未来の約束 ③
海側のベンチを離れると、足元の影が少しずつ長く伸びていった。
大屋根リングへ続く道は、人が多い場所とは思えないほどゆったりしていて、まるで未来と俺のためだけに空いた道のように感じられた。
「……あっ」
未来が立ち止まり、俺の腕をそっと引いた。
「見てください。海、さっきよりキラキラしてます」
指差す先には、陽の角度が変わったのか、
さっきよりも明るく瞬く水面が広がっていた。
「ほんとだ。午後の海って、ちょっと特別に見えるよな」
「はい……なんか、“これから何か始まる”みたいな感じがします」
未来は頬にかかった髪を押さえながら、小さく笑った。
その笑顔は、海より柔らかくて眩しい。
「ねえ、空野さん」
「ん?」
未来はピンバッジが入った袋をちらっと見た。
「これ……大屋根リングに上ったら、付けてみたいんです。
今日、一番“楽しかった時間”を決めて……その記念に」
「へえ……そんなルール、いつ決めたの?」
「今、決めました」
未来の即答に思わず吹き出すと、
未来も「えへへ」と照れくさそうに笑う。
「でもね……なんとなく、したくなったんです。
“今日の思い出をひとつ形にして残す”っていうの、ちょっと素敵じゃないですか?」
「……うん。すごくいいと思う」
気づけば足取りが軽くなっていた。
未来と話しているだけで、胸の奥からふわっと力が抜けていく。
「えへへ、なんか可愛い……」
未来が嬉しそうにピンパッジを見ながら笑うだけで、景色まで優しく見えるから不思議だ。
少し歩くと、海風が強く吹いた。
未来の髪が舞い、慌てて手で押さえる姿が、ふわりと目に焼き付く。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です……でも、髪が……あっ、もう……」
未来が頬を赤くしながら乱れた髪を整える。
その仕草ひとつに、胸がくすぐったくなる。
「風、強いな。上の方はもっとすごいかも」
「ふふ……じゃあ私、飛ばされないように頑張らなきゃ」
未来はそう言って、俺のそばへ半歩近づいた。
――その距離が、驚くほど自然だった。
エスカレーターへ近づくと、予想通り少しずつ混雑してきた。
「……あ、やっぱり並んでますね」
「かなり混んでるね」
未来はしばらく眺めていたが、ふいに「あっ」と声を上げて右側を指した。
「ほら、階段!」
海側に隠れるようにして伸びる階段。
確かに人がほとんどいない。
「こっちから行けるんですよね?」
「うん。知る人しか使ってない道だと思う」
未来は胸の前で手をぎゅっと握り、小さく跳ねた。
「よかった……! せっかくなら、静かな道で行きたいなって思ってたんです」
「じゃあ、階段で行こうか」
「はいっ」
未来はぱっと顔を明るくした。
さっきより少し速い足取りで、階段へ向かっていく。
その横顔を見ながら思う。
――こんなにも嬉しそうに隣を歩いてくれる人がいるなんて。
こんなにも自然に、気持ちが温かくなる時間があるなんて。
未来といると、当たり前の景色までやわらかく変わる。
階段の前に立つと、未来はそっと俺の方を向いて言った。
「空野さんと一緒なら……どんな道でも楽しいです」
海風に揺れる声は、ほんのり照れたようで、
でもしっかり胸に響いた。
「……行こう。上まで」
「はい!」
未来は小さく頷いて、階段を一段上った。
その背中を追いかけるように、俺も足を踏み出した。




