My Dearest One ~二日目嵐~
次の日の朝、オリバーは朝食を用意し、マキに使わせている部屋に彼女を起こしに向かった。
外は強風に雨。残念ながら、今日は出かけられないだろう。
コンコン、と、ドアをノックすると、
「はい」
と、返事がした。
「朝食ができましたよ」
と、ドア越しに声掛けすると、
「開けてもいいわよ」
と、返って来たので、オリバーはドアを開けた。マキはまだベッドにいたが、
「おはよう、オリバー」
と、にこやかに言った。その姿を見てまたもや胸がチクっとした。妙な既視感まである。
(デジャヴ、か?)
「おはよう、マキ。外は見ての通り、ひどい天気です。今日のことはダイニングで話しましょう。準備ができたら降りて来て下さい」
「了解」
階下へと降りながら、首を傾げ、
(さっきのは一体、何だったんだろう・・・)
と、疑問に思った。
朝食は、固まる寸前の柔らかいスクランブルエッグにスモークサーモンをからめた。ローストしたじゃがいもにはローズマリーと塩コショウで味付け。手作りスコーンも焼けたばかり。ミルクティーを淹れて、ダイニング・テーブルについた。
「わー、このスコーンもオリバーが作ったの?四つ星のB&Bに泊まりに来てるみたい」
と、マキははしゃいだ。
「プレーンにしていますので、クロテッドクリーム、イチゴジャム、ハチミツもあります。お好きなものを一緒に」
「わーい。では、いただきます!」
と、彼女は手を合わせた。昨日もしていたな、と、何をしたのか問うと、
「食べる前に言う挨拶のようなもの。そのまま直訳すると、『食べます』なんだけど、あたしの訳だと『感謝と敬意を持っていただきます』になるかな」
気に入ったので、その言葉を教えてもらった。きちんと手を合わせて、覚えたての日本語を言ってみた。
「イタダキマス」
「お上手、お上手」
マキは嬉しそうに笑った。そして、シェフ・オリバーの作った朝食に大変ご満悦とのことだった。
この日は結局一日中雨だったので、家にいた。マキは書き物があるといい、寝室で過ごしたり、喉が渇いた、と、ダイニングへ降りて来たり、と、好きなようにしているらしい。オリバーは家事をしたり、ネットで何かを調べたり、お互い干渉せずに、思い思いのまま過ごした。
昼食はどうするかとマキに聞くと、朝食が美味し過ぎて食べ過ぎたから、まだあまり空腹でないという。
「では、朝に焼いたスコーンもありますし、午後になったらアフタヌーンティーにでもしますか?」
と、聞くと、マキは目を輝かせて、
「それがいい!」
と、喜んで見せた。
ハムとキュウリだけのサンドイッチ、冷凍保存していたミートパイ、そして温め直したスコーンを大皿に盛り、紅茶を丁寧に淹れて出すと、マキは感嘆の声を上げた。
「素敵、素敵!とっても美味しそう!」
「食事が済んだら、映画でも一緒に観ますか?」
「うん。そうしよう」
ケーブルテレビで、好きな映画をいつでも視聴できるサービスを購入しているので、マキに選ぶよう言った。
昨夜の残りのクランブルをデザートに食べるかと聞くと、二つ返事だったマキの要望に応え、オーブンで温め直した。マキが今日はカスタードではなくバニラアイスクリームはあるか、と聞いてきたので、それを添えた。アメリカではこうした焼き菓子には必ずアイスを添えるらしい。
彼女は白ワインを好むとのことで、白。オリバーは赤を飲んでいる。
「オリバー、この日本映画、観たことある?」
『おくりびと』というタイトルで、聞いたことはなかった。
「じゃあ、これにしよう。とってもいい作品だから」
「あなたは観たことがあるんでしょう?」
「構わないわ。もう一度あたしも観たいし」
観賞後の感想はというと、感銘を受けた、に尽きる。静かで、不思議な作品であった。日本人の死生観に興味を持ったので、オリバーはマキにいろいろ質問した。
「オリバーは輪廻転生を信じる?」
「半信半疑、というのが正直な答えです」
「そっか。日本では信じられてるの。で、今世で魂が入るこの身体とは、また諺を使うけど『一期一会』っていう、人生を八十年としたら、それだけのお付き合いとなるわけよね」
「はい」
「魂がこの器としての身体から出る時、さっきの『いただきます』と同じ考えで、お疲れさま、お世話になりました、と、感謝且つ敬意を持って扱わないといけない、っていうのが、さっきの映画の主人公の仕事を生み出しているのだと思うわ。
どうしてかというと、魂も身体もすべて神様がお創りになったもの、と、あたし達は信じているからなのね」
「ほう」
そして、話題は日本の宗教へと移った。
「日本の二大宗教は仏教と神道でね、後者が日本の元々の宗教なの。まあ、宗教というより、あたしは信仰という言葉を使ってるけど。
神道はいわば、自然崇拝。一本の木にも、道端に転がる石ころにも神が宿るという考えなのね。
残念ながら今は大分変わって来たんだけど、昔は殆どの人が目に見えない存在を信じて、敬ってきた。その名残が今でも残っていて、田舎に行くと、小さな社や祠がたくさんあるの」
「そうなんですか。わたしは東京には行ったことがありますが、田舎には行ったことがないのです」
「機会があったら、是非行ってみて。昔ながらの風景を残している地もあるから。都市はロンドンもニューヨークも東京と変わらないと思うけど、田舎にこそその国の良さがあると思う。
でね、自分よりも大きな存在を信じていると、感謝の念が生まれてくるのよ。間違っても、自然を支配しようとはしなくなるし、共生しようというのが古来からの日本人の考えなの。あるもの、来たものを受け入れる、というのが基本姿勢。仏教でさえも、伝わってきたものを排除はせず、一時は神仏混合となっていたくらいだし、キリスト教だけはちょっと違う背景があるんだけどね。
神道には教本などなくて、全て口頭で継承されていってる。教えは至ってシンプルだから。盗んではならぬ、騙してはならぬ、他と仲良くしましょう、とかね」
「本当はそうしたシンプルなことが叡智なのでしょう。悲しいかな、人類は戦争を繰り返していますが、しかし、日本人のその考えは実に興味深いです」
「ま、といっても、そんな背景があるから、外交とかってなると押しが弱くて、いいようにあしらわれるんだけど」
マキはそう言って笑った。
「けどね、災害が起きたりして、避難所での生活を余儀なくされたりしたとしても、日本人は列になって順番をきちんと待つし、強奪も少ないのよ。そうした民度の高さというのは、あたし、とても誇りに思うの。
神社やお寺に行くと、老若男女、小さな子供も手を合わせて、何かを祈っている。見てて気持ち良くなる光景よ。はたして、お参りに行く人全てが心の底から神仏の存在を信じているかどうかはわかんないけど、日本人の根底には神仏への畏怖の念があって、そうした参拝者がいるから神社仏閣は存続してる。ずっと、ずーっと昔から」
「イギリスも礼節を重んじる国ではありますが、日本のようにはいかないかも知れませんね。神社には行ったことがありません。あなたの話を聞くと、とても行きたくなりました」
次に大きな町へ出た時に、日本の神道に関する本を探してみよう、と、オリバーは思った。




