第二十二話 竜族の長
会議室には、父上、アレクシリス、王太子殿下、蘇芳、杜若が出席者としている。何だか、学校の三者面談の豪華版か、入試の親子面接、若しくは一族面接の様に思えて来なくもない。そんなもの無いけどね。
こんな、少人数だけで会談が行われる理由は、竜族の長蘇芳の要求だった。
私の背後で、遠巻きにしていた非番の契約竜も、大樹の足許にぞろぞろ集まりだした。契約竜達は、椅子に座る者や、壁ぎわに一人凭れた者、仲間同士で輪をつくり議論する者など、それぞれ自由にこの様子を眺めている。
ふと、上を見れば寮の階段の二階の踊り場から、顔を覗かせている者もいた。ざっと見渡しても、ほとんどが男性だった。
今日は、竜団長のメイラビアの姿が見えなかったので残念だった。もう一度、会って話したかったな。
【 では、杜若とアレクシリス王子の『竜騎士の契約』と、それに伴う『誓約』の審議を始めよう。私は竜族の長として、杜若とアレクシリス王子の『竜騎士の契約』は認められない! 】
「おっ、感度良好だな。さすが杜若だ。結界破りも難なくやるとは凄いな」
竜騎士団の制服を着崩した、緑色の髪をした男性が感心したように言っていた。
本当に声がはっきり聞こえるし、雑音もほとんど入っていない。でも、内容が聞き捨てならない。いきなり、蘇芳の先制攻撃だ。すかさず、父上の声が反応した。
【 蘇芳殿、この会談は、アレクシリス殿下と杜若殿の『竜騎士の契約』を、成立させる事が前提で、話し合うのではありませんでしたか? しかも、『認めない』とは、それは竜族の総意なのでしょうか? 】
「今のは、蘇芳の個人的意見だよ」
「藍白様、それならば良かったです。では、契約竜の皆様は、第二王子殿下と杜若様の『竜騎士の契約』に賛成してくださるのですね」
「 …… え〜と。」
「 …… それは、」
「うむむむ」
「 ………… 」
それについては、微妙らしい。それぞれ、顔を見合わせて契約竜達は沈黙した。
何故なのだろう? 『精霊の種』は、何か知らないかな?
ーーーーどうして、契約竜の皆様の反応が微妙なのかわかりますか?
ーーーー? 『精霊の種』? どうしたのですか? 返事をしてください。お~い。あれ?
「マリー姫、これは、竜族の内々の事情で、アレクシリスの事を気に入らない訳じゃないよ。心配しなくて大丈夫」
藍白が、私の隣に戻ってきてにっこりと笑って言った。
「そうですか …… ?」
まわりの契約竜達も、無言で頷いたり、笑顔をむけてくれたり、藍白の言葉を肯定している。
その事情が、とても気になるのに、『精霊の種』から返答がない。内心、不安で一杯になりながら、何度も頭のなかで呼び掛けていると、蘇芳の声が響きわたった。
【 掟を破り、成人前の杜若が、まだ幼い第二王子と結んだ『竜騎士の契約』を、長として認める事は出来ない!】
【 俺が、まだ成人ではないからこそ、アレクシリスと『精霊誓約』を交わした。それでは、駄目なのか? 】
【 駄目に決まっている! 杜若、二人の『精霊誓約』の条件をもう一度言ってみるがいい 】
しばらく、沈黙が続き、杜若の声が聞こえてきた。
【 アレクシリスは、成人するまでに『契約者』に相応しいと認められる事だ 】
【 そして、杜若は、成人してもアレクシリス以外と契約を交わさない事です 】
アレクシリスの声は、緊張で震えている様に聞こえた。続いて、ため息交じりの蘇芳の声がした。
【 その対価として、二人の命を賭けた。もし、どちらか片方でも、『誓約』を遵守出来なければ、二人とも死んでしまう。だったな …… 】
