phase9
中世風の凝った外観とは違い、建物裏の袋小路は殺風景としか表しようがなかった。
暗い路地を挟んだ向かい側は倉庫になっているようだし、電灯はスタッフの出入口に備えられている物しかない。来場者がここへ訪れることを想定していないのだろう。
ただ、殺風景という文字が、別の意味で一致する一幕へ俺は出くわした。
肘まである白い長手袋とロングブーツ。変身コスチュームだかに身を包んだ乃浪と千代田が並んで立っている。
その足元に、うつ伏せ状態の内塔がピクリともせずに横たわっていた。
「お前ら……」
俺は内塔の元へ駆け寄り、傍らへしゃがみ込む。
フードの付いた黒マントだけが跡形もなく燃えてしまったように、制服の所々に焼け焦げた跡が見られる。傍に落ちている白い仮面も煤だらけだ。
「おいっ」
救護処置など知るはずもなく、俺は倒れている同級生男子を揺さぶる。触った感じ、通常の人間が保有する体温に達していないようにも思えた。
「内塔っ、護り手ってのはそんな弱っちい存在なのかよ。なぁ!」
自分のことを棚に上げているのは自覚している。
けどよ――、紗都を護れるのはお前しかいねえんだろ。
「これで残るは魔女のみ、ってところかな」
頭上から、乃浪の冷めた声が降ってきた。
「大勢いるように見せ掛けてくれたことにはしてやられたかも。でも、ここで自分が仕留められるとは思っていなかったのかな」
「……ふざけたこと言ってんじゃねえよ」
俺は立ちながら乃浪を睨みつけ、
「お前らのクソみてえな正義がこれか? 正義、正義って何様のつもりだっ」
「正義の味方様、かな」
「ふんっ、こっちは言葉遊びなんかする気ねえんだよ」
内塔とはダチでもないし、互いに友情が芽生えたなんてこれっぽっちも思っちゃいない。だが、見たこともねえ虫が俺の腹に入ってきやがって、どうにも治まりがつかねえ。
「こいつが何をしたってんだ。人を護ることが悪なのか? いい加減お前らの妄想に嫌気が差すぜ」
「悪しき者に加担する。それ以上に仕留める理由はないかな。以下もだけど」
暗がりで表情の見えにくい褐色顔が、冷淡な態度で言った。
「加担だ? じゃあ訊くが、紗都がお前らに危害でも加えたのか? 被害をこうむってるなら答えてみろよ」
「あんたに説明する責務は負ってないかも」
のらりくらりとかわしやがって。
「おい、チビ娘。お前も何か言ったらどうだ。聞こえないフリしてばっくれんなよ」
千代田はヘッドフォンを外すとパチパチと瞬きをし、
「確かに背は低く、童女に見受けられるかもしれないの。しかし、わたしは千代田みふうという氏名を現有するの」
そんなとこじゃねえんだよ、俺の訊きてえのは。
「人ひとりぶっ倒しておいて罪の意識を感じねえのか?」
「絶無なの。なぜなら正しい意義を用いて下した制裁なの」
こいつら、正義って言葉を免罪符にしてるだけだろ。
「それより」
と、乃浪がせせら笑いながら、
「あんたは魔女から目を離してだいじょぶなのかな?」
「なっ……」
「なんてね。魔女にはふさわしい場所で消えてもらうかな。こっちも体制を整えなきゃいけないし、ここは一般人が多すぎるかも。邪魔者を排除しただけ良しとするかな」
俺からするとヒールにしか思えないセリフだぜ。
内塔が危惧していたことが起きた今、本当に紗都へ伝えないと事態は収拾しないっていうのか。俺自身のことじゃねえのに、とうとう追い込まれたって感じだ。
「あんたのことを最初に護り手だって言い出したあいつは、この状況をどう見るかな」
「あいつ? 鳴世か」
「そう言えばライもそっち寄りの考えだったかも。ま、独り言ってことで」
別の誰かを示しているのか――。
乃浪が小柄女子の肩へポンっと手を置くと、千代田はヘッドフォンを被り直し、
「決戦は不可避なの」
銃口を向けるように、迷いのない瞳でじっと俺を見つめてくる。
