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非魔法少女主義!  作者: ミサキ
10/14

phase10

 何とか丸く収める方法はないもんなのか――。

 家の最寄駅を乗り過ごすなんてこともなく、俺はこれでもかと考え事をしながら公園沿いの道へと差し掛かる。

 涼司に何度か電話してみたが、コールするばかりで留守電にもならない。本当に具合が悪くて寝込んでるならそれはそれで仕方ないと思いつつ、あの丁寧口調の妹が魔法で変身していたなどというオチなら、もう何を信じたらいいのやら。

 化けるなら、化粧とコスチューム止まりにしておいて欲しいもんだ。何なら眠っていた血脈だかが蘇って、涼司が紗都を護ってくれてもいいんだぜ?

 公園の出入口を横目で見つつ、感慨に浸ることもなく通過する。家に着いたとしても、やることは紗都からの連絡待ちだけだ。

 それにしてもあいつ……ヤツらの出現に驚いてはいたものの、何を血迷ったのかすぐに事を構える姿勢を見せていた。敵が現れることを予測していたってことなんだろうか。

 仮にだ。俺のせいであの占いの結果が捻じ曲がったのだとしても、なぜそんなことが紗都に解る? あいつ自身が敵の出現を願わないと、そんな概念さえ持たないはずだ。

 いくらアニメの影響を受けたからってヤツらが本当の仇ではないし、あの真面目な優等生様がわざわざ争い事を望むわけねえよな。

 だが、現実大挙して襲来されても、俺には追い払う手立てが――。

 俺は家の目前で足を止める。

 誰かが立ち現れたり、妙案が浮かんだわけではなかった。

 ――追い払う。

 いま通り過ぎて来たばかりの公園に、さっきは何も感じなかった感慨深さってやつが急浮上してくる。

 そういや、あのアニメを観る前に、俺たち二人は公園にいたんだ。

 ……いや、二人だけではなかった。

 そう、あのクソ暑い夏の日の朝――。



 夏休みの宿題で植物の観察日記だかを付けさせられてた俺は、朝起きると嫌々ながらも庭にあるアサガオを眺め、日々の変化をノートに書き込んでいた。

 隣に住む紗都はヒマワリを観察対象にしていたため、毎朝近所の公園へと通っていたのだ。

 ある日、どうしてもヒマワリを見て欲しいという紗都からの要望で、深く考えることもないまま公園で待ち合わせることにした。

「豪ーっ、紗都ちゃんと約束してるんでしょ。早く起きなさーい」

 母親の声で目覚めると、ボーっとしたまま壁にある時計へと目をやる。

 午前八時ちょうど。長針と短針があざ笑うかのように取り決めた時間を指していた。

 やっべーという思いで一気に意識が覚醒する。

 俺は飛び起きると昨夜脱ぎ散らかしたままの服に着替え、急いで部屋を出た。

「今日は紗都ちゃんのお家でお昼ごちそうになってね。お母さん出かけるから」

「うん、解った」

 スニーカーもろくに履けてない状態で、俺は玄関のドアを勢いよく開け放つ。夏の眩しい陽光によって一瞬目を閉じてしまった。

 今日も一日暑そうだなぁ。午後からプールにでも行くかな。

 五分ほど走って公園の入り口へと辿り着く。小さな丘の向こうに群生したヒマワリの頭が見えていた。

 ちょっと過ぎちゃったけど、あいつなら怒ることもないよな。

 紗都のいる場所目掛けスピードを落とさず走ると、女子数人の姿が目に入ってくる。

 なんだ、他の友達もいるのか。だったら俺なんか呼ばなくてもいいのに――。

 俺は急いでいた身体と気持ちにジェット機さながらの急制動をかけた。

 紗都は他の女子と向かい合う形で、何やら会話をしてるようだ。

 一人が紗都の前へ一歩進み出る。と、いきなり紗都の肩を思いっきり突き飛ばした。

 俺はすぐさま駆け寄ると、

「おいっ」

 しりもちをついて転んだ紗都を背に、女子たちと対峙する。

「何してんだよ」

「この子いっつも邪魔なのよ。ここはあたしたちが観察する場所なんだから」

 手を出した女子が悪びれる様子もなく言う。

