七十六、宴の衣
真耶佳の宮には、年明けの宴の衣装が届けられていた。真耶佳には后しか纏う事を許されぬ薄紫の衣と濃紫の裳、領巾までも紫だ。
光沢の有る生地は、外つ国との交易で得た物と想像される。無地に柄を凹凸の有る織り込んだ生地は、高価だった事だろう。
月葉には、后に付き添うに相応しい白い衣に、紅の裳。領巾は透けた紅で、此方も上品だ。此れで黄金の髪を持つ月葉が眦に朱を入れるのだから、見る者を威圧するだろう。
時記には巫覡と分かる様、白い衣と袴、赤い脚結と云う一見すると普段と変わらぬ物が届いた。しかし生地は此方も柄を織り込んで有り、大変美しい。
「こんなに美しい衣が孕み着だなんて…」
「真耶佳さま、大きい分には直せます。ご心配は要らないのでは?」
「そうね、宴が終わったら、暁の王に頼んで見ましょう」
あら、と大王からの衣装を検めていた側女が声を上げる。何かを見付けた様だ。
「如何したの?」
「一番下に、もう一揃い…澪さまの分ですね」
「此れを着て、待って居なさいと云う事でしょうか?」
違うわよ、と真耶佳が肩を震わせ乍ら領巾で口元を押さえている。既視感。月葉を見れば、同じ様な反応だ。
「暁の王は、澪にも衣を贈りたかったのよ」
ほら、衣は時記兄様の白い地と同じ布だわ、と真耶佳が指さす。裳は茜色で、領巾は同じ茜で二度染めをした物の様だった。澪だけが衣を貰えないと云う状況を、大王は避けたかったらしい。
「私、こんな上等な物を頂いて良いのでしょうか…」
「澪さまの柘榴石と良く合います。其れを思ってお選び下さったのでは?」
無駄にする方が申し訳無い。そんな調子で喬音が言う。其の通りだわ、とは真耶佳の弁だ。
其れでは、と澪が衣を持ち上げると、裳と同じ色の何かが落ちた。
「澪さま、也耶さまの分も有りましたわ」
良く見ると其れは、肩に掛けて使う様に出来たお包みだ。赤子を乗せる部分がだいぶ大きく作られているので、結構な月齢になっても使えそうな物。
「暁の王ったら…」
真耶佳は幸せな笑いが隠せなくなったらしく、和やかにお包みを手にした。
「澪さまのお子で此れでは、真耶佳さまのお子が生まれたら…」
月葉が笑い乍ら言うと、側女達もうんうんと頷いている。
「でも私、暁の王のそう云う所も好きよ。妹姫にも、其の子にも、なんて忠実じゃない」
その上しかも、澪の分は時記と揃いの生地で仕立てると云う心遣い。気が利くと云うか、余程真耶佳の周囲を良く見ているのだろう。根底に有るのは、真耶佳への愛。そう思うと、迚も温かい贈り物に思える。
「真耶佳さま、愛されていますね。そして私達の事も、愛して下さっている。大王から、真耶佳さまの愛する者達への、計らいでしょう」
「そう云われると、照れるわ…」
少し頬を染めた真耶佳が、紫の衣を手繰り寄せる。慌てて側女が、畳みます、と受け取った。皺にしてはいけないからだ。
悪戯を咎められた子供の様な真耶佳に、宮は頗る和んだ。