四十七、じゅうねん やすまずに
「っ…マジきもい。何でそこまでわかってんの? ……まさか、あんたも同じ事できんの?」
「言う必要はないね。探偵みたいに大勢の前で真相を明らかにするとかしたくもないし、面倒臭いし。僕は単純に、鬱陶しいからやめろって言いにきただけだから」
「はっ、やめるわけないじゃん! 馬鹿じゃないの?」
じっと冷めた目を向ける環に、此花は醜く笑いながら吐き捨てる。
その目に宿るのは、尋常ではないほどの執着。
この場にいない……実際には現場をはっきり目撃しているが……深月に対して、怖気を誘う笑みを携えて強烈な感情を向けている。
ぶるりと、目の前で刃物を突きつけられているかのような恐怖感の中、深月は少女を凝視し声を殺す。
「……君、なんか彼女に恨みがあるの? 正直、そこまで執着して回りくどい方法取る奴なんて見た事ないんだけど……彼女が何かしたの、君に」
どうでもいいと告げた環にも、流石に此花の執着は異様に映ったようで、首を傾げながら問う。
対する此花は、しばらくの間黙り込み環を睨む。
そしてやがて……にちゃりと歪な、泥のように濁った怖気を誘う笑みを浮かべ出した。
「ああ、そうだよ! されたよ! 深月ちゃんはとっても酷いことをしたよ! ーーー私の心を奪ったんだ!!」
「……は?」
環の口からこぼれたのは、そんな気の抜けた声であった。
深月やぬらりひょん、鎌鼬達も同じく呆け、似たような表情で声が漏れそうになるが何とか耐える。
しんと静まり返った空気の中、此花はにたにたと口角をあげ、くつくつと不気味な笑い声を漏らす。
「つやっつやの髪! 真っ白な肌! 子供の頃からおっきくて、柔らかそうで、気持ち良さそうな胸! 顔なんか人形みたいで、家にずっと飾っときたいくらいに可愛くて! 欲しくて欲しくてたまらなくなって!」
「……いや、は?」
「出会った時から毎日毎日ずっと見てた! 笑ってる顔も泣いてる顔も怒ってる顔も! 全部全部可愛くて綺麗で! ずっとずっと自分だけの物にしたかった! 家の外から、遠くから見てるだけじゃ全然我慢なんてできなかった! 深月ちゃんさえ手に入ったら、もう他のものなんてどうでもよかった!!」
荒い呼吸を繰り返し、御馳走を前にした飼い犬のように口の端から涎を垂らす。爛々と目を輝かせ、恍惚と虚空を見つめ続ける。
挙句、自らを抱きしめ身をくねらせ、もじもじと腿を擦り合わせる。自らの薄い胸や股間を揉み擦り、自慰行為に耽る。
痴女の行いに、環も流石に顔色を変え、静かに数歩分後退った。
そんな少女の変態的な動作は、不意に止まった。
紅潮していた肌は見る間に冷め、作り物じみた冷淡な表情に変化した。
「……だけど、深月ちゃんの周りには邪魔な奴がいっぱい集まってきた。いっぱい、いっぱい、薄っぺらい笑顔で擦り寄って、あたしの深月ちゃんの周りに群がり出した」
「…………」
「あたしは深月ちゃんだけを見られればよかったのに、鬱陶しい奴らが大勢集まってきた。大人も、餓鬼も、爺婆も、あたしが深月ちゃんを見る邪魔ばかりしてきた。あたしの物なのに、深月ちゃんに勝手に触れてきたーーー殺してやりたくなった」
漏れ出る過去の思い出、苛立ち。
歪み切った、吐瀉物や屎泥のように汚れ切った、吐き気を催す本音を次々に暴露する。
無表情だったその顔が、徐々に憎悪で歪み悪鬼じみた凶相になっていく。
「あたしは努力した。深月ちゃんに近づく塵屑共をどうやって消そうか毎日考えた。殺せば簡単だけど、ばれたら捕まっちゃうし、そしたら深月ちゃんを見れなくなるし……どうしようどうしようって、ずっとずっと考えてた」
「…………」
「攫っちゃおっかな、って考えた事もあった。でも深月ちゃんの周りの塵屑共が邪魔でできなかった。割って入ったら怒鳴ってくるし、見れないだけじゃなくて近付けないし、やっぱり殺してやろうかと思って、毎日毎日悩んでた」
