名前も知らないあの子
「まだ、あなたの名前も…知らないのに...」
優勝したことも、お礼も伝えられてない。
それともう一度会いたいことも。
伝えたいことは沢山あるのにそれを伝えることができない。
それ以前に鞠は彼女を呼ぶ名前も知らなかった。
「雨月…さん…?」
鞠がへたり込んで呆然としていると栗崎先輩に声をかけられた。
きっと先輩のことだから追いかけてきてくれたのだろう。心配そうに近づいて来てくれる先輩の姿が涙でぼやけてゆく。
「いたんです…」
「え?」
「いたんです。ここに、私の友人が…。
でも…もう、ここにはいないのかも…」
「私に、もう会いたくないのかも…」
ぽたぽたと涙が床にシミをつくる。
彼女がそう望んでたとはいえ、今まで一度も会いに来なかったのは自分だ。
でも、鞠は自分勝手だとしてももう一度彼女に会いたかった。
「ねぇ、雨月さん。あなたのお友達がどんな人なのか私は知らないけれど…もう会いたくないなんてきっと思ってないと思うわ」
「だからね、もしよかったら そのお話もっと聞いてもいいかしら?会えなくなってしまった原因があるのかもしれないわ」
栗崎先輩は鞠の背中を優しく擦りながら微笑んでくれた。
鞠は信じてもらえるだろうかと少しの間迷ったが、部で色々と気遣ってくれた栗崎先輩になら話してもきっと鞠の言葉を馬鹿にせずに聞いてくれると思えた。
こくりと頷き、息を整えてから鞠は彼女とのことをゆっくり話すことにした。
「…信じられない話ですよね。こんな話をしてしまってすみません。聞いてくださりありがとうございます…」
先輩にすっかり全部話し終わった頃には、先ほどより落ち着くことができていた
「確かにお友達が旧校舎の幽霊だとは思わなかったからびっくりしたわ。でも雨月さんが嘘をつくような人には思えない、だから私は雨月さんを信じる」
きっと栗崎先輩は馬鹿にしないだろうと信じて鞠は全てを話すことに決めたが、だとしても不安な気持ちはあった。
けれど先輩は鞠の話を驚きつつも真剣に聞いてくれた、
栗崎先輩のおかげで、先程まで不安や悲しさで押し潰されそうだった胸の痛みが少しだけ軽くなったような気がした。
「彼女は私ともう会いたくないからいなくなってしまったんでしょうか…?」
「難しい問題ね。でも…話を聞く限りやっぱりそうじゃないような気がする。戻ってこないように姿を消したとか、そういうこともあるかもしれないけれど……違う気がするわ」
「それはどうして…?」
「どうしてもなにも…なんとなく、かしら。…それより雨月さんはもう一度彼女と会いたいの?」
「もう一度、会えるなら会いたいです。応援してくれた彼女にまだ結果もお礼も伝えてないですし…」
もう一度、会えるなら会いたい。
でもどうしたら会えるのか検討もつかない。
伝えられてないことが沢山あって結果も、お礼も、それに自分がこれからどうしたいかさえ彼女に伝えられていないのだから。
「なら、一緒に探してみない?」
「え?」
「もしかしたら見つかるかもしれないでしょ。やってみないとわからないもの、探してみましょうよ」
私、諦めが悪いタイプなのと人差し指を唇に添えて先輩が悪戯っ子のようにくすりと笑う。
「受験勉強があるんじゃ…」
「受験も大事だけれど可愛い後輩のことも大事よ、だから気にしないで。……ねぇ、雨月さんはどうしたいの?」
「探して、みたいです…。私、まだ諦めたくない、彼女に会いたいです」
「ならまずは皆のもとに戻らなくちゃね、私達急いで飛び出してきちゃったから多分心配してるわ。行きましょ」
先輩の笑顔に励まされ鞠は涙を拭い返事を返し、先輩の後に続く。
ここを出る前に鞠はもう一度旧音楽室をちらりと見た。
(もう一度会えるわよね。私…あなたのことまだ諦めたくないみたいよ)




