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十九、なみかぜたてずにいられない

 鐘の音が鳴り響く……ついに、とうとう、ようやく、今日の憂鬱な時間が終わる。


 いそいそと、しかし浮かれている事が知られないよう気を引き締めて、荷物を纏め鞄を抱える。

 誰かからの干渉を受ける前に帰ってしまおう……そう決めて、教室の扉をがらら、と開く。



「……やぁ、ちょっといいかな?」

「っ……」



 開いた直後に顔を見せた男……以前に会った、軽薄な印象の男子生徒に話しかけられ、深月は思わず顔を歪める。


 一つ上の学年の男子……確か、大嶋理玖、とかいう名前だっただろうか。

 女子生徒から人気が高いが、聞こえてくる〝声〟に内に秘めた欲望が滲み出ていて、深月が苦手意識を持っている相手だ。



「……何ですか」

「不動さんさ、この後時間ある? 君の都合がよければ……付き合ってもらいたいんだけど」



 その瞬間、ざわりと深月の背筋に寒気が走る。


 大嶋の歯の浮くような台詞に怖気が走った、という事もあり。

 以前に聞こえた〝声〟が蘇って恐怖感が湧いた、という理由もあるが。


 何より感じたのは、周囲で遠巻きに深月を睨んでいた多くの女子の同級生達が、一斉に眼圧を強めた事だった。



「……その、つき、あう、とは」

「いやさ、深月さんってあんまり人と話さないし、遊んでるところも見た事ないし、逆に気になっててさ。俺、君とは仲良くしていきたいって思ってるんだ」



 ぞっ、と深月の背筋の寒気が強まる。殺気じみた圧が背中に襲いかかり、鋭い針が突き刺さってくるような錯覚を覚える。


 ちら、と視線を向ければ……同級生達の恐ろしい視線が視界に入る。



【大嶋先輩に誘われてる? あいつ何? 何なの?】

【裏で男を食ってるビッチのくせしてふざけてんの? 死ねばいいのに】

【どうせあの無駄にでかい胸で誘惑してんでしょ、頭にも栄養回せよ屑。股開くしか脳のない無能の分際で】

【死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね】

【ブスの分際で理玖君と喋ってんじゃねーよゴミ】



 ごくり、と息を呑み、深月は視線をそっと逸らす。ついで、目の前の男子生徒を心底恨めしい気持ちで睨みつける。


 折角波風立てずに一日を乗り切ったはずだったのに、余計な波紋を齎した赤の他人に内心で苛立ちが募る。〝声〟で本性を知っている事も相まって、嫌悪感しか湧かない。



「……わ、私は、その」

「大丈夫だよ、このあいだの奴らみたいな失礼な連中は誘わないから。あいつら、女の子の扱いを全然わかってない無神経な奴らだったもんね、不安になるのも仕方がないよ。でも大丈夫、俺はそんな事しないから。今後ちょっとずつ仲良く慣れたらいいなって思ってるだけだよ、クラスメイトだからね?」



 だが大嶋は気付いた様子もなく、周りには爽やかに見える笑みを湛えて深月の目を覗き込んでくる。

 穏やかな口調に、首を横に降らせない奇妙な威圧感を込めて、一方的に語りかけてくる。



「付き合うって言ったら大袈裟だけど、とりあえず話をしてみたいんだ。親睦を深める目的でさ、休みにどこか出かけないかな?」



 ぴりぴりと張り詰める教室の空気に気付いていないのだろうか、人の気も知らず照れ臭そうに笑う男には殺意すら湧く。

 その上……内心は全く爽やかではないのだから、いっそ滑稽だ。



【昨日遊んだ子はあんまり面白くなかったしな、やっぱり本命を攻めてこそでしょ。遊び慣れてない子は乱れると凄いからなぁ……一回やっちゃえば次は自分から求めてくれるし、最初のガードさえ崩せれば楽勝だよね。はー、さっさとあの大きい浪漫の塊、触ってみたいな。一昨日の子のはまぁまぁだったけど、こっちは格別だし。……でももうとっくに堕ちててもおかしくないと思ったんだけどなぁ?】



 思考が下半身に直結しているのでは、と言わんばかりに色欲まみれの思考。数歩引いた深月だが、怪しまれない為にどうにかその場に留まる。


 ()とはまるで違う。そんな身も蓋もない事を思いながら。



「……すみ、ません。家の手伝いが、ある、ので、遊んだり、とかは……」

「一日ぐらいいいんじゃない? ご両親だって遊ばせてくれるよ。華の高校生活を親の手助けに使うのはもったいないでしょ、ね?」

「……い、いえ。わた、私が、そう、するって、決めたので」

「いいじゃない、一日だけ、ね? ……男の誘いを無下にされるとちょっと傷つくなぁ。俺、そんなに信用できない?」



 やんわりと断るものの、大嶋は諦めずしつこく誘い続ける。両親、というか母の何を理解しているのか、知った風な顔で勝手な事を宣う姿に怒りを覚える。


 しかも、落ち込んだ顔を教室の女子達に見せているものだから、堪ったものではない。

 強引な誘いで困っているのは深月の方なのに、大嶋の方が雑に扱われて可愛そうな相手のように見られている。


 周りを、それも多くの女子を味方につけ、逃れられない状況を生む男に、深月は思わず歯を食い縛る。



【……女子の嫉妬って怖いからねぇ。前もこうやって気の弱い子を頷かせたっけ? あの子も結構可愛く乱れてくれたなぁ、いつの間にかいなくなっちゃったけど……女の醜い争いがどうなろうと、知った事じゃないし】



 深月ははっと我に返り、鞄を抱えて一歩を踏み出す。そのまま強引に大嶋の隣を抜け、廊下へと飛び出した。



「……! い、急いでますから…!」



 去り際に厳しい口調で告げ、小走りで昇降口を目指す。押しのける形になったが、構う事もない。


 最早一切言葉も交わすまい。

 女心を利用し、大勢で一人を追い詰める方法を平然と使う男の近くになど一分たりともいられるものか。


 振り向かぬまま、深月は只管走る。逃げる。



「……ちっ」



 後に残された者達のーーー大嶋の冷酷な眼差しに。

 その他大勢の女子達が送る、嫉妬に狂った悍ましい目に、微塵も気づかないふりをして。






 その中で、一際強い負の感情が向けられていた事に、気づかぬまま。

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