「…………」
「毎日毎日呪った。邪魔な奴ら全員が消えるように祈った。死ねって何回も願った。お前らなんか存在する価値ないんだって、いるだけで迷惑なんだってずっとずっと心の中で呪い続けた。沢山心の中で責めて、殺してやりたいって思い続けた」
「…………」
「気が狂いそうだった……見てる事しかできなくて、辛くて苦しくて可笑しくなりそうだった。深月ちゃんに触る奴が出てくるたびに、あたしは何度も自分を傷つけた。塵屑共を傷つけられない悔しさで、自分をぼろぼろにしてた」
その狂気は……異常という他にない。
たった一人に対して膨大な独占欲を有し、その他のものを不要なものと完全に切り捨て……しかし手を出さずにただ呪い続ける。
激情のままに動く事なく、自らを律し続けた。狂っていながら、己を制し続ける異様な精神力の持ち主。
ぶつぶつと語り続けていた少女の表情は、やがて変わる。
再び恍惚と、心の底から嬉しそうに、愉しそうに笑みを湛え、頬に手を当てて悶える。
「…そしたらさ、深月ちゃんの表情が変わったの。死ね、って心の中で呪ったら、深月ちゃんがひって息を呑んで怯え出したの。ーーー届いたんだ、あたしの思いが」
ひひひひひ……と、不気味に笑う少女。
当時の光景を、欲した者の顔を思い出しているのか、涎まみれになった口で感情をぶちまけまくる。
「何度も何度も念じた! 深月ちゃんに! 死ね! きもい! 消えろ! 今まで言われた事がなさそうな言葉を沢山! そしたらねぇ……その度に深月ちゃんの顔が歪むの! 辛そうに、苦しそうに! その度にあたし……無茶苦茶気持ちよくなったの!!」
「…………」
「あたしの思いで、深月ちゃんが苦しんでる! 痛がってる! 深月ちゃんをあたしの自由にしてる! 最っ高の気分だった! 深月ちゃんをあたしのものにできた気がした! あたしの望みが叶った! その日初めて達した! いった! 気持ちよくて気持ちよくて仕方がなかった!!」
「…………」
「そのうちにさ……思いついたんだよ。本当に深月ちゃんをあたしの物にする方法……あたしが念じて、深月ちゃんが怯えて……近くにいた塵屑を避けるようになったのを見てさ」
くすくす、くすくす。少女が嗤う。
興奮で汗ばみ濡れた髪をかきあげ、粘っこく濡れ出した腿を擦り合わせ、自らの体を撫で回し。
吐き気を催す邪悪な表情で、少年に自慢げに語る。
「あたしはそれから必死に練習した……深月ちゃんに近づく塵屑の声を、癖を、全部真似られるように。それを深月ちゃんに全部聞かせたーーーそしたら、思った通り深月ちゃんが塵屑共を避けるようになってくれた!」
きゃははは!
弾む声は、跳ね回る姿は恋する少女のように明るく騒がしい。なのに、話す内容は狂っている。
見れば見るほど、聞けば聞くほど、少女は同じ人間とは思えないほど醜く、悍ましい本性を、思考を晒し続ける。
深月はもう、途中から半ば意識を飛ばすほどに圧倒され、立ち尽くすばかりとなっていた。
「それからもずっと頑張った! 誰とも仲良くならないように! あの女以外誰とも友達になんかならないように! ずっとずっと一人ぼっちでいるように! あたしは思いを届け続けた! ーーー最後の最後に、母親に裏切られるように!!」
「っ……!?」
「たった一人の味方からも裏切られて、憎まれたら、深月ちゃんは本当に独りになる。そこであたしが現れる! 今度はあたしの声で、優しく優しく慰めてあげる! そしたらやっと、深月ちゃんはあたしの物になる!!」
それは、あまりにも気の遠くなる計画だ。異能の力などという不確かなものを只管に使い、他人の心を歪ませる狂気の沙汰。
そんな目論見を十年も続けた怪物は……やがて、ぎろりと憎悪に満ちた眼差しを浮かべ、環を睨みつけた。
「……そのはず、だったん、だよ……!!」