「というわけで、次にあんたと会うのは魔女のいない世の中になったら、かも」
会うことなど一切期待していない俺へ乃浪が予告すると、
「ブウェーヒゥン」
千代田がお決まりの言葉を呟き、二人は目の前から消え去った。
俺は内塔が倒れている横で膝をつく。
どうする。誰か呼んだほうがいいのか。
「う、……グッ」
内塔がうめき声を上げ、僅かに身体を動かした。
「おいっ、いま人を呼んできてやる。それまで魔法で何とかならねえのか」
「ま、魔女王様はどうした」
自分のことはさておきといった様子で、内塔が訊いてきた。
「あいつは身を隠す空間に向かわせた。大して有効でもねえが、お前を誰かに託したらすぐに合流する」
「……無事ならいい。そして僕への気遣いなら無用だ。早く魔女王様のところへ向かえ」
「何言ってんだ。普通じゃねえだろ、こんな有様は」
「フッ、さぞ情けないと思っているだろうな」
「そんなこと言ってる場合かよっ。まずは自分の身体を――」
「君に言っておかなければならないことがある」
内塔の瞳に、一時だけ生気が戻ったように見えた。
「僕は護り手という存在ではなかったのだ……」
何だって――。
突然の告白に、問い詰める気も起きなければ疑う気も生じない。
今までのことは全部嘘っぱちだと言うのか。いったい何のために。
「かつて僕が魔女王様の配下だったのは事実だ。護り手などとは縁遠い位置にいたがな」
内塔は呼吸を整えると、
「ヤツらとの戦いにおいて我が陣営は壊滅の危機に追いやられた。魔女王様だけを残し、護り手を含むすべての同士が消されたのだ」
「じゃ、なんで護り手でもないお前が登場したんだよ」
「恥ずべきことに……僕は逃げ出したのさ」
逃げた……?
「護り手さえも倒してしまう相手に恐れをなして、僕はあの戦いの場から遁走した。その僕が、生き残った僕だけが魔女王様と共に復活してしまった」
「それって、アニメの話じゃねえのかよ」
「アニメの話というのは僕には解らない。魔女王様はご自身だけを復活させるつもりだったのか、消えた者は誰一人として蘇えることはなかった。もしかしたら、ヤツらとの決戦を復活の場としてお選びになったのかもしれない。お一人で決着をつけるために……」
部下をすべて失った状況で魔女になったつもりが、生きていたこいつも付いてきたってことなのか? そもそも何百人もの手下のことなど、考えてもいないように見えたが。
紗都が魔女になりたいというのはガキの頃から一貫して変わらない。何を思ったのか、あのアニメを観て魔女の仇を取ると抜かしてた気もするが、あいつは高校生になった今でもそんなもんを実践しようと考えてるのかよ。ガキの時分なら理解もできるが、あまりにも幼稚で紗都らしからぬ発想だろ……。
内塔が辛そうに身体を起こす。
「おそらく、魔女王様は僕が生き延びていたことなど知りもしなかっただろう。お会いした際に反応がなかったのは当然のことだ」
それなら合点がいくってわけか。
「時や場所にも齟齬はあったが、魔女王様が復活されたのは紛れもない事実だ。僕にとってはそれだけでよかった。あの時の失態にケジメをつけるため、今度は身命を賭して魔女王様を守護すると決めたのだからな」
戯言じゃない。こいつはマジで言ってるんだろう。
ただ――、状況や展開のズレはこの俺が呼び込んだ可能性もあるのだ。
「本音を言えばヤツらを倒した上で名乗り出たかった。そして、魔女王様に認めてもらいたかったのだ。実現できなかったことが悔やまれてならない」
今からでも遅くねえだろ、と俺が説き聞かせる前に、
「魔女王様が真の復活を成されれば、ヤツらなど取るに足らない烏合の衆でしかない。僕はここでリタイアだ。後少しの間は……君に託すとしよう」
内塔はニヤリと笑うと背中を向け、自分の身体を徐々に黒煙化していく。
「おいっ、俺が魔法なんか使えねえのを知っ――」
