2-5「祟来無」
鈍い足は、逆に言えば根を張るように重く踏み込めるということだ。
1歩ごと、刀を振るうに最適な足運び。1歩ごと、段平刀にも近しい剛撃が祟来無を断ち切っていった。
ろくに振り向けない真後ろから襲われても無問題。刺線に貫かれてから祟来無が飛びかかってくるまでのフレーム数は既に見切っていたから、背中へ刀をくぐらせればパリィできた。
1歩、また1歩。
寄らば皆斬る風来姫が、破壊の風切り音を引きずって徒歩で往く。
さして拾う気も無く汚濁へ落ちた祟来無素材たちが、進撃の軌跡を累々と描いていた。
「よいしょっと」
やがてハナは寺の基礎へよじ登り。悪あがきに足へ飛び付いてきた祟来無を片手でパリィし、登頂しきったのだった。
登ってこられないのか登りたくないのか、祟来無たちは汚濁の中へあっさり引いていった……。
さて。脳筋ショートカットした先は、文字通りがらんどうな本堂だった。
腐食が少なく、少なくとも床だけは無事。壁と天井が崩れ落ちた奥の壇上では本尊が残っていた。
4体の鬼の像である。
背格好や角の生え方がそれぞれ大きく異なる、ハナと同年代くらいの男女だ。
四方を表すように配され、土色の塗装の名残が見える1番小柄な鬼女が正面に位置している。
(む。ボス戦の予感なんだけど)
しかしハナは、そんなバックボーンよりもだだっ広いフィールドに注目していた。
打刀の鯉口をチャキチャキ鳴らしながら、強敵の登場に備える……。
……が、いつまで待っても何も起こらなかった。
「むぅ? なによ、こんな意味深な場所なのにボスいないんだけど?」
ボスがいるとはそもそも誰も言っていないのだが、ボスとの死闘こそを愛してやまないハナなれば。
本堂のそこかしこに素材のキラキラこそ落ちているが、それだけ。ただ探索しに来たプレイヤーならハナと同じように一蹴して、肩透かしのまま立ち去ることだろう。
ただ、ハナの場合は千方火に導かれてここにやって来たわけで。
マップを開くと、ハナを示す光点は鬼火マーカーと確かに重なっていた。
「千方…………っと……ひょっとして……?」
ダメ元で千方火を絞ってみようかと思ったハナは、しかし思いついたこともあった。
展開したのはエモートショートカット。
そこには、予め設定しておいた風変わりな仕草のアイコンがあって。
「……『四鬼の祈り・裏』」
頭の中に浮かんできたやり方に従い、ハナは揃えた人差し指と中指を胸へ当てた。
その手を左足へ、右肩へ、右足へ、左肩へ……印を結ぶ。
ソレは、『表』にあたる『四鬼の祈り』とは逆さまの流れ。
もう1つの違いは、最後に手を額へ持ってきたこと。
指先に霊気が灯った。
(寺でお祈りでも……ないけど!)
そしてまっすぐ前を指差してみせれば。その軌跡をなぞった霊気は一角の形で余韻となったのだ。
するとどうだろう。
祀られた4体の鬼の像が角を輝かせたかとおもうと、その存在を揺らがせた。
集い、解けて……。
4体の中心に、新たな像が現れていた。
いや、あるいは最初からそこに在ったのかもしれない。
首の無い女の像だった。
平安貴族の狩衣らしきものを纏っているが、ソレは近未来的なサイバースーツ風だった。
「やっぱり。エモートが謎解きになってたんだけど。『ブラッドソウル』でも脳ミソ目玉に『交信』のエモートしたらレアアイテム貰えるのよね」
はてさて。秘密の像は現れたものの、レアアイテムや隠し通路の類いではなさそうだが……。
「ポ」
と。首無し女の像をとりあえず調べてみようかと足を踏み出した矢先、女声が本堂に弾けた。
像たちの前の床に、1滴の汚濁が沁み出ていた。
「ポ。ポ」
艶やかなのにどこか機械的にひび割れた女声とともに、汚濁がみるみるうちに湧き上がっていった。
「ポ。ポ。ポ」
ソレは等身大の人型へと積み上がり、肌や服をも表出させたのだ。
「ようこそお出でくださいました……お館様……彼女の封印は滞りなく成してございまする……」
そこに立っていたのは、豊満な尼僧だった。
常に瞼を下ろし、潤んだ唇を薄くすぼめた美貌には全てを受け入れるような母性が漂う。
伸び放題に近い髪は青錆びのような色で、しかし艶やかな直毛の中でアンニュイな美を醸し出してもいた。
裾がボロボロに裂けてしまった法衣姿で裸足、その退廃的な様相もまた色香の一部として溶け込んでいる。
「……あら……? あなた……お館様では……ない……?」
「誰と勘違いしてるのか知らないけど、その『封印』っていうの詳しく聞かせてくれない?」
……首を傾げた尼僧に対して、ハナは打刀の鞘を握り込んでいた。
「ああ……ポ、ポ……さようでございましょう……お館様でないのなら……ポ。ポ。ポ……あなたは封印を破りに来たのですね……」
尼僧は我が身を緩慢に抱き、恍惚の笑みを見せて。
「なれば……その冒涜もろとも……拙僧の中で蕩けさせましょう」
法衣の下が蠢いて、胎から全身へと広がった。
「ポ。ポ。ポ。ポ。ポ……!」
尼僧は、手から足から伸び上がっていった。
人の等身を保ったまま、しかし常人では不自然すぎるまでに背が高くなっていった。
ついには身長2m半もの女と化すと、頭巾が浮き上がった。
「ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ」
あの祟来無と相似の丸い粘液が、彼女の美貌を包む赤い帽子として大小無数に膨れ上がったのだ。
その帽子にこそ、見開かれた目玉が不揃いに現れた。
ーー 【妖魔】 封印の膿 シャクシャク ーー
「ポ、ポ、ポ!!」
床下から一気に噴き出した汚濁が本堂の中を猛毒沼へ変えてしまって。その水上を扇情的に滑りながら、尼僧だった者は襲いかかってきた。
粘液で拡張された手が、唇がごとき棍棒と化していた。
「オッケイ! 倒してから考えるけど!」
ーー 弾殺(Parry) ーー 舐め回すような棍棒の連撃を、ハナは居合抜きとともにいなしていったのだ。
ーー 『四鬼の祈り・裏』(仕草) ーー
ーー 稀人の武運を祈る際に用いられていた仕草。2つ指を胸に留めて四肢へ交わす所作は、最後に角を表すことで四鬼そのものを意味する
ーー ソレは元々、式として結ぶ印だった。加護を貰い受けるのではなく、己が先陣に立ちて四鬼を使役する号令である ーー




