三十七、じゃまもの おむかえ むなしいな
少しずつ、勢いを増した雨。ぽつぽつと微かに響く程度であったそれは、小一時間もすると豪雨となり、辺り一帯をを水浸しにしていった。
空も分厚い雲に覆われ、夜のように暗くする。陽が翳り始めた事で、よりその暗さは際立った。
「やっば、傘忘れたし!」
「こんなに降るとか聞いてないよ! 天気予報はもっと軽めに言ってたじゃん!」
授業が終わり、下校しようとしていた生徒達が空を見上げて嘆く。多くの部活動が休みとなり、昇降口はあっという間に騒がしくなる。
自前の傘でなんとか帰る生徒もいれば、家族に連絡して迎えに来られないかと話す生徒もいる。少し時間を置き、雨が弱まる時機を待つ者もいる。
度胸のある男子生徒の中には、ずぶ濡れになる事を覚悟で走って出て行った者もいた。明日は風邪で休むかもしれない。
そんな彼らを横目に、深月はどうしたものかと、無言で自分の下駄箱の前で佇んでいた。
「……本当に暇な人達、嫌がらせしか思いつく事ないのかな」
思わず呟き、空っぽの下駄箱を見つめる。
今朝、確かに入れておいたはずの自分の靴が、行方不明になっている。間違いなく誰かの悪戯だろうが……最早悲しみも怒りも湧いてこない。
上履きでは帰れまい、という実に厭らしく、しょうもない嫌がらせだ。
しかし、困るものは困る。これでどのようにして帰ろうか……悩んだ深月は、溜息と共に踵を返した。
「やったのは……今朝のあの人達の誰かかな。まだ持ってたらいいけど、持ち帰られてたら面倒くさいな」
脳裏に思い浮かべたのは、今朝に絡んできた三人組の顔。
いつもにやにや笑いながら迎えてくる、おそらく日頃から深月の下駄箱に画鋲や塵を仕込んでいる輩だろう。
深月がいつもと異なる反応を見せた所為で呆けていたが、時が経つにつれて冷静になり、帰り際に再び仕掛けてきたのかもしれない。
証拠もないのに疑うのは良くないだろうが、普段の態度の悪さからそう思わざるを得ない。
【……うっわ、帰れなくて困ってる。いい気味】
【何があったのか知らないけど、ブスが調子に乗ってるからよ。生意気な態度とりやがって】
【いつまで学校でうろうろしてるんだろ、ばっかみたい】
【下駄箱開けるところから動画撮っとけばよかった。面白いのに、惜しい事した~】
……いや、自分の疑惑は間違っていないようだ。
どこにいるかは見えないが、あの三人のものと思わしき〝声〟が聞こえてきて、がくりと肩が下がる。犯人はわかったが、何の証拠にもならず虚しくなるだけだ。
「はぁ……どうせなら、どこに隠したのか頭に思い浮かべたりしてくれればいいのに……ほんと、役に立たない体質」
逆恨みじみた幼稚な行いに嘆息しつつ、自由の効かない厄介な体質を恨みつつ。
深月は他の生徒達の流れに逆らうようにして歩く。
三人組の教室のどこか、あるいは学校のどこかに隠されている可能性に賭け、雨の勢いが弱まるまで待つ事も兼ねて、深月は校内を当てもなく歩く事にする。
「せっかく今日は何も押し付けられなかったのに、結局帰るのが遅くなるし……どうしたらいいのかな、これ」
今日、無事に靴を探し出せたとして、今後も同じ事が起こらないとは限らない……より酷くなる未来しか、今の所見当たらない。
根元を絶たねば何も解決しないが……どうすればいいのか、解決策は何も思いつかない。
どうにかできる誰かさんは……頼っても助けてはくれないだろうし、縋りたくはない。
「……まぁ、いいか」
と深月は意識を校内の隅々に向けて肩をすくめる。自分でなんとかする以外にないし、できないわけでもない。
下校でがらんと空いた各教室を回り、部室や便所、その隅を探り、探し歩く。反対に職員室や用務員室、図書室など、人がいる場所は隠さまいと考え、除外してそれ以外の場所を覗き込む。
殆どの生徒がもう学校を出たのか、しんと静まり返った構内を歩き回ったが、一向に靴は見つからなかった。
「……やっぱり持って帰っちゃったのかな、あの人達」
窃盗という犯罪行為に間違いないのに、その罪の自覚がなさそうな三人組に、いっそ哀れみを抱く。
深月が教師に訴えれば、困るのは自分達なのに。
そこまで考えが至らないのだろうかと、怒るよりも先に呆れが生じる。どこまで頭が幼稚なのか。
「あと、見てないのは……中庭と裏庭かな」
校内は一通り探し歩いた。あとは煩く雨粒が襲いかかる校舎の外しかない。
激しい風雨で濡れた、泥まみれになった靴を想像し、深月は心底憂鬱な気分になりつつ、この天気では結局汚れるのは仕方ないかと覚悟を決め、歩き出す。
外はどんどん暗くなる。雨脚は弱まるどころか強くなるばかりで、自分の呟きすら聞こえづらい程になっていく。
廊下を進み、まず向かった裏庭の出入り口にできた水溜りを見て、こんなところを探すのかと呻き声を漏らす。
嘆いても仕方がない。そう自分に言い聞かせ、意を決して外へ一歩踏み出そうとしたーーーその瞬間。
真横から伸びた何者かの腕が絡みつき、深月の口と手を押さえ込んだかと思うと、勢いよく暗闇の中へと引きずり込んだ。




