↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地味な悪役令嬢は卒業します!せっかくですから着飾ってやりますわ!【本編完結/番外編更新中】  作者: 柊 花澄
番外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/58

✢ 王太子フェリクスの秘密の収集部屋


 フェリクス様の妻として王太子宮で暮らし始めて、一か月が過ぎた。

 この広い宮殿には、少なくない数の使用人が置かれている――はずなのだが。


 とある部屋からフェリクス様の侍従が、箒とはたきを持って出てきた。


「あなた、部屋のお掃除まで請負っているの? 清掃担当がいるでしょう?」

「あー⋯⋯。こちらは使用人の入室が許可されていない部屋でございまして」

「そんなお部屋があったのね。重要機密が保管されているのかしら?」


 王太子宮の女主人である私が把握していないのはまずいのでは?

 ひょいと部屋の中を覗き見ようとすると、侍従が目の前に立ち塞がる。


「妃殿下。世の中には知らない方がよいこともありますよ」

「そう言われると見たくなるのが人間ってものよ」


 ちらっと見えた部屋の中に、複数のドレスが見えた気がした。


 ――とても怪しい。


 秘密の部屋ということは、愛人でも囲っているのかしら。

 ううん、まさかフェリクス様に限ってそんなことがあるわけないわ!

 毎日毎日、あんなに愛を囁いて下さっているもの。


(こういうのは勝手に想像して疑心暗鬼になるのが一番良くないのよ。事実を確認すればいいだけ)


「命令です。そこを退いてちょうだい」

「仰せのままに」

 侍従はさほど抵抗することもなく脇に下がった。

 横を通り過ぎる際にチラと見上げると、彼の口元が僅かに緩んでいるのが見えた。


***


 そこは一言で言えば、とても可愛らしい空間だった。

 淡い色を基調とした内装、小ぶりだが瀟洒なシャンデリア。カーテンには薔薇の刺繍。

 壁際には白い飾り棚が置かれている。

(なんだか公爵邸のわたくしの部屋によく似ているけれど)


 フェリクス様からは想像もつかないような可愛らしい部屋に疑惑が膨らむ。

(やっぱり愛人を囲うための部屋なの?!)


 だがその疑惑は、部屋をぐるりと見渡した瞬間に吹き飛んだ。

(何これ、全部わたくし?!)


 部屋の壁一面には、幼少期から現在に至るまでの私の肖像画が飾られていたのだ。


 一番右端は、水色のドレスを着た絵。

(八歳の時に王宮のお茶会に着ていったドレスよね。初めてフェリクス様に会った日だわ)


 次のは婚約発表の時に、新聞に載った姿絵と同じもの。

(婚約者選びのお茶会より少し前に描いてもらったものだわ。白いドレス着用の姿絵を王宮に提出するように言われたのよね。まさかここに保管されていたなんて)


 ずらりと並ぶ肖像画を、美術館を巡るように順番に見ていく。


 初めての婚約者のお茶会で着たラベンダーのドレス。

(あの時に遭遇したピンクのウサギまで描かれているわ!)

 ピンクの毛にエメラルドの瞳をしたウサギを眺める。

 私の髪と瞳の色と全く同じであることに今頃気づき、苦笑が零れた。


 次に黄色のドレス。

(これは王宮の図書室を案内してもらった時ね)

 お菓子の図鑑を見て、初めてマカロンの存在を知った。

 フェリクス様との次のお茶会でマカロンが出されて、大喜びしたことを覚えている。

(あの図鑑には遠い異国の菓子として紹介されていた。わざわざ取り寄せてくださったんだわ)

 今更ながらその事に気づいて、心がじんわり温かくなった。

 

 それにしても不可解だ。

 父レオンは毎年ロゼの肖像画を描かせている。

 だが王宮に提出した白いドレスの絵以外は、見たことのないものだ。

 公爵邸の絵より繊細で綿密なタッチで、相当に高名な画家に描かせたに違いない。


(宮廷画家かしら。でも描いてもらった覚えがないわ)

 どれも真正面を向いている構図だから、どこからか盗み見て描いたものでもないはず。

 

 一通り肖像画を見終わると、さっきから視界に入っていた多数のドレスに向き直る。


 まじまじとドレスを見て、息が止まりそうになる。

 肖像画に描かれたものと同じドレスが、トルソーに飾られているのだ!

 意匠や寸法まで当時と同じ。

 でもこんな昔に着ていたドレスは、さすがに処分されているはず。


(一体どういうことかしら?)


 謎が深まる中、白い飾り棚に近づく。


 そこにはフェリクス様に贈った数々の品が陳列されていた。

 刺繍が得意な私は、ハンカチ、タイ、剣帯、それら全てにグランサフィル王家の紋章である鷲獅子(グリフォン)を刺して渡していた。


 棚の中央に置かれた白いハンカチに目が留まる。


 二重仕立てのハンカチの表はピンクの薔薇の刺繍。

 嫌な予感がして、ぱっと広げて裏返してみる。

 裏面には、青い目をした金色の鷲獅子(グリフォン)が、ピンクの薔薇を咥えている図案の刺繍。


「きゃああああ、なぜこれがここに?!」


 恥ずかしい、恥ずかしい!!

 それはまるで、フェリクス様に咥えられている私!