「……本当の護り手は、君だったのかもしれないな」
見込み違いな置き土産を残し、内塔は闇夜に同化していった。
あの野郎……。いらねえんだよ、そんなカウンターブローは。
「ねえ……」
消え入りそうではあったが、この世で一、二を争う聞き覚えのある声が俺の耳へ届く。
ったく、何でこのタイミングで現れんだよ。
「今のって……内塔くん、でしょ?」
もう引き止めるヤツはいねえよな、と俺は膝に手をつき立ち上がる。そして、腹をくくり紗都へ振り向いた。
片手を口元に当てたツーサイドアップの魔女は、不思議そうな瞳をして立ち尽くしている。
「そうだ。ヤツは陰ながらお前を護っていたのさ」
「……どういうことなの? 私以外に魔法を使える人がいたってこと?」
ああ。それもごく身近に、お前を消そうとしてるヤツらも何人かな。
紗都がどの時点で後ろにいたのかは解らない。最初に内塔のことへ触れたのだから、ヤツらが消えた後なのか。
何からどう説明していいのか、俺は頭ん中の整理がつかずにいた。
「そういや、何でお前がここに来るんだ。愛玩人物はどうした?」
「ちゃんと答えて」
まあ、普通はそうくるわな。
俺は頭を掻いてみる。誤魔化そうとか、はぐらかそうとか思ってるわけじゃない。
今までのいきさつを伝えた瞬間、こいつがどんな考えに至るのか。そこへ持ってきてどう行動するのか。言って悔やむことはないのかと、自問自答する時間が欲しいだけだった。
語り始めるなら、まずは公園で氷の大道芸を見せられたとこからだ。
が、簡潔にまとめる話術はねえし、落ち着いた場で話してやったほうがいいような気もする。
こっちにも真意やら何やら訊きてえことがあるしな――。
そう決めた俺の視野へ、タイル張りの敷地にもかかわらず、渡りに舟といった眺めが映り込む。
次から次へと、よくもまあこんなヘンピなとこに来やがるもんだ。
「ここにいらしたのですね。何か込み入ったお話でもしていらっしゃるのでしょうか?」
香りが流れてきそうな逆風に、長い髪を乱された双子妹がお伺いを立ててきた。
「いや、そういうわけでもねえが」
ますます話しづらい布陣になり、さすがに紗都の顔も悄然さを帯びてきたように思える。
「よろしければ」
と、双子妹は続く言葉に予想する間も与えず、
「わたくしから魔女へご説明して差し上げましょうか?」
あからさまに俺へ進言してきた。
こいつ、何て言いやがった――。
「私のことを……知ってるの?」
紗都が素早いレスポンスを双子妹へ示す。
「待てっ」
俺はやり取りが始まる前に紗都へ制止を促した。
「な、何よ。あなたがみんなに話したの?」
「俺じゃねえよ」
「だっておかしいじゃないっ。私はあなたにしか伝えていないのに」
「だから、そうじゃねえんだって。それより、そいつから離れろ」
「えっ……」
紗都は二、三歩後ずさると、俺の斜め前で双子女を見据える。三点を結ぶと、不等辺三角形といえる配置になった。
物腰が柔らかいとはいえ、双子妹が紗都を魔女呼ばわりしたことは聞き流せない。この涼司顔のヤツが何者なのか、問い詰めるほうが先だ。
「なあ、俺にもご説明してくれよ。お前の素性からな」
御堂妹は穏やかな笑顔を絶やさずに、
「兄との生い立ちから、は必要なさそうですね。そういえばお名乗りするのを忘れていました」
つまらないジョークめいたことを口にすると、右手の小指を自分の唇に押し当てた。
指にはめたピンキーリングだかに意識を取られていると、
「ヴュールサーベル」
耳触りのよい声で、名前とは思えない言葉を口走る。
路地裏の暗がりに、鮮やかな朱色が灯された。
やはりか――。
火の纏わりついた長い棒っきれでも握っているのかと思いきや、火そのものが刀のような形を成している。
それが本当の名刺代わりって寸法かよ。
