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亡者逃走中 in 現世  作者: 安達夷三郎
第二章、入学早々目立っちゃってます
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7/20

七話

『通行人が次々と襲われる事件があり、警察は―――』


リビングのテレビ画面には、神妙な面持ちでマイクを握るニュースキャスターと、その背後で黄色い規制線に囲まれた薄暗い路地裏の映像が映し出されていた。


私のスマホら漏れ聞こえるテレビの音声に反応したのか、通話口の向こうで美穂ちゃんの声が小さく震える。


『また出たんだ。連続通り魔』


「通り魔?」


『知らない?最近話題になってたの。無差別に人を襲うんだって』


「物騒だね」

(現世も物騒な世の中だな〜……)


「今日、遊びに行く予定だったけど、どうする?延期にする?」


『大丈夫だよ。今回は人出の少ないとこじゃないから大丈夫だと思うけど』


「そら危機感なさすぎでしょ」


低い呆れ声がして振り返ると、リビングのソファで完全に寝落ちしていたはずの変成くんが、毛布をミノムシのように巻き付けながら頭だけをひょっこり出して呟いていた。


腕時計を確認すると、そろそろ家を出ないと美穂ちゃんとの待ち合わせ時間に遅れてしまう。


私は「じゃあ後でね〜!」と通話を切り、お気に入りのリュックを背負った。


「あ、おはよー。変成くん」


「はいはい、おはよー」


ボサボサの頭を掻きながら、もぞもそと毛布から這い出てきた変成くんは、まだ眠そうに大きな欠伸をしている。


「殺人鬼がうろついてる街中をスイーツの為だけに出歩くの?流石だね。それともただ頭が悪いだけの馬鹿なの?」


「だ、だだ大丈夫!もし亡者だった場合は地獄に堕としたら良いだけだから!」


「他人だった場合は?亡者じゃない場合はどうするの?ねぇ?」


出掛け際にぐちぐちと正論で小言を言ってくる変成くんの声を背中で振り払い、「行ってきます!」と勢いよくドアを閉めて待ち合わせ場所へと急いだ。


***


「おはよー!ごめん、遅れた」


「良いよ良いよ。私もさっき来たから」


休日の駅のホーム。


大勢の利用客で賑わう中、美穂ちゃんを見つけて大きく手を振りながら駆け寄る。


今日の美穂ちゃんは、学校で見せるいつもの制服姿とはガラリと雰囲気が違う、パステルカラーお洒落な私服姿。


それに比べて、私は冥府で着ていた服のまま……というわけにはいかないから、一応現世に馴染みそうな普通の私服を着てはいるけれど、やっぱり美穂ちゃんの洗練されたお洒落さには敵わない気がする。


「スイパラ、楽しみだね!」


「うん!」


今日、私と美穂ちゃんはスイパラというスイーツ食べ放題のお店に行く。


地獄にはなかったから、楽しみっ!


ホームを通過し、電車に乗る。


「ふわぁ……朝の電車って、眠くなるよねー」


「あはは、確かに!そういや、朝ご飯抜いてきた?」


「もちろん!」


周りは私達みたいに遊びに行く人達でいっぱい。


なんてことのない、普通の朝。


―――の、はずだった。


ガタン、と電車が大きく揺れた。


ざわざわと周囲が騒ぎ出す。


車内放送が入るかと思ったけれど、何も流れない。


そのとき、ドアの前に立っていた男がゆっくりと顔を上げた。


フードを深くかぶり、目の下にはクマ。手には―――黒い金属の筒。


「全員、動くな」


低く乾いた声が響いた瞬間、車内の空気が完全に凍りついた。


嘘でしょ。よりにもよって、待ちに待ったスイパラの日にこんな大事件に巻き込まれるなんて!?


「スマホは出すな。警察にも通報するな」


男の声は驚くほど落ち着いていて、その感情の欠落したトーンが余計に恐怖を煽る。


「人質は……お前で良いか」


言うが早いか、男は私の腕を乱暴に掴み、冷たい黒い筒の銃口を私の頭に容赦なく突き付けてきた。


「え?」


「あぁ、その恐怖に染まった顔、まさに絶望の色ですねぇ」


犯人は狂ったように「アーハハハ!」と勝ちを確信した高笑いを上げた。


……って、ちょっと待って。今、この男の口から信じられない単語が出たぞ。地獄に戻るって言った?