 そんなつもりで刺したわけではない。断じてないのだけれど。

 フェリクス様を想いながら刺していたら、いつの間にか出来上がっていた図案なのだ。


 調子にのって三十枚ほど同じ図案で作ったハンカチ。

 いつの間にか失くしていたのだろうか。たくさん作っていたから気づかなかった。


(黒歴史がなぜここに⋯⋯)


 今すぐ回収して葬り去りたい。

 だけど、元は自分の物だったとはいえ、今の所有者はフェリクス様だ。果たして勝手に持ち出していいものか。


「いいわよね」

 ハンカチを急いで畳む。

 そして一刻も早くこれを処分するために、部屋を出ようと振り向いた。


「ロゼにとうとう見つかってしまったか」

 振り向いた先、フェリクス様が部屋の入口に笑顔で立っていた。


「フェリクス様⋯⋯」

「ここには私達しかいないからフェリクスって呼んで?」


 笑顔でひたひたと私に近づいてくるフェリクス様。

 部屋の中は涼しいのに、汗がじわりと背中に滲む。

 目の前まで来たフェリクス様は、私が手に持っていたハンカチをそっと取り上げた。


「お伺いしたいことがたくさんあるのですが。まず、この肖像画は? わたくし描いていただいた記憶がありませんが」

「ほら、二人の時は敬語は無しって言っただろう?」

 私の頬に手を当てて、微笑むフェリクス様。


「私は一度見たものは記憶できるから、ロゼを思い出しながら描いたんだよ」

 え、まさか自作とは! 絵までお上手なのですね。

 今後はフェリクス画伯とお呼びしようかしら。


「では、この大量のドレスは?」

「これも記憶していたものを型紙に起こして、それを元に針子に再現させたんだよ」


 見ただけで寸法がわかるの!?

 いえ、その前に王子様がドレスの型紙を起こすなんて前代未聞だわ。


 冷汗が頬を伝う。

 肖像画はまだ理解できるのだ。

 ご贔屓の舞台俳優や王族の姿絵を購入するご令嬢やご婦人は多い。フェリクス様の姿絵は、人気舞台俳優を差し置いて毎年売上第一位らしいし。

 かく言う私も、新年に発売されるフェリクス様の姿絵を十年連続で購入している。


 だがドレスは何のために?

 理由を聞くのが怖いので、仕方なく次の質問に移る。


「ハンカチはどこで手に入れたの? それは貴方に贈っていないはずよね?」


 私の黒歴史のハンカチは絶対に取り返したい。

 そんな私の思いをよそに、フェリクス様が笑みを深める。

「学園の廊下に落ちていたんだよ。だから拾得物として保管していたんだ。私は生徒会長だったからね」


 私はこほんと小さく咳をすると、フェリクス様を見つめた。

「元生徒会長殿。そちらのハンカチは、わたくしプリムローズの遺失物でございます。ただちに返還を求めます」


 フェリクス様はにっこり笑った。

「残念だが返還はできない。この国の遺失物法を思い出してごらん?」

「グランサフィル王国遺失物法第九条。持ち主が判明せず九十日経ったときには、所有権は拾得者に移る⋯⋯」

「ね? 私が拾ってから、もう百五十七日も経っている」


 私も王太子妃教育で培った知識を盾に、負けじと言い返す。

「でも、治安官に届けてないなら第十八条の遺失物横領になるのではなくって?」


「もちろん学園の生徒会長として治安官に届けたよ。そして九十日後に取り戻した」

「うう⋯⋯そこまでして」

 がっくり項垂れる私をフェリクス様が抱きしめる。


「どうしても欲しかったんだ。鷲獅子(わたし)が薔薇(ロゼ)を食(は)んでいる図。これをロゼが考えたのかと思うと嬉しすぎて」

「もう言わないで! 深く考えずに刺してしまったの。そう、深い意味なんてなかったのよ!」

 真っ赤になって羞恥に悶える私の首筋に、フェリクス様が甘く嚙みついた。


「きゃ!」

 びっくりして、思わず変な声が出てしまった。


「あはは、この刺繍と同じだね」

 彼はいたずらが成功したような少年のように笑った。

 そして、私を抱きかかえてその部屋を後にした。


 その後、勝手に部屋に入ったお仕置きと称して、私は翌日の昼近くまで夫婦の寝室に閉じ込められた。

 お仕置きというのは名ばかりで、散々フェリクス様の腕の中で甘やかされただけなのだけど。


***


 後日、黒縁眼鏡の侍従が報告してきた。

「私も鍵を取り上げられてしまいました」


 どうやらフェリクス様ご自身で掃除までするようになったらしい。

 

「あなたの言うとおり、世の中には知らない方がよいこともあるのね」

 でも、と私は言葉を続けた。


「あの部屋を覗いてよかったとも思うのよ。十年間ずっと愛されていたって知ることが出来たから」


 侍従は口元を僅かに緩めながら、私の言葉に頷いた。


***


 その後、私達は二度とその部屋に入ることはなかった。

 だから、コレクションが増殖し続けていることを知る由もなかったのだ。


 そして後(のち)の世にて。

 この部屋が貴重な歴史的資料として当時のまま保存され、第十五代国王フェリクス・ラミロ・グランサフィルは『常軌を逸した愛妻家』として語り継がれることになることを、誰もまだ知らない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。