「申し遅れました。わたくし、リーダーを司る御堂火弥子と申します」
身分を晒し、メラメラと燃えさかる刀状の物を下段に構えてみせる。
ゲームやアニメに疎い俺でもな、この言葉くらいは知ってるんだぜ。
「お前がラスボスってわけかよ」
「いいえ。ラストではありませんし、獅井名さんが想像していらっしゃるボスには該当致しません」
最期じゃないだと? いったい何人いやがんだ、この少女集団は。
「ふんっ、屁理屈こねてんじゃねえよ」
「わたくしたちにとってラストボスとは、そこにおられる人物を指しますので」
逆なでしてきやがって。気に食わねえな。
リーダーと言うからには、他のヤツより秀でたもんが一つはあるんだろう。見た目とは程違い凶暴さランク一位とかなら、俺には手の打ちようもないぜ。
「朱炎のレッカ……」
紗都が耳馴染みのない短い語句を漏らす。
「何だそれは」
「あのアニメに出てくる魔法少女の名前よ。リーダー格のね」
「それは架空の人物にすぎませんから」
御堂妹が切り出した。
「わたくしたち、魔法少女団レク――」
「残念だけど……御堂さんは私の敵なのね」
紗都は断定気味な言葉を被せると、ブレザーの内ポケットからチークブラシを取り出す。
「おい、何するつもりだ」
「見える敵とは戦うって言ったでしょ。悠長に説明なんか受けていられないわ」
「ふざけんな、やめろっ」
「さすがですね、魔女王マトリッチ・サトランダ。自覚がお戻りつつあるのでしょうか」
「テメエも煽ってんじゃねえよ」
紗都がチークブラシを振るう。双子女の持つ炎の刀と同等に伸長させると、
「私は魔女とシンクロナイズする自分の名前を、心から誇りに思っているわ」
ダメだ。訊いちゃいねえ。
双子女が一歩前に進み、火刀を下段から頭上へ移行する。確か、柳の構えってやつだ。
「不完全な状態というのはどうやら本当のようですね。対峙していてもそれほど怖さを感じませんので」
温厚そうな顔をしてるくせに、声には威圧感すら漂わせている。
マジでやる気かよ――。
いきり立つ寸前の優等生がチークブラシを握り直したのに気づき、
「やめろっつってんだろ!」
俺は紗都の手首を掴んで、強引に自分の背後へと追いやった。
「何するのよっ」
「いいから黙ってろ」
紗都を見返りもせず、俺の視線はたいまつ的な下にある涼司顔へ向けていた。
「おい、放火犯。内塔をやりやがったのもテメエかよ」
「トドメとなったのであれば、そうなるのかもしれません。しかし、仲間の協力があってこそ打ち倒すことができたのです」
もっともらしいことを述べてやがるが、こいつらに正義があるということを誰が証明できるんだ。自己申告なら誰だって正義の味方になれちまうぜ。
「彼が護り手を騙ることで自らに災いをもたらした、と言えばよろしいのでしょうか。わたくしたちを始末するおつもりが、飛んで火に入る何とやらの結果に。さぞ無力さを痛感なさったかと」
こいつ……そう仕向けたとでもいうのか。
紗都が動けば、影のように追従する内塔の来園も予測できることだ。しかし、ここへ来るきっかけは――。
俺の警戒レベルはとっくに最高度を示していたが、それとは別の不信感が噴き上がってきた。
乃浪が常々口にしていたあいつとは、
「涼……司なのか、お前」
「思いもよらないご質問ですね。ですが、物語好きな兄に直接お訊ねください」
何だよ、その謎かけ的返答は。
だが、そんなもんはあとでいくらでも確認できる。たとえ成り代わっていたとしても、こいつの最終目標が変わるわけじゃない。今は目前の睨み合いをどうにかしねえと。
俺は思いついたことを言い立てる。
「紗都を狙い澄ます理由は何だ。まさか世界を破滅に向かわせるだとか、インチキ預言者みてえなことを言い出さねえよな」
お嬢みたいな顔の魔法少女はノーモーションで武器を消すと、両手を身体の前に重ねた。
別の物でも取り出す気なのか?
