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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
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七十四、喬音

 大王(おおきみ)の主催する年明けの宴に、真耶佳(まやか)も呼ばれた。孕みが公になった事で、后として伴われない理由が無くなったのだ。しかし真耶佳も、年が明ければ孕んで八月(やつつき)。宴の時期になれば十月目(とつきめ)だ。各(うから)への労いの儀だけで場を退ける様、月葉(つくは)が大王に交渉して呉れた。

 大王が異世火(ことよび)を引き連れて歩きたいと云うので、時記(ときふさ)も列に加わる。月葉も勿論真耶佳に従うので、宴の夜は(みお)也耶(やや)だけが宮に残る事となった。

「お寒い中で歩き回るなんて、大変ですね」

「異世火で或る程度は温まるけど、そうだね…」

 真耶佳も大事な時期なのに、と澪は思うのだが、后ともなれば致し方無いらしい。不安は無い訳ではないが、月葉が了承しているので大丈夫だろう。

 時記と話し乍らふと、澪は視線を感じた。二歩ほど距離を置いて控えて居た、喬音(たかね)だ。澪が視線を返すと、喬音は目を逸らして仕舞う。時記を見て居たのだと気付くのに、時間は掛からなかった。

 喬音は、也耶を抱き上げても泣かれない唯一の側女(そばめ)だ。其れ故、無理をさせて仕舞ったかも知れない。

「時記さま、私、也耶と湯浴みをしてきます」

「うん、ゆっくり温まってお出で」

 澪は立ち上がり、喬音にお願いします、と言って連れ出した。喬音も察したのか、礼儀正しく返事をして付いて来る。

 湯殿(ゆどの)の前で、澪は喬音と向かい合った。

「私、喬音に酷な事を強いていませんか…?」

 そう言い出した澪に、喬音は慌てた様子を見せる。違うのです、澪さま。其れが喬音が発した第一声だった。




 喬音は最初、自分でも時記を恋して居るのやもと思ったそうだ。しかし其の割に、澪への妬心は湧かない。寧ろ、仲睦まじくして居ると心が安らぐ。

 也耶が生まれてからは益々で、喬音は自分が時記を恋して居る訳では無いと気付いた。澪や、也耶を愛する時記が好きなのだ。

「だから勿論、澪さまの事も大好きなのです…!」

 喬音は必死に、也耶を育てる手伝いをさせて呉れと言った。澪と時記と也耶が仲睦まじくして居るのが、幸せなのだと。

「そうですか…無理はして居無いですね?」

「はい!」

 有り難う、と澪は喬音に向かって微笑んだ。喬音は頬を染めて、澪さまは優し過ぎるのです、と言う。普通は疑いを持った時点で、側女を挿げ替えて終わりだと。

「まあ…そんな事をしたら、也耶が泣き喚きます」

 こんな心持ちの喬音だからこそ、也耶も抱き上げられても泣かなかったのだろう。喬音は、澪や真耶佳に仕える事は誇りだと言う。

「今後もお側に控えても…?」

「勿論です。喬音は心配性ですね」

 澪が笑うと、喬音も笑った。外は冷える。早く湯殿に入ろう、と澪と喬音は布連を潜った。今までよりも、喬音を信頼出来る。澪はそう確信したし、其れは間違って居無い。

「喬音、湯殿に入らねば冷えてしまいます。中で、也耶を洗うのを手伝って下さいな」

「澪さま、喜んで」

 喬音を交えた湯殿の端女達との会話も弾んで、澪の老婆心はやっと消えた。

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