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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
108/263

七十七、巫覡の最期

 大蛇(おろと)が、山で訓練せずとも跑足(だくあし)で走る白馬を見付けてきた。木の上から飛び乗ると、白馬は大人しく人里まで下りたと云う。

 大王(おおきみ)は先の騒動で、愛馬を亡くしている。真耶佳(まやか)の子が生まれた時、祝いとして贈るのに良いのでは無いか。巫王(ふおう)の一声で、美しい白馬は今、(うまや)でも別格の扱いを受けている。

 綿津見神(わたつみのかみ)から、(くに)(かみ)を通しての贈り物。新たな愛馬とはならずとも、厩の隅に花を添えよう。

「群れからはぐれて、山脈を越えてきたのかしら」

「ああ、そうだろうな」

 (いお)(もり)は、大きな半島の突端だ。陸路を行けないのは、半島を横断する山脈の所為。大蛇曰く、山脈の向こうは暫く高原が続き、其の先には更に厳しい山脈が有ると云う。

「山脈を越えて、大蛇に見付けられたのね」

 今の所、白馬は人に従順で、野生かと疑う程手が掛からないと云う。大蛇が近付くと喜ぶらしいが、主と認めて仕舞っては大王に贈れない。その為、厩からは煙たがられて居る様だ。

「俺が拾った馬だってのに」

 そう言い乍らも、大蛇に取っても大王の印象は悪くは無い。自分からしても、近しい杜の者達の世話をして呉れて居るのだ。恩に思わない筈も無い。

「真耶佳の子生みは至難よ。其の後届いた馬なら、大王も大切にして下さるわ」

「もう見えてるのか」

「ええ」

 産後の真耶佳を連れて遠駆(とおが)けする所がね、と亜耶は笑う。

「乗って貰えるのか!」

 どうやら大蛇は、白馬が厩の隅で年を重ねていくのでは、と案じて居た様だった。其の心配さえ無ければ、白馬が大王の元に行くのに文句は無いと。

「じゃあお父様には、大蛇が白馬の受け渡しに賛成したと言って置くわ」

「ああ、頼んだ。所で今日、八津代(やつしろ)を見掛けないが…」

 巫王は今日、(くが)に行っている。大鏡(おおかがみ)が出来たと言われ、確認の為に。問題が無ければ、其の侭宮に送ると。

羽張(はばり)さまの手鏡を渡した時にね、お父様と話したの。羽張さまは、私を可愛がって下さったのね、って」

「ああ、羽張はあの女に見放されたお前を、自分の娘とまで言ってたな」

「お父様は、ただ笑っただけだったわ。見た事も無い、哀しい顔で」

 亜耶は話し乍らふと、遠い目をした。巫王の大切な記憶。(かな)しい女。きっと今頃は、綿津見宮(わたつみのみや)で巫王を待って居る。

 魚の杜の巫覡(かんなぎ)最期(さいご)は、哀しい。勾玉を残して、其の身は白砂へと還るのだ。白砂は白浜へ撒かれ、其れを以て追悼とする。

 羽張は巫女では無かったが、邑内(むらうち)に墓は無い。きっと綿津見神の思し召しで、白砂になったのだ。嬉し哀し、巫王は其の時に、(おびと)の自覚を得たのだろう。

時記(ときふさ)は、見た目も性格も母親似だよな」

「そうなの?」

「ああ、目元や物腰なんかが良く似てる」

 羽張も、産褥に倒れなければもっと良い晩年を過ごせただろう。羽鳥(はとり)を望まれない女に仕立て上げる事には、成功したのだから。尤も、羽鳥が(あま)りに非道い女だったから、巫王が其の事実を白日の下に晒しただけなのだが。

「八津代も方々手を尽くしたんだがな」

「そうなのね…」

 若い頃の巫王の手に、どれだけの権力が有っただろう。(いお)(もり)で初の男長(おとこおびと)。周囲の(うから)からは、距離を置かれたかも知れない。今でこそ巫覡の先頭に立っているが、族内(うからうち)での扱いも如何なものだったか。

 やっと女児に恵まれても大王に輿入れする姫が先に生まれ、霊力(ちから)は持って居無い。二年後に亜耶が生まれて漸く、巫女姫を得たのだ。以前は三日三晩の宴など大袈裟な、と思って居たが、今ならば分かる。

 望まぬ婚いの果ての亜耶の誕生が、今の巫王を生んだのだ。何とも皮肉な結果と言える。

 愛しい女は守れない。望まぬ女との子が、族の統率力を高める。若き巫王は、相反する結果に叫び出したい日も有ったのかも知れない。

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