✢ 月の精霊の加護が欲しい者たち
卒業を間近に控えた頃。
私プリムローズはクラス委員長として、卒業前の最後のイベント『感謝祭』の打合せをしていた。
『感謝祭』とは家族を学園に招き、楽しんでもらう日である。生徒本人も楽しんで良しとする、いわばミニ学園祭のようなものだ。
各クラスで出店をすることになっており、我がクラスはカフェになったのだけど。
貴族の子息が通う学園だからなのか。
企画や仕入れは生徒なのに、当日の給仕は家から連れてきた使用人にさせるのだ。
この国の貴族は『自分が給仕する』という概念がないのだろう。
前世の記憶がある私は、クラスの催しなのだから給仕も自分達でやりたい、と考えた。
そこで私と同じくクラス委員長であるイバン様、それにイベント委員のディアナとエミリで意見交換をすることにした。
「給仕を生徒でやるってこと? 思い付きもしなかったわ」
ディアナが驚いた声を出す。
「俺は抵抗ないけどね。タランチェロでは貴族の当主が妻や子のために手料理をふるまうことだってあるよ。あの国では料理ができる男がモテるからね」
実は、と前置きしてイバン様が話を続ける。
「父も母を喜ばせるために料理をするようになってさ。父のふわふわパンケーキは絶品だよ」
(ふわふわパンケーキですって?! 聞き捨てならないわね!)
パンケーキに思いを馳せている私の横で、ディアナが目を丸くする。
「ランベール伯爵がお料理だなんて想像つかないわ。うちの両親は人生で一度も料理をしたことはないわよ」
「まあ、この国ではそれが普通だよ。国によって習慣や常識も全然違うからね」
「おじ様のパンケーキ、果物とホイップが乗っててすごく美味しいんですよ! レシピを貰ってうちの経営するカフェのメニューにも入れてるんです☆」
イバン様の遠縁で幼馴染のエミリが、イバンパパ特製パンケーキを絶賛している。
三人が会話している傍で、私は考えを巡らせる。
(前世では文化祭でメイド喫茶をやったわ。でも給仕をするのに抵抗があるなら、使用人の恰好はハードルが高いでしょうね)
それなら。
「いっそ人間以外の何かになってしまえば、現実感がなさすぎて案外受け入れられるかも」
私は着ぐるみの中に入った自分を思い浮かべた。
(悪くないけど、汗だくになりそうだわ)
顎に人差し指を当てて考え込んでいたディアナが発言する。
「それなら、グランサフィル王国の建国神話はどうかしら」
「建国神話ってどんな話だっけ?」
イバン様の問いにディアナが答える。
「ある満月の夜。月の精霊が、森の中で瀕死の状態だった金色の鷲獅子に月の雫を与えるの。すると鷲獅子は人間になり、初代グランサフィル王となるって話よ」
「グリフォンに加護を与える月の精霊か。給仕に加護の意味を持たせるってわけだね」
イバン様の言葉に、ディアナは頷いた。
早速クラスの皆に説明すると、困惑する者もいたが最終的に賛同を得ることができた。
そして生徒会への申請も通り、カフェ『月の加護の森』の準備が始まった。
メニューは月の雫ドリンクに決まった。
甘い果実水と炭酸水で二層にして、月や星の形にくり抜いたフルーツを浮かべたものだ。
教室の装飾は幻想的な森に見えるように、観葉植物やガラスのテーブルセットを準備した。
複数の商会に相見積もりを取り、予算遵守で仕入れをすることも忘れない。
***
そして迎えた、感謝祭当日。
開店前の教室で、クラスの皆で最終チェックをする。
月の精霊に扮するため、男女とも銀髪のウィッグを着用する。
そして男子は白いスーツにシルバーのタイ。
女子はシルバーのドレス。ドレスに散りばめられたラメが星屑みたいに煌めいている。
教室に設置した大きな鏡の前に立ってみる。
自分の髪が父やルシアンと同じ色になって、とても不思議な気分だ。
そして、母のようなストレートヘアに憧れていたので何だか嬉しくなる。
(たまには別人になるのもいいわね)
それは他の生徒も同じだったようで、クラス全体が高揚感に包まれている。
「私、銀の髪に憧れていたのよね~」
「このドレスすごく素敵! 本物の精霊みたい!」
「違う人間になったみたいで、なんか新鮮だよな」
「俺わくわくしてきたかも!」
(うん。これなら皆、抵抗なく給仕できそうね!)
