表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チーズ姫と凸凹従者 ~街道爆走道中記~  作者: 熊猫太郎
第十一章:孤高の慢心、改心の説伏
38/41

第38話:旅立

「えっ今日?……イタリアに、……行っちゃうんだ、美香子ちゃん…」


手元には、有限会社TINで一ヶ月間、騎士団たちに守られながらも「立ち続けた」報酬の一部、三万円が入った封筒があった。


秘湯国際空港(レアセントウ)から旅立つ幼馴染を見送るべきか。僕にあんな人混みで見送ることができるのか。足取りは重石のような枷を含む。


――スチャッ。


「ええ、坊ちゃま。フィレンツェへ行くと、地域コミュニティからの報告がございました。合理的判断では、自らの足で立っている姿を見せることこそ、彼女への最大の手向け。……ビギー、最短ルートを算出なさい」


「任せてよClock! 時間計算後最短ルート設定したビギー!!」


演算過多で熱暴走し突如として語尾がバグり散らかしたビギーが、マフラーから盛大な白煙を吐き出した。


「マスター、オイラの背中に乗りな!秘湯大橋を渡って、空の港へ特攻だよッ!」


一行は、チッタ半島と空港を繋ぐ秘湯大橋へと急行した。だが、料金所で道路法に基づく厚い壁が立ちはだかる!!


「お待ちください。……その二足歩行の苔玉付きロボ、車両区分が不明です。通行料金は…えっと…原付?は通行できませんよ!?あ、先導車ですね…少々…二分ほどお待ちいただけますか?」


『何ィッ! 係員ッ、ビギーは行けると…言ってないッ!!空の港へ特攻…そうかッ!!しまったァァァァッ!!』


脳内では怒号を飛ばすが、現実は「あ……その……」と震えるだけ。


「マスター、ここはオイラに任せて行って!! 殿(しんがり)はオイラが務めるビギー!!」


ビギーをその場に残し、僕は自動車専用道路であるはずの大橋を、自らの足で走り出す。引きこもり歴21年、パパの忖度で「歩行困難」とされた足が、慣れないアスファルトを直接蹴り脱げ落ちる右の靴…。だが、それを顧みる余裕などない!!


そこへ、習熟訓練で偶然パトカーを走らせていた尾木川巡査長と吉田巡査が遭遇した。


「!!……あいつは! まずは4…じゃない、2本足を確保するぞ、吉田!」


尾木川と吉田はパトカーを止め、ビギーを抑え込む!!だが、尾木川は橋を必死に駆けていく背中を見て追跡の手を止めた。


「追いかけましょう、先輩! 今なら間に合います!!」


「いや……いい。あいつにも、あんな熱いところがあったんだな…ハッ…ここで邪魔をしたら(おとこ)がすたるか…」


尾木川の瞳が、沈みゆく夕日に細められる。


「……!そんな顔でアイツを見るなんて……!!」


「バッ…バカ言うな!お前以外なんてありえんだろう!」


尾木川と吉田の叫びが響き、二人の視線が交差した瞬間。ARデバイスを介さずとも、二人だけの秘密の空間が爆発的に展開された。大輪の薔薇が咲き乱れ、黄金の光の粒子が降り注ぐ。


料金所に待機する地元沓滑(くつなめ)警察署の巡査や料金所職員らは巻き込まれながらも「何なんだこいつら…もう…はやく帰ってくれよ…」と戦慄し、ただ遠巻きに見守るしかなかった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




レアセントウ・アクセスプラザより3階、国際線出発ロビー。僕は、息も絶え絶えでなんとか到着した。引きこもりには遠すぎる数キロのマラソン。僕の足はすでに限界を迎え、右足の靴はなく、白磁のような肌はアスファルトに削られ、指を共擦りした大根おろしのようにピンク色に腫れ上がっていた。


「間に合え、間に合え、間に合えっ……!」


喉の奥が鉄の味がする。肺が焼けるようだ。出発ロビーへと続く緩やかなスロープが、今の僕にとっては垂直の壁のようにそびえ立って見える。すれ違う人々の興味深げな視線すら気にする余裕もなく。


