2-6「ういどう」
滑らかに汚濁をスケートしながら、しかしシャクシャクが引きずる棍棒は一撃ごとに重かった。
スケートと棍棒の緩急が一癖あるディレイ攻撃となっていて、刺線が視えるハナでもパリィタイミングが掴みにくかった。
刀刃というより飴細工よろしく蕩けた刺線は、彼の者の“柔軟”な様をよく表していた。
「はッ!」
「ポッッ、ポ、ポ!」
しかもパリィ成功でよろけたところを斬ろうとしても、シャクシャクはすぐに後方へ滑っていってしまった。
足下は鈍足効果付きの汚濁なのだ。パリィで硬直しきるあの祟来無たちなら『待ち』の体勢だけでもぶった斬れたが、逃げるシャクシャクへ踏み込もうとしても若干のタイムラグがある。
「ポ……!」
(浅い……!)
よってハナのカウンターは当たりが浅くなってしまい、手応えに乏しいかすりヒットにしかならなかった。
(ちぇっ……! 近接で打ち合ってくるクセに、こっちからの攻撃は遠距離推奨って感じなんだけど。明らかにプレイヤーの条件反射込みでディレイかけてきてるし、足下は鈍足効果付きの猛毒沼……いちいち対応するのがメンドくさいボスね)
言い換えるなら対応力が問われるボス。このゲームの仕様に慣れきった者をこそ試すような、敢えての『メンドくさい』レベルデザインを感じさせる。
(だからっていちいち踊らされる気も無いけど)
そう。分かったうえで、ハナは刀1本で戦い続けるのだ。
遠距離の攻撃手段なんて、それこそ刀をぶん投げるくらいしかない。
使うつもりは毛頭無いが鎧袖にだって杭打ち機と散弾銃しかない。
そもそも、かすりヒットばかりでも0ダメージではないのだから。
(かすりヒットしか出せないなら。その分、何百何千回でも斬ればいいじゃない……!)
そうとも。ハナが食らわない限り、何百何千回でも斬ればいいのだ。
少なくとも。刀がパリィに響くたび、死闘好き少女の意志は折れるどころか熱く鍛えられていった。
「ああ……拙僧の清めの水に……これほど浴しているのに蕩けないなんて……拒むなんて……お可哀想に……」
「なにが清めの水よ、汚物の沼なんだけど!」
むしろ、シャクシャクの方がハナを食らいきれずにやきもきし始めていたようだ。
「フフフフフ……! ……されど……拙僧の愛の形は1つではありません……さあ、身も心も委ねて……ポ。ポ。ポォォォォオォォォォ…!」
速度を上げて本堂の内周を回りつつ、読経めいて何か唱えだす。我が身を愛でる官能的かつ冒涜的な舞いも交えて。
「《脈々と産まれ出でる愛》……!」
すると汚濁のあちこちで、猛毒の赤色をはじめとした色彩たちがポコポコと湧き立った。
「あなたがいけないのですよ……拙僧の愛を拒むから……この力を使いましょう……!」
「履行技……!? ちょっと、その言い草だと猛毒対策してたから使うみたいだけど!? それゲーム的にズルくない!?」
赤色に、緑色に、緋色に、黄色に、青色に、灰色に、紫色に、桃色に。
ソレらは直径2メートルほどの円に広がった先から、汚濁の水柱をぶち上げていったのだ。
(AoE予兆……!)
ハナの足下にも予兆が現れたため、鈍足を精一杯動かして退避。
その先にも予兆が現れてしまったため、さらに退避、退避……、
しかしランダムな予兆を全ては計算しきれず、ついにハナは桃色の水柱に呑まれた。
「ごぼ、っ……!?」
窒息感と浮遊感は一瞬だけ。宙に投げ出されたハナは汚濁へ不時着した。
しかし。『鬼子のお守り』で生命力(HP)が初期値固定の風来姫は、派手な落下とは裏腹にノーダメージだった。
「ってノーダメ……?」
ーー 魅了(Charm) 無効 ーー
頭上に浮かんだ桃色の筆文字がかき消されたのをよく見る間も無く、足下にまた予兆が現れたのでローリング回避。
(要するに状態異常技ね……! 技そのものにダメージは無い!)
それぞれの色の水柱に状態異常が込められている、そういう技のようだ。
(1つでもかかったらますます動きづらくなって、他の状態異常にもかかってなぶり殺し……そんなとこかな!)
『魂源の篭手』があるハナには恐るるに足らず。
強化した回避性能もあって、あっという間に水柱をフレーム回避できるようになってきた。
危うくなるどころかむしろ余裕が生まれる、いわゆるチャンス行動だ……、
「コッポポポッ!」
「けお……!?」
と思いきや。頭上から降ってきた刺線と一太刀を、すんでのところでパリィ。
シャクシャクからの攻撃ではない。
「コ、ッ、ココゴ」
(祟来無のあたし!?)
降ってきたのは、ハナの形を模写した桃色の祟来無だったのだ。
パリィでよろめかせたところをとりあえず斬り伏せる……前に、一瞬ギョッとしたのが仇となって水柱にまた呑まれた。
ーー 麻痺(Paralysis) 無効 ーー
そして投げ出されたハナは、筆文字越しの頭上に祟来無の正体を見た。
ハナに命中した水柱だけ、他のように収束せずに天井近くで集束していて……、
「コゴポ、ゴッ」
圧縮とともに練られ、ハナの形の黄色い祟来無へ変貌したのだ。
不時着から復帰する絶妙なタイミングで飛びかかってきたため、パリィも間に合わずにローリング回避した。
「ポポポポポッ……ああ、あああ拙僧の可愛い子供たち……! あなたの精を宿していくらでも産まれましょう……!」
「仲間呼びまでするわけ!? あんたメンドくさすぎるんだけど!」
「ポコゴゥッ」「ゴプボッ!」
つまりは水柱に当たったペナルティとして産まれるらしい。打刀までコピーしたハナ祟来無2体に加え、シャクシャクも再び襲いかかってきた。
呼応するように水柱攻撃は密度が減っていったが、完全に収まることは無く断続的に現れ続けた。
履行技というより、ハナが猛毒対策をしていたことによるルーティン変化に近いのかもしれない。
「さあ……拙僧の中へ……あなたも……!」
「ああもう! そう言いながら逃げるな!」
ハナはパリィ&スラッシュ。しかしシャクシャクもまたさるものでヒット&アウェイ。
さらには隙潰しとばかりにハナ祟来無が割り込んでくるので、かすりヒットもなかなか当てづらくなってきた……。
ーー 【妖】 祟来無 ーー
ーー 伸縮自在の粘液の体で敵を吸収しようとする、膿の塊のような生物 ーー
ーー 地下や水底などでよく見られるのは、そこが『封じられた』意味を持つ土地がゆえ。彼らは土地に宿らされた細胞であり、何かしらの封を守るがゆえに膿んでいく ーー




