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彼女は七回戦った  作者: 徳田雨窓
第五章 ホーク砦防衛戦
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 フィリオナ伯爵家は、北部地方の名門だ。我が国の建国よりも前から続く、歴史と由緒のある家柄。つまり、いまの王室がまだ一貴族に過ぎなかった頃、この地で覇を競った間柄でもある。

 代々の伯爵は国の執政役を務めている。またバーレンを始めとする北部地方で様々な工業が育ってきた近年、その資産は王室をしのぐのではとの声もある。

 今の伯爵とその奥方の間には長男、長女、次男の三人の子女がある。長男はずいぶん前に成人し、王都で重要な役職を任されていたはずだ。長女は社交界の花形として国中の令嬢たちの憧れらしい。

 上の二人に対し、次男はやや歳が離れている。噂では貴族の子息ばかりが集まる学院で優秀な成績を修めたと聞いたことがある。成人後は軍に入隊し、将校としての道を歩むのではないか……そんな憶測も士官学校にはあった。いつか俺たちの上官として仰ぎ見ることもあるだろう。そういう話だった。

 フィリオナ准将。

 つい昨日までフォスターと名乗っていた若者こそが、その伯爵家の次男だった……にわかには信じられなかったが、どうやらそれは本当の話のようだ。


     ◆


「伯爵家では昔かららしい」

 俺の横で穴を掘りながら、ガトー軍曹が額の汗をぬぐう。

「短期間でも一兵卒としての任務を経験しておく。それが伯爵家に生まれた男子に課せられたしきたりってわけだ」

 フィリオナ准将の着任を知らされたあの宴から一夜が明け、俺は軍曹たちと穴を掘っていた。

 砦の城壁の外、いまだ帝国パルジャノ兵たちが野ざらしのままの谷。

 軍曹とクルーズたち傭兵は、ここのところ毎日その遺体を埋めるための穴を掘り続けている。秋らしくなってきたとはいえ、まだ日中は日差しも強い。このまま放置すると蛆の寝床になるのは時間の問題だ。砦の衛生のことも考えれば、早く始末しておく必要がある。

 人の背丈よりも深く掘り、そこに布でくるんだ躯を投げ入れる。軽く油をまき、火をつけて燃やす。

 火は一両日ほど燃え続け、その間中、なんとも言えない嫌な臭いとくすんだ黒煙を谷にまき散らす。高く透き通った秋空を、忌まわしい煙が淀ませる。

「まあ、それにしても今まで不思議に思っていたことがこれで少しはっきりしたな」

 谷のあちらこちらで立ち昇る煙に、軍曹は目を細める。

「不思議に思っていたこと?」

「ああ。最初に帝国パルジャノがここに攻めてきたときのことを覚えているか? 俺たちは十人で砦に居残ったわけだが」

「もちろん。軍曹とマックス准尉が居残ってくれる兵を募ってくれたんじゃないか。ウォーレン曹長、ニクソン一等兵にレダ二等兵、それにフォスター……いや、今はフィリオナ准将か」

「それとザグモもだ。あとはエル爺さん」

「考えてみれば凄い面々だったんだな」

 マックス准尉は我が国でも五指に入るほど優秀な下士官だった。ウォーレン曹長は預かり屋の仕組みに精通していたし、ニクソン一等兵は砲術にかけては恐らく有数の名手だろう。ザグモはホークの民の一番弓で彼らの信仰の象徴だった。軍曹は言うまでもなく、聖王国サンクチュール筆頭騎士ノエスタだ。

 そして軍曹の話を信じるなら、エル爺さんは最強の傭兵らしい。

「あのときエル爺さんが砦にいたことを、俺は不思議に思っていた。たまたまなのだろうと、いままでは考えないようにしていたんだがな」

「それが、たまたまじゃなかったってことか?」

「フォスターが伯爵家の次男だというならそうなる。恐らく爺さんはフォスターを密かに護衛していたのだろう。それならつじつまが合う。伯爵家なら、爺さんを雇うこともできるだろうしな」

 そういえばエル爺さんが森に去ったあの夜、魔来人マーライが爺さんから受け取っていた大量の金貨、あれは我が国のものだった。あれだけの大金を支払えるのは、この国でも限られるだろう。

「……居残り組も、俺たち四人だけになったんだな」

 ホーク砦の居残り組。今まではそれがそのままホーク砦の司令部だった。

 しかしそれも、モリス大隊長のマックス准尉への個人的な信頼感あってこそだったのだろう。その准尉は退役し、モリス大隊長も辞任した。統合軍の司令官として新しく着任したフィリオナ准将は今、新しい司令部を編成しようとしている。

