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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
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七十八、垂乳根

 年の瀬の大掃除が終わった其の日、(もり)から大鏡(おおかがみ)が届いた。綺麗に拭き上げられた(きざはし)の頂の向かいに、其れは鎮座させられる。珍しい東の細工を施された大鏡に、側女(そばめ)達も興味津々だ。

 也耶(やや)への手鏡と耳飾りも無事時記(ときふさ)の手に渡り、一同は丁度良く夕餉を取った。中でも機嫌が良かったのが月葉(つくは)で、大鏡は毎日自分が磨くと言い出す。

綿津見神様(わたつみのかみさま)からの大鏡ですもの、私が磨いて当然です。各務(かがみ)達の負担になっても困りますしね」

「まあ、月葉…貴女の負担は増えない?」

「私が巫王(ふおう)様にお願いした鏡です。負担になどなりませんわ」

 成る程大鏡は、既に階から吹き込む黒い針を弾いている。直接真耶佳(まやか)に向かって来る物には効果は薄いが、早速充分な働きだ。

 一方、物思いに耽っているのが時記で、手には懐かしい手鏡を持って居る。(みお)が覗き込むと、此れは母の形見なんだ、と言訳(ことわけ)した。

「時記さまのお母様の…」

「うん。父上が未だ持って居たなんてね」

「浄められては居りますが、愛情に溢れた手鏡ですね」

「母上が也耶を見守って呉れる。嬉しいよ」

 穏やかな微笑みで言う時記に、澪は一抹の淋しさを感じた。早くに亡くした母の、大切な形代。其の手に戻る事など無い、と思って居たのが知れる。

「也耶の耳飾りは如何します?」

「丁度寒い時期だから、今夜開けて仕舞おう」

 話が纏まると、時記は手鏡を也耶の懐に挿し込んだ。也耶は嬉しい、と言わんばかりに声を出して笑う。

「也耶にも、分かるのですね」

「うん。いつか、大きくなったら母上の話をしよう」

「其れが良いです」

 何れ来る未来の話をする二人に、周囲の目は優しい。浄めには亜耶が行って、羽張の事を綾から聞いたのだと真耶佳が言うと、時記は嬉しそうだった。

「母上は、亜耶の事も可愛くて仕方が無い様子だったからね」

「私も、羽張(はばり)さまがお優しいから、忍んで何度も遊びに行ったわ」

 いつも、(うつく)(ごと)を呉れた。そう言った真耶佳に、時記は其れは知らなかったよ、と笑った。

「お母様に知れたら、きっと羽張さまは()たれて仕舞う。そう思って、誰にも見られない様に気を付けて居たわ」

 其れは知らない訳だ。時記は、幼い頃の真耶佳の心労にも心を添わせたのだろう。少し、哀しげな表情になる。

「私の母も、羽張さまの様な人柄であれば良かったのに」

「…亜耶さまは、真耶佳さまには善い母だったと仰有って居られましたが」

「いいえ、私が目指す垂乳根(たらちね)は、羽張さまよ」

 きちんと愛して、きちんと教えて、きちんと叱る。そんな母になりたいのだと真耶佳は言った。時記は少し驚き乍らも深く頷いて、そうなるよ、真耶佳ならと優しく(あかし)する。

「ねえ澪、時記兄様は羽張さま似なのよ。こんな人になって欲しい、なんて我が侭かしら?」

 聞かれて澪は、いいえ、と首を横に振る。

「私も也耶には、時記さまの穏やかさや優しさを継いで欲しいです」

「澪の忍耐強さと、人から愛される所も継いで欲しいけどね」

 不意に飛び出した時記の惚気に、座していた真耶佳と月葉が良き妹背ね、と笑う。時記が惚気を発した時の、いつもの光景だ。澪は恥ずかしくて、顔を真っ赤にした侭残りの肉に齧り付いた。

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