改めて聞くと、重い『誓約』だ。命を賭けて、二人は将来竜騎士になると『精霊誓約』を交わしたのだ。
【 呆れた内容だ …… 幼稚で稚拙だと思われないか? アレクトレス殿よ 】
蘇芳が、王太子殿下に問いかけた。蘇芳の言い方は、静かで厳しかった。
【 蘇芳殿の言う通り、二人の『誓約』は、確かに浅慮だ。契約内容も穴が多すぎる。片方が、不慮の事故で死んだ場合『誓約』は、破棄されるのか? 杜若殿 】
王太子殿下は、不機嫌そうに机をトントン指で叩きながら話しているようだ。
【 俺は、命懸けの『誓約』など、する必要は無いと、アレクシリスに言った。だが、アレクシリスは、自分の望みを叶える為の『誓約』なのだから、命を賭ける危険を負うのは当然だと言ってのけた。その言葉で、俺もアレクシリスの為に命を賭ける気になった。蘇芳に、幼稚とまで言われる筋合いはない! 】
杜若の声は、蘇芳に対して苛立ちを含んでいた。杜若の声に続いて、はっきりとして澄んだアレクシリスの声がする。
【 蘇芳殿に、稚拙な『誓約』だと言われても、当然だと思います。ですが、私の為に杜若は無理をしてくれたのです。杜若は、私の望みを叶えてくれだけなのです。だから、杜若を責めないでください…… 】
アレクシリスは、最後の方は、涙声で話していた。
【 蘇芳や王太子殿下の言いたい事も分かる。俺たちが、正式に竜騎士になるのを阻止したい者は、アレクシリスを狙ってくるだろう。暗殺等の、危険が増して、兄である王太子殿下が、心配されるのも理解できる 】
【 俺は、別に、アレクシリスの心配などしていない! 】
王太子殿下は、動揺を隠せない声で怒鳴った。さすが安定の『隠れツンデレ』だ。私は、徐々に王太子殿下の人柄や、行動パターンが読めてきた気がする。だって、彼は …… 。
【 だが、『契約者』を守るのは『契約竜』の義務だ。俺が、アレクシリスを守る!】
【 杜若、ファルザルク王国にだけ、特別な対応を許すわけにいかない。契約竜は、必要以上に、国の支配階級に関わってはならん! 】
【 蘇芳、そんな事を言ったって、事態が悪化するだけだろう?国の、くっ ………… っ、禁忌に触れたのか!? 】
【 そうだ。我々は、旧時代の血に縛られ続ける存在だ。それを、忘れてはならん 】
「この『誓約』は、かなり強引だけど純粋で真摯な想いを感じるよな。蘇芳が怒るのもわかるけど、認めてやればいいのにさ」
「『竜騎士の契約』は、これくらい相手を信じていないと結べないよ」
「でも、相手はまだ五歳だろう?」
「ないよ、普通なら、ない」
「アレクシリスって、どんな子なの?」
「見た目だけなら、王族の血が濃いよ。金髪碧眼に代々おんなじ顔してるよ。もう、呪いか?! って、レベルだよ」
「杜若は、父親の心境だって言ってた。あいつ、前々から人間が好きだよな」
「父親って、ははは。あいつ、妙にジジくさいよな。まだ、ガキのくせに …… 」
片隅では、別の雑談が始まっていた。藍白は、私の隣でアンティークラジオ型盗聴機から流れる声に集中しているようだった。
【 とにかく、杜若は、成人前で『竜騎士の契約』を結ぶ資格がないのだ。歪んだ契約を竜族の長として、絶対に認めるわけにはいかない! しかも、『誓約』を成立させたのは『誓約の女神』などと、もってのほかだ! どういうつもりだ『在沢真幌』っ! 】
ガサリと、目の前の大木の枝が揺れて、淡い光が枝先から降りてきた。そして、宙に浮いたまま飛び去り、奥の扉に吸い込まれていった。目撃していた契約竜達も騒然としていた。驚きで目を丸くした私に、藍白はぼそりと言った。