 俺には傭兵隊長への着任の辞令が下りている。軍曹が副隊長で、クルーズたち傭兵を指揮することになる。傭兵隊とはいえ中隊規模の部隊長だから、今まで司令官代行補佐という中途半端な肩書だった俺にとってみれば、抜擢ということになるだろう。

 ニクソン一等兵とレダ二等兵も、俺たちの部隊に配属されている。ウルバンの魔砲は俺しか撃てない。彼らはその巻き添えになった形だ。

 エル爺さんはすでに去り、ウォーレンとザグモは軍を追放、マックス准尉は退役。

 そして彼女は……。

 俺は砦の城壁を振り返った。

 彼女は本日付けで司令官代行の任を解かれ、フィリオナ准将直属の参謀長に抜擢された。准将が王都から呼び寄せた選りすぐりの参謀たちを取りまとめ、統合軍の作戦を立案する。それが彼女の新しい任務だ。

 准将は前々から彼女の作戦司令としての手腕を過剰なほどに持ち上げていた。この異例な人事は恐らく、准将の個人的な独断なのだろう。

 彼女にそんな大役が務まるのだろうか。俺にしてみれば、准将は彼女のことを買いかぶり過ぎている。統合軍の参謀として王都から派遣される士官たちは英才ぞろいだろう。貴族の子弟ばかりかも知れない。いままではなんとなくうまくいっていたが、もともと彼女は軍医にすぎない。彼女の参謀としての力量など、彼らにすぐ見抜かれてしまうだろう。

 しかしそんなことを心配しても仕方がない。彼女が参謀長を引き受けるかどうか、それは彼女自身が決めることだからだ。俺がそれに口をはさむのは大人げない話だ。

 そんなことを考えながらも、俺は心のどこかで彼女が参謀長の席を辞退することを期待していたのかもしれない。彼女が俺と離れ離れになるような任務を引き受けるはずがない。心の奥底ではそう思い込んでいたのだ。

 不意に、砦から高らかなラッパの音が響き渡った。近衛騎士団の到着を知らせるラッパだ。

「本当に今日合流するんだな」

 俺は少し驚いていた。王都からバーレンを経てホーク砦までは、一週間以上の旅程になる。俺たちが帝国パルジャノ軍を追い払ったのはつい四日前だ。近衛騎士団は、その勝敗が付く前から移動を開始していたことになる。

 つまり、フィリオナ准将は帝国パルジャノとの戦いでの勝利を予見していたということなのだろうか? そういえば准将は調査のためと称して王都に滞在していた。今回の統合軍の話も、そのときに決まっていたのかも知れない。

「軍曹は今回の統合軍の話、どう思う?」

 俺は軍曹を振り返った。

 しかし軍曹は俺の問いには答えず、谷の方を睨んでいた。

「あいつら、何をやっているんだ?」

 軍曹が少し離れたところで作業をしている傭兵たちの方に歩き出した。

 十名ほどだろうか。その中にはクルーズの姿も見える。

 彼らは穴に土をかぶせているところだった。

「彼らがどうかしたのか?」

 俺は軍曹を追いながら尋ねた。

「あの穴を埋めるのはまだ早い。クルーズ!」

 軍曹の声にクルーズが振り返り、騎士の敬礼を返す。

「どうして遺体を燃やさずに埋めている? そんな指示を出した覚えはないぞ」

筆頭騎士ノエスタの指示ではない」

 クルーズの声は落ち着いていた。

「先程、准将の使いから指示があったのだ。明日までにこの谷を、進軍できる状態にすべしとのことだった」

「明日までに、だと?」

 軍曹が首を傾げる。

「俺はそんな話は聞いていないが?」

 軍曹が俺の方を振り返る。俺は首を横に振った。俺も、そんな話に聞き覚えがなかったからだ。

「だが軍曹。准将の命ということならクルーズたちに責はないだろう。それに遺体の処理を急ぐのはおかしな話じゃない。ただ埋めるだけというのでも、とりあえずは十分じゃないか? それなら明日にはなんとかなる」

「それは、そうなのだが……」

 軍曹はややうつむき加減で続けた。

「ただ……少し気になっていてな。敵の遺体の扱いは、なるべく丁重にしておきたかったのだ」

「どういうことだ?」

「……いや、俺の考えすぎだろう。黒巫女セイラムが相手なので、警戒しすぎているのかも知れん」

 納得したような口調だったが、軍曹の表情はやや曇っているように見えた。

 確かに軍曹は黒巫女セイラムのことを気にしすぎなのかもしれない。だが、軍曹の勘のようなものにはこれまでも助けられてきたのだ。

「まあ、気になるのならそれは放っとくべきじゃないだろうな。俺が准将に確認してくるよ。みんなはとりあえず、指示通りに作業を続けてくれ」

 俺は軍曹の肩を二度軽く叩くと、砦に向かうことにした。


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