 俺は横目でヒマワリを捉えながら、

「こんなにいっぱい咲いてんだから、どこで見ようと勝手だろ」

「男の子を呼ぶなんて卑怯ね。ちょっと可愛いからっていい気になって」

「紗都に謝れよ」

 複数の視線が痛いほど俺に突き刺さる中、後ろにいた紗都が小声で漏らす。

「もういいよ、豪ちゃん……」

「よくねえよ」

 俺は対面する女子たちから目を離さずに、

「今度同じことをやりやがったら、俺がお前らのケツを引っぱたく!」

 ブンっ、と手を振ってみせた。

「あたしたちより背が低いくせに生意気ね」

「男の子ってこれだから嫌なのよ」

「ちゃん付けで呼ばれてるなんてカッコわるーい」

 他の女子から罵声を浴びせられ、

「いきましょう」

 リーダー格らしき女子が号令をかけると、俺と紗都を残してその場から立ち去っていった。

 何なんだよ、あいつら。

 振り返るとすでに紗都は立ち上がり、スカートについた砂だか土を払っている。

「だいじょぶか?」

「うん……」

 なぜか紗都は俺と目を合わせようとしない。

「ごめんな。俺がちゃんと来てれば――」

「ううん、豪ちゃんは悪くないよ」

 喩えられない感情が胸に広がり、俺からかける言葉を見つけ出せずにいた。

 すると、紗都が下を向いたままポツポツと話し始める。

「うんとね、一週間くらい前から同じようなことをされてたの。ヒマワリの観察をしなくちゃいけないから我慢してたんだけど、相手は一人じゃないし怖かったのね」

 チラっと俺を見ながら、

「でも……ちょっと悔しかったから」

 それでも毎日通ってたのか。

「もういいの。明日から他のところを見つけて観察する」

 自分がやられたような気持になった俺は、

「紗都が場所を変えることないだろ。また俺が追い払ってやるからさ、なっ」

「……うん」

 紗都は少しはにかんだ表情をして頷いた。

 そして思い出したかのように、

「急いで観察日記を書かなきゃ。帰って観たいテレビがあるの」

「あー、魔法のやつか」

「そう。今日で最終回だから」

 と、紗都はとても俺にはマネできない速度と描写力でヒマワリを描いていく。

 ひととおり終えると、俺たち二人は小走りで紗都の家へと向かった。



 ちっぽけな俺の思い出が鮮明に蘇った。

 そういうことだったのか――。

 俺の後ろにいた〝あの時〟。魔女になりたい、強くなりたいという紗都の真意。

 ――だって……相手は一人しかいないのに、大勢で戦うなんてずるいじゃない。

 あいつ……、あの後観たアニメに自分の姿を重ねていたのかもしれない。

 子供がヒーローやヒロインに憧れる理由なんて、もっと単純なもんだと思っていた。いや、紗都にとっては純粋な気持ちの表れだったということなんだろう。

 オーバーラップした二つの事象が、あいつの中で独自にミックスされて一つになった。

 その結果が、これか。

 しかし、紗都に経緯を話して争う気を削いでも、吹っかけてくる相手が武力行使を停止するわけじゃない。

 こっから先は、誰がどんな筋書きを用意してやがるんだか。



 帰宅してから着替えもせず、俺は制服のままベッドへと倒れこんでいた。

 時計を見ると午後一〇時を回っている。どうやら飯も喰わずに寝ちまったらしい。

 思いついたようにスマートフォンを手にするが、着信があったことを示す表示はなかった。

 紗都のヤツ、まだ家に戻ってないっていうのかよ。

 ほんの数時間もすれば月が変わる。内塔が言うには、元来復活とは月を跨いだときに行なわれるらしい。

 そもそも真の復活ってのは何なんだ。まさか誰かに憑依されたり、もう一つの人格が目覚めるとか、そんなホラー的展開なんか起こらねえよな。それとも、ズレが生じたことで中途半端な復活のまま終わるのか。

 ――本当の護り手は、君だったのかもしれないな。

 承認式でもありゃ資格も自覚も持てるだろうが、何より魔法といった特異なものが俺には備わっちゃいない。いくら同年代の女子とはいえ、あんな不思議能力を有する相手に何ができる?