『笑えばいいッ…!!引きこもりが!必死に!無様に!片方の靴をどこかに落としたまま走ってるんだッ…!!滑稽だろッ!?』


ビギーが弾き出した「最短ルート」は、僕のひ弱な脚力までは計算に入れていなかった。いや、計算してこれだったのか。ビギーのおちゃらけたかわいい声が脳裏に響くが、今は笑う余裕すらない。


『美香子ちゃんは、ずっと一人で立っていたんだっ…!なのにっ!僕の事ばかり心配して!!イタリアで靴職人になるなんて、遠すぎる夢を現実に変えるために…!僕だってっ…!』




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「……もう、無理かな」


秘湯国際空港、出発ロビー3階。チェックインカウンターの喧騒の中で、私は何度目かわからない時計の確認をしていた。


手元にあるのは、使い込まれた道具箱と、紙袋に包まれた一足の靴。


『期待しちゃだめだって、わかってたのに。あいつは、ずっと部屋から出られなかったんだから。少しくらい慣れたところで、こんな人混みの多い場所、来れるわけがないじゃない…騎士に守られたお姫様…』


イタリア行きのフライトまでは、もうあまり時間がない。幼馴染の勝手な願いだ。最後に見送りに来てほしいなんて、外の世界を怖がっている彼に言うのは酷だと分かっていた。


『自立するなんて…バカ……そして、私…期待して待ってる私が、一番バカだ』


「……もう、行かなきゃ」


諦めて保安検査場へ向かおうと背を向けた、その時だった――



「…………み、美香子……ちゃんっ …………!!」



「!!……バカ………本当に、バカなんだから…」



搭乗手続きを終えた美香子ちゃんが、そこにいた。


彼女は、僕の傷ついた足を見るなり、膝をついた。


「……サイズより足が腫れて大きくなってるじゃない……」


美香子ちゃんが紙袋から取り出したのは、自らの手で縫い上げた一足の靴。僕のために仕立てた、ビスポーク・シューズ。彼女は、街で出会うたび僕の足をチェックし、Clock並みの精密さで僕の足を測量し、僕がいずれ「自立」して歩き出す日のために、一針ずつ想いを込めて作り上げていたのだ。いつか僕が、外の世界へ一歩を踏み出すとき、その足を支えるのは彼女の作った靴でありたかったと……。


「…………あ、ありがとう…あの…美香子ちゃんも…がんばって…僕…お…応援してるから……………」


美香子ちゃんの手によって、初めて「自分だけの靴」を履かされる僕。美香子ちゃんは立ち上がり、ゲートの向こうへと歩き出す。


「……待ってるから。その靴で、世界中を歩き回れるようになるのを。……絶対、負けないでよ!」


僕は、三万円の封筒と、新しい靴の重みを感じながら、力強く頷いた。


『ああ……。見ていろ、美香子ちゃんッ! 俺はもう、籠の中の鳥じゃあないッ! この靴で、……三河の、いや世界の道を、俺の意志で刻んでやるんだッ!寂しいけど……負けねえぞォォッ!』


――スチャッ。


背後からClockが静かに現れ、僕の体温と心拍数、足の状態を確認する。


「…さて…秘湯大橋マラソン大会の終了の時刻でございます。関係者及び沓滑警察の皆様、ご協力感謝いたします。…坊ちゃま、お帰りはこちらでございます」


――――――――――――――――――――――――――――――


写真:美香子ちゃんに貰った、まだ少し腫れた足に馴染む美しい革靴。背景にはレアセントウ空港の滑走路。


今日は、幼馴染の見送りに行きました。海外に修行に行くって。寂しいけれど、僕もこの靴で、一歩ずつ頑張るぞ!


#別れ #僕だけの靴 #三河から世界へ


――――――――――――――――――――――――――――――


名無しさん:


つらいね……でも、前に進む時だよ! 妖精さん、その靴めっちゃ似合ってる! 応援してるよ!


通りすがり:


泣いた……俺も今の仕事、明日から本気で頑張る……。


REDDIT@knighthood:


姫ッ!足!!ケガしてんじゃん!!大丈夫か!?


BLUECOLOR@knighthood:


…おい、帰ってきたら、ちゃんと消毒しねーと!


YELLOWCURRY@knighthood:


さみしいね~…でも、僕たちがついてるよ!元気出そう!


――――――――――――――――――――――――――――――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