七十九、登宮への戸惑い
大王の年明けの宴には、魚の杜の長も呼ばれて居る。巫王は亜耶が行った方が真耶佳が喜ぶと辞退するが、実際会うのと水鏡で見るのは違おう。亜耶は旅路で産気付きでもしたら一大事だし、真耶佳はきっと巫王にも会いたがる。
小埜瀬と共に、出てはどうかと亜耶は勧めて居た。
「各々の長も自分の族の年明けを祝ってからだから、集められるのが二月目なのね」
「ああ、日程に文句は無いのだが…」
ならば、行けば良い。亜耶の答えは、簡単だった。皆で一夜だけ集まって大王に顔を見せ、ご機嫌伺いをして酒を飲む。終われば其の侭帰路に就くのだ。そう大した移動でも無い。
「何がお厭なの、お父様。大王は、真耶佳と月葉を連れて回るのよ?」
其れに、時記兄様もね。そう付け加えると、巫王の心は傾いた様だった。
「澪と也耶は、宮に居るのか?我等と共に席に着いて貰えればなあ…」
「そんなに乳遣りが落ち着いているかしら。確認する?」
「無理を強いて仕舞いそうだから、するな」
其れに、酒席に赤子と云うのも…と巫王は独り言ちて居る。
「宮に残る澪と也耶も、大王のお供と同じ装束を賜ったのですって」
忠実よね、と亜耶は優しく笑う。澪が婆以外の針の衣に袖を通すのは、久し振りなのでは無いか。
其の澪と也耶は水鏡でしか見られそうに無いが、真耶佳達には出立の日以来だ。巫王とて思う所は有ろう。一番最後に宮に行った時記でさえ、宴の日取りでは五月振りになる。
「お父様、会いたいんでしょう?」
「ああ、其処に偽りは無い」
「だったら、小埜瀬様も誘って行ってらっしゃいな」
杜には、綾と大龍彦が居る。何か有った時、助けて呉れない二人では無い。亜耶と大蛇も、出来る限りを尽くす積もりだ。
「分かった、小埜瀬に声を掛けてみよう」
巫王がやっとそう言い出して、亜耶は少し安堵する。亜耶の為に辞退など、させられないからだ。
「お父様の顔を見れば、真耶佳もきっと安心するわ」
子生みの為に、一番気を張っている時期だもの、と。亜耶が言うと、巫王もそうだな、と応じた。
「護りの紋も、描いて上げてね」
「分かった。では私は小埜瀬に話して来るよ」
およそ二十日間の留守の為に、巫王は酷く気を遣う。小埜瀬は行かぬとは言わないだろうし、少し羽を伸ばして来ると良い。亜耶は、そう思って居る。
巫王との遣り取りを水鏡に話すと、真耶佳が嬉しげな声を上げた。
「久し振りに、お父様のお顔が見られるのね!」
そう言った後真耶佳は、どうにか澪にも会わせられないかと思いを巡らせて居る様だ。也耶にも会わせたい、と澪も言う。
「無理はしない様に、とお父様からの言伝よ」
亜耶が笑い乍ら、二人を窘める。年が明けてから二月目の宴だ、迚も冷える。一緒に席に着いたりはせぬ様に、と亜耶は一応釘を刺した。
「お義父様も、お寒い格好はせぬ様にお伝え下さい」
澪が、尤もな事を言う。也耶は暖かくお包みの中で夢現だ。
「小埜瀬様がそちらに馴れて居るから、大丈夫だと思うわ」
二人はそうか、と納得して笑う。
「きっと大蛇が毛皮の襲をお父様にも押し付けるわ。まだお父様の兄気分だもの」
「其れは良いです!」
澪が手を叩き乍ら言った。一席毎に火瓶を置く事になっているから、其れと酒が合わさって丁度良いだろうと。
「澪と也耶にもお会いになりたいわよね、お父様…」
結局話は其処に戻って仕舞い、真耶佳は大王の意見を仰ぐ、と言った。