪は自覚無しに人の懐に入り込む娘なので、任せられれば(こな)して仕舞うのだ。しかも、悪意を全く持たずに人と接する為、宮内での評判は(すこぶ)る良い。

「月葉も愛情深く真耶佳を見守って、時に(とど)めて呉れる。只仕えるより大儀よの」

「その様な事は御座いませんわ。真耶佳さまも霊眼(まなこ)を開いてからは、ご自分で留まられます」

そう言い乍らも月葉は、大王に感謝の念を伝えるのを忘れない。

 側女(そばめ)達も、近頃は本当に真耶佳を慕って居る様では無いか、と大王直々に問われ、皆が皆肯定の言葉を口にする。

「そう云えば澪は、湯殿の端女(はしため)達と私の橋渡しもして呉れたわね」

 真耶佳が来たばかりの頃を思い出して言うと、澪は出しゃばり過ぎました、と慌てて居る。

「あら、澪さまの口利きが無ければ、今頃私もあの湯殿には通って居りませんわ」

 月葉までが、澪の働きを買っていたとは。澪は真っ赤になり乍ら、喬音(たかね)の影に隠れようとした。

「お言葉をお許し下さいませ。澪さま方は、私達の様な側女にもお優しゅう御座います」

 盾にした筈の喬音まで、澪を褒め始める。良き妹背で御座いますわ、と喬音が時記と澪を同時に褒めて、大王から大きく頷かれていた。

「巫王どのの采配は素晴らしい。我が長子(ちょうし)を寄越せなどと言ったのは、誤りであった」

 少し気落ちした様子の大王に、時記は違います、と柔らかな声を掛ける。

「大王のあのお言葉が無ければ、也耶が居たかどうか…。私は也耶の父として、喜ばしく思います」

「そう言って呉れるか。済まないな、時記」

「いいえ、過去有ってこその現在(いま)です」

 時記の言葉に澪が頷き、大王へと笑顔を向ける。其れに大王は優しい表情を返し、眠る也耶の頬をつついた。大王もある種の巫覡(かんなぎ)で在る為、也耶には触れられるのだ。也耶は相変わらず、人から触れられるのを嫌がらない。

「其れでは大王、父の件は明日水鏡で伝えて置きます」

 お疲れの所、時間を取らせて、と時記が言い掛けると、大王は其れを制した。

「我も楽しかった。時間を取ったなどと思っては居らぬぞ」

 何と御心(みこころ)の広い大王か、と其の場に居た全員に思わせて、大王は皆に退出を命じた。気を付けて帰る様に、とは側女達への言葉だ。

 側女達が居無くなると更に砕けた態度になる大王は、良き夜を、と言って真耶佳と(ねや)に入って行った。

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