 熱血少年が努力の末にとか、卑屈少年が特殊能力を分け与えられたりとか、ましてや眠っていた血脈が蘇るだとか、涼司が語りそうなお決まりパターンでさえ該当しそうにない。

 世の中そんな少年ばっかじゃねえのさ。

 普段なら数日後の大型連休を待ち遠しく思うとこだが、浮かれた気分には到底なれそうもなかった。

「ん?」

 無意識に眺めていた小型端末機が短く震えた。

 メール、か。

 差出人名は――、眞取紗都。

 中身を開いてみると、

『もう寝ちゃったかな。私の知らないところであなたに迷惑をかけていたみたいで、本当に悪かったと思って。これから私がすべてを終わらせる。自分なりの最終回を迎えるわ。でも心配しないで。幼い頃と違って私は強くなれたから』

 あのバカ――。

 勢いよく身体を起こすと、紗都の番号を呼び出し画面をタップする。

 メールなんかで投げっぱなしにしやがって。直接言えっつうの。

「おいっ、紗――」

『おかけになった電話は電波の届かない場所におられるか、電源が――』

 クソっ。

 再度かけ直すが、無情にも同じアナウンスが繰り返されるだけだ。

 すべてを終わらせるってなんだよ。あいつ、全員打ちのめす気なのか。

 これはアニメだとかの物語じゃねえ。紗都を含めヤツらの魔法は本物だ。誰か、いや全員身の危険さえ……。

 話し合いなんか通用する相手じゃねえんだぞ、優等生様。

 俺は迷いもなく自室を飛び出ると、玄関へ向かった。

「豪、こんな遅くにどこへ行くのよ」

 母親のありがちな問い掛けに、

「俺にも解らねえよ」

 とりあえずの返事をして自宅を後にした。

 隣の家の前へ立ち、何度か呼び鈴を押す。しばらく待ってみたが完全に無反応だった。

 両親は旅行に出かけるとか言ってたよな。あんなメールを送ってきたってことは、同行したとは考えにくい。

 もう一度携帯に電話してみたが、定型文が返ってくるだけでヒントもくれやしねえ。

 あいつ、どこにいやがるんだ。もしかして……あそこか。

 一つの行き先が思い浮かび、俺は半ば当然のように走り出していた。

 何が自分を衝き動かしてるのかよく解らなかった。当然、助ける力なんてねえし、関係ねえと言い切って布団に包まってもよかった。

 だが、顔見知りの身を案じてバチが当たることもないだろう。あるとすれば、おそらくそれだけだ。

 ったく、ガキの頃と大して変わってねえじゃねえか。



 あっという間に見当をつけた場所に着いた。僅かに街灯で照らされた仄暗い入り口を通過し、奥へと進む。

 数人の女子グループが俺の目に入ってくる、はずだった。

 が、人影と呼べるのは俺の足元から伸びるものしかない。注意深くあたりを見渡してみたが、公園内は無人と化している。

 こんな時間だから当たり前といえばそれまでだ。安易に浮かべたとはいえ、ケリをつけるには意味のある場所だと思ったんだが……。

 携帯を切ってるのか圏外にいるのか解らないが、沙都との連絡はつかなそうだ。とはいえ、やみくもに探してもラチが明かねえ。

 どうすりゃいい――。

 さっき送られてきたメールを眺めてみる。とりあえず、何かしら返信でもしとくべきなのか。

 そう思ったときだった。あるワードが目につき、俺の脳がアカシックレコードにでも直結されたように居場所が想起される。

 ……あそこは、どこだ。

 薄っすらとした記憶の欠片を頭の中で必死に組み立てる。

 不気味なほどの暗闇。おどろおどろしい装飾。分厚い雲に覆われた陰鬱な空――。

 ダメ、か。

 惜しいとこまでは届いたが、場面ごとに区切られた絵面をうまく合致できない。