「皆、準備はできてるね? オープンするよ!」
イバン様の声かけで、入口の生徒が教室の扉を開けた。
開店前から長い行列ができていたようで、カフェはすぐに満席となった。
(コスプレした生徒が給仕するなんて珍しいから、かなり注目を集めたみたいね)
月の精霊が給仕するときの台詞も決めている。
『汝に月の精霊の加護を』と言いながらドリンクを手渡すのだ。
開店して間もなく、会場の一角から黄色い歓声が上がった。
何事かとそちらを見ると。
銀髪に白いスーツ姿の見目麗しいイバン様が、女性客に跪いてドリンクを手渡していた。
「月の精霊も霞むほどの麗しい貴女に加護を」
(跪く演出なんてなかったわよね。台詞も勝手にアレンジしているし!)
そんな彼に女子生徒のみならず、生徒の母親達まで列をなしている。
(流石『マダムキラー』の異名を持つだけのことはあるわ)
カフェ『月の加護の森』は大盛況だった。
月の精霊姿の生徒を見ようとする者が後を絶たず、客足が全く途絶えない。
私も精霊コスプレで、オープンから一時間近く給仕を続けている。
そろそろ交代という時、フェリクス様とアルフレッド様が入店してきた。
「月の精霊ディアナ様。この俺に加護をお与えください」
アルフレッド様が胸に手をあてて、ディアナに一礼する。
「し、仕方ないわね。汝に月の精霊の加護を」
銀髪をツインテールにしたディアナがドリンクを差し出すと、アルフレッド様が嬉しそうに受け取った。
「なんでそんなにニコニコしてるのよ」
「だって俺の月の精霊がめちゃくちゃ可愛いから」
「いつ誰が貴方のものになったのよ?」
ディアナが銀盆を抱きしめながら真っ赤になっている。
そんな二人を微笑ましく見ていると、フェリクス様に声をかけられた。
「ロゼ。私にも月の雫をもらえるかな?」
「はい、もちろんです。汝に月の精霊の加護を」
ドリンクに両手を添えて、フェリクス様の前に差し出す。
すると、ドリンクを受け取ったフェリクスが跪いた。
「あ、あの? フェリクス様?」
「月の精霊の慈悲に深く感謝いたします。私は一生あなたの僕となりましょう。ですから」
ドリンクを持っていない方の手で、私の手を掬い上げると手の甲に口づける。
「私だけの精霊となってください」
「きゃあああああ」
女子生徒及び母親軍団から黄色い歓声があがる。
「おおおおおおお」
女子だけでなく、男子のどよめきまで聞こえる。
(こ、こんな演出聞いてないわっ)
林檎のように真っ赤になる私。
フェリクス様はくすりと笑って立ち上がった。
「というわけで、私の精霊を連れ出しても構わないかな」
「「「どうぞどうぞ」」」
クラス全員が声をそろえる。
「え、あの。わたくし、まだ仕事が⋯⋯」
「ロゼ、ちょうど交代の時間よ」
「スタッフはたくさんいますから大丈夫ですよ☆」
月の精霊姿のディアナとエミリがひらひらと手を振る。
私はフェリクス様に手をひかれて教室を後にした。
手をつないだまま、他のクラスの出し物を見てまわる。
それは学園生活で初めてのことで、まるで恋人同士のようだわ、と嬉しくなった。
人気のない廊下に差し掛かると、フェリクス様が立ち止まった。
「大人げないことしてごめんね」
「え、何のことです?」
「ロゼを強引に連れ出したこと」
「ちょうど交代時間でしたから大丈夫ですよ」
私が微笑むと、フェリクス様は繋いでいた手にぎゅっと力を込めた。
「教室から出てきた男子生徒達が、口々にロゼの話をしていたんだよ。ロゼに微笑みかけられたとか、ドリンクを受け取る時に手が触れたとか、精霊姿が最高だからもう一度並ぶとか⋯⋯。それを聞いて我慢ができなくて。私だけのロゼだって示したくてあんな真似をした」
フェリクス様は困ったように笑った。