「っ……!やっぱり、亡者じゃん!」


思わず声が出た瞬間、男―――いや、亡者の目がギロリと光った。


「おや?分かるんですか、私が『こちら側』の人間だと」


「そ、そりゃまぁ……十王だし」


「あははっ、良いですねぇ。貴方は冥府の王ですか。良いですねぇ、もっと怯えてください。もっと、もっと……」


ぞわり、と背筋を氷の指で直接撫でられたような嫌な感覚が走る。


黒い金属の筒がぐっと力任せに押し付けられた。隣では、美穂ちゃんが完全に顔を真っ青にしてガタガタと震えている。


……と、その瞬間。


凄まじい風切り音と共に、一振りの鋭い刀が亡者の胸元に寸分の狂いもなく突き刺さった!


視線を動かすと、いつの間にか車両の隅に青年が一人立っていた。


黒を基調(きちょう)に赤を差した道服(どうふく)を身にまとい、肩より短く切り揃えた赤髪の下から鋭い瞳。


「全く……何をノロノロしている」


低く呆れた、でも聞き慣れたその声の主は―――


「しょーくん!」


ため息をつく初江王(しょこうおう)こと、しょーくん。


彼もまた、私と同じ十王の一人だ。


自分にも他人にも厳格な刀の達人だけど、実は大の動物好きというギャップを持つ。


この超次元の刀を投げたのも、間違いなく彼だ。


「地獄は怖くないです。何百年もいましたから。だからこそ、また地獄に戻るなら何か大きなことをやっておかないと、もったいないでしょう?」


刀が刺さったはずの亡者は、狂気に満ちた笑みを崩さない。


「さぁ!この電車はあの世まで止まらない特急車なのです!」


完全に勝利を確信して狂笑する亡者。だが、しょーくんは眉一つ動かさず言い放った。


「そうか。だが―――」


「地獄に還るのは、アンタだけだよ」


その声が聞こえた瞬間、電車の分厚い窓ガラスがガシャアァァン!と凄まじい音を立てて内側へと蹴破られた。


ガラスの破片がキラキラと飛び散る中、その強烈な蹴りは驚異的な勢いのまま亡者の顔面に直撃した。


あまりの衝撃に、亡者の身体が吹き飛び、私はその拘束からガバッと解放される。


爆音と共に車内に乱入してきたのは、変成くん。


「楓くん、何で!」


「私が呼んだ」


しょーくんはスマホをひらひらと振ってみせた。そして小さく「楓……?」と呟いている。


「……あのさ、本当にフラグ立てるのやめてくれる?」


変成くんは額を押さえながら、ため息をついた。


「まさか本当に事件に巻き込まれるとは思わなかったけど……いや、むしろ『トラブルメーカー』というか」


「そんな亡者ホイホイみたいに言わないで!?」


「事実を言っただけだけど」


「あのねぇ……」


緊迫した車内でいつものように言い合う私達を他所に、しょーくんは床に倒れている亡者を見下ろした。


「まぁそんなことはさておき、お前に大叫喚地獄は軽すぎたようだ。だから今回は特別に、もっと重いところに堕としてやろう」


しょーくんがそう宣告した瞬間、彼の手に持っていた閻魔帳が淡く発光し、そこから伸びた金色に輝く細い紐が、生き物のように亡者の身体へ巻き付いてぎゅうぎゅうに縛り上げた。