「獅井名さんがおっしゃるとおり、そのまさかでございます」
肩すかしを喰らわせるように告げてくる。
「仮にそんな力を持っているとしても、こいつがやるわけねえだろうが」
「どうしてそう言い切れるのでしょうか?」
「それは……そんなことをしても意味がねえからだ」
「意味の有無は問題ではないのです。わたくしたちが憂惧しているのは、獅井名さんも口にした〝力を持っている〟ことにあります」
宝の持ち腐れでも済まさないってことなのかよ。
「自覚がお有りでないならば尚の事、行使してからでは遅いのです」
「そんなもん、魔女妄想ってやつなだけじゃねえか」
「捉え方は人それぞれでございます。魔女をお名乗りになるからには、討伐されるリスクも背負うということ。そのことはご本人様も存じ上げておられるようですが?」
「おい、紗都。聞いたか? お前今日から魔法少女と名乗れ」
「絶対に嫌よ」
凛とした顔つきを想像させる声が後方から飛んでくる。
そう言うとは思ったが、このままじゃマジで武力衝突になっちまう。
何か、何かねえのか――。
「武器的なもんは収めたみてえだが続きはどうした? お前の部下だか手下は、ここでやんのはふさわしくねえような発言をしてたぞ」
目の前のことと数分前のことを引き合いに出し、俺は相手の出方を伺った。
「わたくしたちに上下関係はございません。仲間ですので」
言っておきたいことは先にみたいな表情で畳み掛けるように、
「怖さを感じないと言っても魔女は魔女でしかありません。もしも魔女が本気で向かって来たならば、この場から即退散する気でいました。わたくし一人の法力では倒すことができませんから」
「それにしちゃあ勇ましく振りかざしてたじゃねえか。聖火ランナーが道に迷ったようにも見えなかったぜ?」
御堂妹は俺の皮肉に動じることもなく、平坦な口調で、
「わたくしはリーダーとしてこの目で状態を見定め、機を見て魔女へ宣戦布告するために参りました。仲間の体調が戻り次第、真正面から魔女を打ち倒したいと考えております」
とうとう、紗都本人の前で言い渡しやがった。
仲間ってのは鳴世を指しているんだろう。慎重かつ果敢てとこかよ。
「大いに望むところね」
不似合いな好戦口調の紗都が、俺の横に並び出てくる。
「挑発にのるなっ。意味解ってんのかよ」
「もう〝あの時〟の私とは違うの。あなたの後ろにいても状況は何も変わらないわ」
保健室でのことを言ってんのか? あん時とじゃ情勢が違うだろうよ。そもそもお前が魔法を使えるようになったから、こんなぶっ飛んだ展開にまで発展しちまったんじゃねえか。
御堂妹は小指に口をつけ、
「宿敵と呼ぶに適する気炎をお吐きですね。では、わたくしたちは粛々と使命を果たせていただきましょう」
俺たち二人に柔らかな微笑を浴びせた。
「トット、ケイク。ブウェーヒゥン」
他のヤツとは倍ほどの文字数でヒアリングを押し付け、残像効果さえ残さず退園していった。
ったく、そろそろ復唱すりゃ俺でも姿を消せるような気がしてくるぜ。
この場で紗都と争いをするつもりはなかったのだとしても、ヤツらは着々と魔女撲滅運動を推進していやがる。身を挺して護るヤツを排除されてしまっては、本当に親玉が出張るしか道は残されていないのか――。
他の六六五人を復活させりゃ……って、俺は多勢に無勢を仕向けたいわけでもない。せめて紗都を説き伏せて、ちっぽけな戦意を喪失させるしかねえよな。
「というわけだ」
「どういうわけよ」
チークブラシを持つ紗都の左手が、小刻みに震えているのが視界へ入る。
「寒いのか、それともびびってんのか、どっちだ?」
「む、武者震いよ」
ふんっ、言うと思ったぜ。
優等生様は、戦慄を紛らすようにチークブラシを内ポケットへしまい込む。
どうやら新たな敵対人物が現れそうな気配はない。路地の進入口には、ときおり横切る通行人が垣間見れるだけだ。
変なところで譲り合いの精神が湧き立ったのか、お互いの口がしばらく塞がったままだった。
こいつも訊きたいことはあるだろうが、俺が手始めに知りたいのは、
「当たり前のことだけどよ」
俺は返ってくる答えを見越しつつ、
「悪意を持って魔法なんか使わねえよな」
