表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/59

十、はさみのねいろ

 ーーーしょきん、しょきん。


 軽い金属音が聞こえる。

 刃物を擦り合わせる……鋏だ。鋏の音が聞こえてくる。


 深月は半ば手放しかけていた意識が一気に引き戻され、戸惑いの視線をあちこちに向ける。


 鋏? 誰が? どうしてこんな所に?

 見知らぬ男に襲われるわ、得体の知れないお化けに見つかるわ、頭がこんがらがっているのにまださらに何かあるのか。


 冷え切った頭で嘆いていた時。


 自分に覆い被さる男の背後に一つ、人影が立った。



「……はぁ、やっと見つけた」



 しょきん。


 また聞こえた鋏の音。

 その直後、男の背後のお化けの形がぐしゃりと崩れた。


 途端に、サラリーマンの男が白眼を剥き、がくりと倒れ込んでくる。糸の切れた人形みたいに唐突に、ぷっつりと圧が消え去った。



「……え? え?」



 深月の胸に顔を埋めるような形で沈黙した男。

 手首を掴む力も抜けて、ようやく自由になった。すぐさま男の体を押しのけ、重さに苦労しながら横に転がし、抜け出る。


 かなり乱暴に突き飛ばしたが、男は起き上がらない。まるで死んでいるようだ。


 頭の中を疑問符でいっぱいにしながら、深月はまじまじと男を見やり、そしてはっと我に返って正面を振り向く。



 そこに、いた。

 道の真ん中で佇む一人の少年……見覚えのある彼が、黒い靄を掴んで向かい合っている姿があった。



《 ダ レ  ダ ?  邪  魔 ス  ル ナ ヨ》

「うるさいよ、気持ち悪い残滓撒き散らして。くだらない未練なんかさっさと捨てて、潔く消えてよ」



 うぞうぞと蠢く靄。何度も不気味に光る赤い目で、少年を睨みつけ靄の手を伸ばしている。


 気の狂いそうな悍ましい光景だが、少年は微塵も動じていない。無表情のまま、片手をズボンのポケットに突っ込んで立っているだけだ。



《 ハ  ナ セ   ド ケ   オ 前  ニ  用 ハ  ナ イ  ン ダ  ヨ》

「僕はあるよ。君の所為でとても迷惑してる……君がそうやって他人の体を使って悪さをする所為で、僕らのお気に入りのお店が一つ潰れちゃった。だから始末をつけにきたんだ」

《  知 ル  カ   離  セ   オ 前  殺  ス ゾ  》



 凄んでいるように見える、黒い靄。

 しかしそれは微塵も少年に触れられず、何かに押し返されているように伸びない。それどころか、徐々に小さくなっているように見える。


 少年ははぁ、と溜息をつき、黒い靄を半目で見やる。



「無理に決まってるでしょ……君は精々人の欲望とか負の感情を煽れるだけ。僕にはそういうのないから、操れないよ」

《 殺  ス  殺 ス  殺 シ  テ ヤ ル 》

「はいはいわかったわかった……取り敢えず君は処分だね」



 野球の球程の大きさになって、尚も喚く黒い靄。

 どう見ても不利なのに煩く騒ぐその様は、偶に見る理不尽な要求をする迷惑な客のようだ。見ていて非常に苛立つ。


 少年は初めて表情を変え……心底面倒臭そうに眉間に皺を寄せ、不意に掴んだ靄をぐっと虚空に突き出した。



「ーーーぬっへっほふ」



 闇の中に向けて、少年が何か呟く……いや、名を呼ぶ。

 すると……ぬた、のた、べた、と奇妙な足音を響かせて〝それ〟が姿を現す。



「…………!?」



 深月は思わず悲鳴を押し殺す。


〝それ〟は見るからに人間ではなかった……生物にも見えなかった。

 辛うじて体と手足はわかるものの、顔に当たる部分は見当たらない。そしてそれを構成するものは……言うなれば、腐った肉の塊だ。


 人間が肥満を極めればこうなるだろうか、という体をゆっくり動かし、異形は少年の元へ近付いていく。


 その瞬間、少年の手に囚われた黒い靄が明らかに態度を変えた。



《  ヤ メ  ロ  何 ダ ソ  レ ハ   近 付  ク ナ   来  ル   ナ  》



 もがくように靄を歪ませて、声を発する……あれは、怯えているのだろうか。

 少年と深月に対しては強気な口調を保っていた靄が、異形が出現するや否や、縮こまって震えて見える。


 そんな黒い靄を冷たく見やったまま、少年は異形の前に靄を掴む手を差し出した。



「さ、めしあがれ」

「♡」



 少年が許可した途端ーーー異形の体が変形し、巨大な口のようなものが広がる。


 ばくんっ!


 ぶわっと幕のように開いたそれは、瞬く間に少年の手と靄を咥えると、しゅるんっと元に戻る。

 少年の手はそのままに、黒い靄だけを綺麗さっぱり平らげて、異形は満足げに手(?)で体を叩いた。



「お疲れ様……また見つけたら呼ぶから、宜しく頼むよ」

「♪」



 声は出ていないのに、少年の言葉に応えてぷるぷると身体を震わせる異形。それはやがて踵を返すと、不気味な身体を揺らし、夜闇の中へと姿を消した。


 ぼた、ぬた、ねと、べた。足跡が遠ざかり聞こえなくなる。


 後に残ったのは、静寂と二人の少年少女、そして気を失ったサラリーマンの男。

 まるで初めから何もなかったかのように静かな暗がりの中で、微かな夜風が吹き抜ける。


 深月は呆然と異形の消えた方を、そして少年を凝視するばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