亡者の喉から、苦悶のうめき声が漏れた。


人間には紐が見えないので、突然苦しみだしたように見えることだろう。


「焦熱地獄(しょうねつじごく)は嫌か?ならば、地獄での刑期を終えて、来世では真人間になることだな」


「真人間じゃない奴が真人間て……」


「うるさい!ばーか!」


横から茶化した変成くんが吹き出し、しょーくんが顔を真っ赤にして言い返す。


「はいはい、静かにしなよ。審判中に騒ぐなんて珍しいね」


「お前が笑うからだろ!」


しょーくんは咳払いをすると、閻魔帳のページをめくる手を止め、彼の白い指先が一枚のページで止まった。


「……快楽無差別殺人鬼だったらしいな。被害者は二十七名。とんでもないな」


背筋が寒くなるような罪状を聞きながら、変成くんはいつの間にか、恐怖のあまり完全に気絶してしまっていた美穂ちゃんを近くの座席へとそっと横たえさせていた。


「判決を下す。第六の地獄、焦熱地獄」


しょーくんが判決を言い渡すと、バチン!!と空間が弾けるような高い音が響いた。


次の瞬間、亡者の身体は黒い霧となって一瞬で消え去り、跡形もなく霧散(むさん)した。


地獄にも、犯した罪の重さや数によって、階層が決まる。


上


一、等活地獄

二、黒縄地獄(こくじょうじごく)

三、衆合地獄(しゅうごうじごく)

四、叫喚地獄(きょうかんじごく)

五、大叫喚地獄

六、焦熱地獄

七、大焦熱地獄(だいしょうねつじごく)

八、阿鼻地獄(あびじごく)


下


下に堕ちれば堕ちる程、刑期は長くなるし、受ける罰も重くなる。


「あ、美味しいとこ取られた」


「うるさいぞ、秦広王!」


そんな風に私たちが軽口を叩き合っていると、ようやくパニックから我に返った乗客の、ヒソヒソとした困惑の声が耳に飛び込んできた。


「え、何が起こったの?」


「マジック的な?急に消えたし……」


「怖すぎん?通報しちゃったんやけど……」


「まぁ、人体切断マジックとかあるもんね……」


何それ。現世の人って、目の前で人間が消えたら『マジック』で納得しちゃうの!?


そっちの方が怖すぎる!


ガガガガ、とブレーキ音が響き、電車はゆっくりと減速しながら、ようやく目的の駅のホームへと滑り込んだ。プシューと大きな音を立ててドアが開く。


待ってましたとばかりに、外からは盾を持った警察官や駅員が血相を変えてドタドタと車内へ駆け込んできた。


「大丈夫ですか!?怪我人は!?」


警官は、すでに何事もなかったかのように普通にお喋りを楽しんでいる私達三人の姿を見て、口をあんぐりと開けて固まった。


「えっと……犯人は?」


「あー……」


(地獄に還したなんて、言えないからなぁ……どうしよ)


私が冷や汗を流しながら目を泳がせていると、しょーくんが気まずそうに目を逸らしながら、ガチの真顔で言った。


「もう逃げた」


「逃げた!?」


「……あそこの窓を派手に蹴破って、外に飛び降りていきました」


しょーくんは、変成くんがダイナミックに侵入してきた割れた窓ガラスを平然と指差す。


警官の一人が声を上げ、慌てて無線に手を伸ばした。


「犯人逃走!近隣駅に―――」


別の警官が私達のところに来て、「もう大丈夫だよ」と言ってくれた。


「う、う〜ん……あれ?私、なんで座席で寝て……?」


その時、後方の座席で頭を押さえながら美穂ちゃんがゆっくりと体を起こした。


「美穂ちゃん!大丈夫!?」


「あ、真宵……?あれ、私……すごい怖い夢見てた気がする。男の人に銃を突きつけられて、真宵が捕まって……あとなんか、誰かが窓破って入ってきて……」


「夢だよ!ぜんっぜん夢!急ブレーキがかかってびっくりして、美穂ちゃん貧血で倒れちゃったんだよ!」


私は美穂ちゃんの肩を揺すりながら、超高速ででっち上げた設定を叩き込んだ。


「え、あ、そうなのかな……?うーん、すっごくリアルだったんだけど……」


よし!


恐怖の記憶が混乱と夢に上書きされてくれたのは本当に幸いだった。現世の人間の防衛本能、ナイス!


その方が精神衛生上めちゃくちゃ都合が良いので、私は話を合わせることにした。


人間、必要のない恐怖の記憶なんて忘れてしまうのが一番だからね。

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