 いや、現実にある場所じゃないのは解ってる。行ったこともねえとこを思い浮かべるなんて、土台無理な話だ。

 俺はスマートフォンの画面を素早くフリックしていく。

 ならば、解りそうなヤツに訊くまでだろ。

 目当ての名が表示された。こいつなら行き先を示してくれるかもしれない。ただ、敵とされる輩と同一人物じゃなけりゃな。

 少しでも紗都に抱くもんがあるなら、ここが力の貸しどころだぜ。

 呼び出し音が鳴り続ける。出る前に文句を言いたくなったところで、

『こんな時間に――』

 やっと繋がりやがった。

「おいっ、お前どこにいるんだ? 家か?」

『……何だよ、藪から棒に。ベッドに潜り込んでるとこだけど』

 だるそうな顔が想像できる声で、涼司が返答してくる。

「妹さんもご在宅かよ」

『告白でもする気なのか? 言づけなら明日にしてくれよ』

「アホか。いるのかいねえのか答えろ」

『ん……妹なら顔見知りとパーティーをやるとかで、今日は帰っていないはずだぞ』

 パーティー、ときたか。さぞかし華やかな催し物なんだろうよ。

「その宴はどこで行われてるんだ。誰かの自宅か?」

『場所までは解らないよ。誰といるのかも知らないし。なあ、豪。妹に何の用なんだ?』

 こいつの言葉が真実なら、あの火弥子ってヤツと紗都は一緒にいるはずだ。

「気にするな、ちょっとした野暮用だ」

『気になるだろ! でもな、兄としてじゃないぞ。豪、お前の興味が紗都ちゃん以外に向いてるのかってとこだ』

「気持ち悪いな。俺のことなんてどうでもいいだろ。それより、他に気になることが俺にもあってな」

 涼司のうがった見解に、自分の気持ちを再確認することもなく会話を押し進める。

「お前と紗都が盛り上がってた……ほら、昔の少女向けアニメがあったろ」

『ああ、魔法少女団レクト――』

「それだ、それ」

『とうとう現実から目を背けて、創作世界に足を踏み入れたいのか。いい傾向だぞ、豪』

「そんなんじゃねえよ。その物語だがな――」

 紗都に連絡が取れない今、涼司に訊くしかねえ。こいつなら確実に知っていることだろう。

「最終回はどこで戦ってやがるんだ」

 一瞬の間を置いて、涼司は事も無げに、

『何だ、そんなことか。ベンテン・ウングさ』

 はあ?

 生まれてこの方、聞いたこともない音声言語が発声された。

『魔法少女団は幾多の敵を倒して乗り込んだんだよ。魔女の居城へね。確か、紫の城って意味だったかな』

 紫の城、だと……。

『そういえば――』

「サンキューな、涼司。ゆっくり休んでくれ」

 俺は返事も聞かずに電話を切り、公園の出口目指して走り出した。

 どこでどう繋がってんのか俺にはよく解らないが、あそこ以上に当てはまる場所は他に思い当たらない。

 なあ、涼司。お前が何か知ってるのか知らねえのか、そんなことはどうでもいい。だがな、すべて丸く収まった暁には、俺流に面白おかしく語ってやってもいいぜ。

『俺の幼なじみが魔女でダチの妹は魔法少女団のリーダー』って感じでな。

 そんなクソなげえタイトルの物語なんか、この世にありゃしねえか。

 タクシーを目で探しながらも駅まで着いてしまったため、俺はやむを得ず電車に乗り込んだ。

 遅刻している焦りとは違うもどかしさが、だんだんと込み上げてくる。

 こういうときにこそバイクが必要だろ。ヒーロー的にじゃなく実用的にな。あんだけ魔法使いがいるなら、せめてカボチャの馬車でも用意してみろってんだ。

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