「当然でしょ」
紗都は被せ気味に即答し、続けて、
「私は他人へ迷惑をかけるために魔女になったわけじゃないわ」
「なら細けえことは後回しでいい。ヤツらは魔女であるお前の存在を疎ましく思ってる。だから目の前に現れても絶対にかかわるな」
「疎ましいというのは遠ざけたいって意味も含まれるの。とてもじゃないけど、そうは見えないわね。むしろ、お近づきになりたいって感じでしょ」
「揚げ足取りしてる場合じゃねえだろっ」
「内塔くんだって私のせいで……」
言いかけて固まるかと思いきや、
「何を知っているのかは解らないけど、ここからは私の問題なの。あなたが答えを出すべきじゃないわ」
「お前に何ができるって言うんだ」
「私は魔法を使えるようになった。昔言ったとおり、ご……あなたさえも守ってみせるから」
「俺のことなんてどうでもいいんだよ」
「じゃあ、どうすればいいっていうのよ。あなたに何か考えがあるの?」
ねえんだよ。困ったことに。
誰かの本末転倒したヘマで最初は俺に降りかかってきやがったが、今となってはしたり顔で横槍を入れてるだけなのかもしれない。
だがな、関係ねえで済ますほどドライに成りきれねえんだ。
「ヤツらと対峙するってことは、消え……怪我とかじゃ済まねえかもしれねえんだぞ」
「強敵ってことよね」
「お前……いい加減にしろよっ」
思いがけない俺の怒声に、紗都がビクッと身を揺らす。
ここまで頑なに戦おうとする紗都の気持ちが、俺にはさっぱり解らなかった。
アニメの魔女に病的ともいえる憧れを持ち、本気で仇を取るつもりなのか。そもそもあのストーリーどおりいけば、魔女にはカタストロフィだかが待っているだけだ。
お互いの色んな感情が目を介して交錯する。
俺は沈黙に耐え切れず、
「とにかく、お前から仕掛けるようなマネは絶対にするな」
あとは俺がなんとかする、と豪語したとこでそんなもんは嘘になっちまう。ただ、ヤツらが臨戦態勢へと入るより、こいつに突進させないことのほうが先決だ。
紗都は目を伏せると、口笛のように吐息を漏らす。
ここで断固拒否されたら返す言葉もなかったが、
「解ったわよ」
何とか飲み込んだようだ。
「ねえ、このことは御堂くんも知っていたの?」
「いや、解らねえ。俺からは何も話してねえし」
「そう……。せっかく誘ってくれたのに、こんなことになるなんて」
紗都は気落ちしたような顔を見せる。
「あいつ、結構ボケてるから意外と何も知らねえんじゃねえか」
と、やんわり素知らぬ顔をしてみたが、気になる一つではあった。
涼司とは短い付き合いだが、良いも悪いも素直なヤツだ。とてもあの妹に化けてるとは思えないし、思いたくもない。あの空想少年が今回のことに関係していないのならば、妹にこそ魔法否定論を啓発してやれと言いてえとこだ。
「とりあえず、ここでは何だから帰ってから詳しい話を聞くわ」
「ああ」
紗都の提唱に生返事をすると、
「両親が旅行に出かけるから、今日は私一人なの」
「はあ?」
……何なんだよ、唐突に。
「だから圷ちゃんとご飯を食べて帰る約束をしてるのよ。家に戻ったら連絡するから」
紛らわしいというか何というか、先にそれを言えよ。
「どうせあなたは一緒に来ないでしょ」
正解だ。
「何も言わずにここへ来ちゃったから、圷ちゃんを探しに行かなきゃ」
何だか見つめてくる紗都の視線に後ろめたさが含まれている気もしたが、俺は妬ましい気分になんかならねえぞ。
「それじゃあね」
紗都は若干の余韻を見せて俺に手を振ると、暗い路地裏から明るい場所へと駈け出していった。
はあ……。
あの双子妹が公明正大に告げていったことが真実なら、鳴世が欠けているうちは紗都に手を出すこともないだろう。あの様子じゃ、たかが数時間で治るとも思えねえしな。これで騙し討ちしようもんなら、それこそ正義の味方の名がすたるってとこだ。
とは言っても、最終ラウンドへ近づいたくせにますます終わりが見えてこねえ。
暗い中、ポツンと立っている自分が何から取り残されてるのか解らなくなってきた。
ったく、本来であれば愉悦に浸って帰る場所なのによ。
俺は立ち止まっている足にしっかりと意識を向け、ここを出るために歩を進め出した。




