七十、祝い膳
月葉が起きると、澪と時記は乳母の間で眠りに就いている様だった。一番眠い筈の二人を差し置いて、月葉が先に眠ったのが少し悔やまれる。
「月葉、聞こえる?」
沈黙が落ちた宮の中に、亜耶の声が響く。月葉は直ぐに水鏡の元に行き、亜耶にはい、と答えた。
「朝方、大王とも相談したのだけれど…」
「大王と、ですか?」
そう、と亜耶は言う。大王も霊眼をお持ちだったのですね、と月葉は意外に思い乍ら答えた。神人の月葉にも、そうは見えなかったからだ。
「真耶佳の霊眼を、開いた方が良いのでは無いかと仰有るの」
子が生まれたら、妬み嫉みの黒い針は増える。我が子を護る為、真耶佳の塞がれた霊眼を戻すべきでは無いか、と。大王がそう言い出したと聞いて、月葉は心配になった。
「真耶佳さまが持つ護りは…」
「其れもお話ししたわ。でも子には、杜の護りは無い」
同胞では無いから。亜耶が言わなくても、月葉は解って居る。そして月葉は、意を決して言った。
「真耶佳さまとお子は、私がお守りします。その為にも、霊眼を開くべきかと」
「分かったわ…。昼餉が終わったら、教えて」
「はい」
頼もしく返事をして、月葉は真耶佳の未来を決めた。
昼になると、側女達が次々と遣って来た。そして、厨からは昼餉も。朝餉は大王からの祝いだったが、昼餉は族人達からの祝いだと云う。
四人では迚も食べ切れない其れは、側女達の分も含まれているそうだ。澪の孕みを見守って呉れたのだから、共に食べない理由が無い。そう族人は言った。
「其れでは、皆を起こしましょうか」
月葉の号令で、側女達も持ち場に就く。先ずは、真耶佳を。月葉が行くと、既に寝座に起き上がっていた。昼餉の内容を告げると、真耶佳も喜んだ。
次は、時記と澪を。澪は乳遣りの為、余り寝られて居無いのでは無いか。月葉が心配した通り、此方も寝座で起き上がり、也耶に乳を遣って居た。時記は、和やかに其れを見詰めて居る。
「時記さま、澪さま、昼餉です」
「あら、もうそんな時間ですか…」
澪と時記への祝い膳が側女達の分も来たから、共に頂こう。月葉が言うと、時記は流石は杜の族人だね、と笑った。
普段、側女達は宮の奥の狭い間で食事を摂る。食べる物は一緒だが、真耶佳達と共に食べる事は無い。
其れなのに月葉が皆の分を敷物の上に広げて行くから、側女達は戸惑った様だ。
「あの、私達は何処で…」
各務が、代表して月葉に聞いて居る。祝い膳なのだから、皆で囲む。そう言われると、側女達はざわめいた。
今まで食事のお零れは有ったが、共に食するのは初めてだ。皆何かしらの緊張を持った様子。
「改まらないで下さいな」
澪が穏やかに言うと、側女達は族人特製の乳粥と、猪肉を共に囲んだ。笑い声の絶えない祝い膳。澪は、嬉しいと言ってまた旺盛な食欲を見せ付けた。
「澪さまは食べても肉が付かないので、羨ましいですわ」
以前、澪の孕みを気にして雑用は引き受けると申し出た側女が言う。名は、確か喬音だ。
「きっと澪は、子生みに向いているのよ」
最近また食欲を無くしつつ有る真耶佳が、そう言って笑った。