「余裕がない男だって知ってがっかりした?」
私は首を左右に小さく振る。
「いいえ。恥ずかしかったですけれど、とても嬉しかったです。こんな風に一緒に見て回ることにも憧れていましたし」
フェリクス様が私の頬にそっと触れる。
「ロゼ、本当の月の精霊みたいに綺麗だよ」
そしてフェリクス様の顔が近づき、私は目を伏せた。
唇が触れる寸前、後ろから聞き慣れた声がした。
「フェリクス。ここは学園内だよ。生徒会長が風紀を乱さないでくれるかな」
「婚姻前は弁えてくださいませんか、殿下」
仕事が休めないから感謝祭には行けない、と言っていたはずのルシアンと父がそこに居た。
「お父様、お兄様!」
私は身内に見られていた恥ずかしさで、頬が一気に熱くなった。
「誰も見ていないから問題ない」
フェリクス様が平然とした顔で答える。
「私が見ているだろう!」
「私が見ているでしょう!」
ルシアンと父の声が揃った。
「殿下。婚姻前は清く正しい交際をお願い申し上げます」
「アメティスト公は婚姻前に奥方に口づけをしたことが一度もない?」
「くっ⋯⋯」
父は握りしめた右手を口元にあて、恨めしそうにフェリクス様を見遣る。
「フェリクスって、少し前までは理性が服を着て歩いているような男だったのにね」
「ロゼが可愛すぎるのがいけない」
「私の妹が可愛いのは昔からだろう。開き直った王太子ほど質が悪いものはないな」
ルシアンが前髪をかきあげて溜息をつく。
「お父様、お兄様。お忙しいのに来てくださってありがとう。とっても嬉しいわ! せっかくの感謝祭ですから、皆で仲良く見て回りましょう」
私は小競り合いをする三人の背中をぎゅうぎゅうと押した。
その後。
父が母親集団に『麗月の公爵様だわ〜!』と追い回され、いつの間にか姿を消し。
代わりにユリウス殿下が勢いよく乱入してきて。
ディアナやエミリ、アルフレッド様やイバン様とも合流し。
大所帯で感謝祭を楽しんだのだった。
私はその夜、皆に月の精霊の加護がありますように、と願いながら眠りについた。
――ちなみに、私が教室を出たあの後。
「イバン、ロゼはどこ?」
「フェリクス殿下が連れ去っていきましたよ。彼女の勤務は十時までですから」
「うそでしょ?! もうロゼの出番終わっちゃったの?!」
絶叫するユリウス殿下の声が廊下まで響く。
その場に崩れ落ちるユリウス殿下に、イバン様がドリンクを差し出した。
「ほーら、ユリウス殿下。俺の加護をあげますから」
「ロゼの加護が欲しかった⋯⋯僕、頑張って長時間並んだのに⋯⋯」
瞳を潤ませながら、力なく首を左右に振るユリウス殿下。
「そんなに落ち込まないで、これ飲んでみてください。プリムローズ嬢が考案したドリンク、美味しいですから」
「ロゼの⋯⋯ドリンク?」
ユリウス殿下がゆるゆると顔を上げた。
そしてイバン様に背中を支えられて、ドリンクをこくりと飲む。
ドリンクを飲み終えた彼は、きらきらした瞳でイバン様にお礼を告げた。
「ロゼのドリンク美味しかった! それにイバンの加護のおかげかな。なんだか元気が出てきたよ。ありがとうイバン。僕、月の精霊姿のロゼを目に焼き付けてくるね!」
ユリウス殿下はそう言うと、元気に教室を飛び出して行った。
「涙目のユリウス殿下、可愛かった~☆」
「エミリ、ああいうタイプが好みなの? あれは空涙でしょ」
と、エミリとディアナが話している横では。
「さっすがイバン。ユリ坊の機嫌をあっという間に直しちまったな」
「俺、弟と妹合わせて四人いるからね」
と、アルフレッド様とイバン様が言葉を交わしていた。
――という出来事があったことを、イバン様が書いた臨場感たっぷりのクラス日誌で知ることになる。