「あ、蘇芳が、精霊召喚しちゃった」
「精霊召喚ですか?! それって、凄いのでしょうか? 藍白様!」
「フフン。マリー姫、面白いから聴いててごらん」
【『乱暴な呼び出しね、蘇芳。お久しぶり』】
少し、波長がぶれたような少女の声が聞こえてきた。精霊の声だからなのか、二重に音が重なったような声音は、聞き取りにくかった。
【 『誓約の女神』よ、質問に答えてもらおう? 】
【『私は、価値ある契約だと認めただけよ』】
【 はっ! 子供同士の戯れな約束を、『誓約』になどしおって!】
【『蘇芳、子供同士の戯れって …… 杜若、ちゃんと話しておきなさいよ。面倒臭いからって、私に丸投げしないでよね』】
【 蘇芳は、話を聞いてくれない。無駄だ 】
【『はあ。杜若、年長者からの忠告よ。若者が無理、無駄、無謀を言い訳にしないで! 歩み寄る努力を、放棄しないでちょうだい!』】
【 …… すまない。わかった。この場は禁忌に触れると、言葉に制限がかかるから無理だが、後で必ず蘇芳と話し合う 】
【『もう、いいわ。私は、二人の『誓約』を認めた事を撤回するつもりはないわ!』】
しばらく沈黙が続いた。音がしないのに、ピリピリした空気が流れている気がした。
【 俺は、『誓約』の内容に不満はない。蘇芳、俺はすでに成人の条件を満たした。次の祭りで成人の儀式を受ける 】
【 杜若が、成人の儀式を受けるのはかまわん。それでも、まだお前は子供だ。それが、このような前例を作るわけにはいかないのだ。人族達が、成人前の竜や幼い子供を捕まえて、『誓約』で強要すれば、『竜騎士の契約』を交わせるとなれば、他国でも混乱を招くのだぞ! 】
【 『なんて人聞きの悪い言い方なの! 特殊過ぎて、前例になるものですか! 強制でも誘導でもない。純粋な願いだから『誓約』は締結されたのよ。蘇芳の杞憂だわ!』 】
【 決して叶わぬと知りながら、可能性を試さずにいられない。そんな愚かな生き物が、人間だろう! 】
「ほほう~。蘇芳は、そこまで考えて、反対したんだ」
「なるほど、それは困る。基本的に竜族は脳筋で単純型だからな、騙されたり、情に絆されやすいからな」
「特に子供のお願いに、ぼくら弱いよね?」
「人間は、愚かだからな。確かに実例があれば、今後に響くだろう」
【 否定できないな 。事実、すでに他国から何件か問合せがきている。サンドラが、対応しているが、当分の間は外交が混乱するだろう。グレイルードは、どう考えている? 】
王太子殿下の声だ。私は、アレクシリスの竜騎士の契約が、既に他国に事情が漏れている事に驚いた。そして、父上の声が王太子殿下に答えた。
【 他国は、ファルザルク王国を『竜騎士王国』と揶揄しています。今さら、警戒されるのを怖れる必要はないでしょう。それよりも、王族から竜騎士を輩出する益を取ると、陛下のご意向です 】
【 それは、人間側の都合だ。杜若の勝手を認めれば、竜族の意思を無視して契約を迫る者が現れる事態になりかねん。国家間の竜騎士のバランスを崩してもよいと言うのか? ファルザルク王は、それでも王族の竜騎士に拘られるのか? 】
即座に父上が、静かに怒っている時の声で反論する。
【 そもそも、『竜騎士の契約』は竜族側の一方的な『誓約』なのではありませんか? 国が『竜騎士』の増員を望んで、どれほど厚待遇を約束しても、立派な候補者を揃えても、竜族側の『契約者』を選定する基準が謎のままですから探りあいになるのです。自国の竜騎士が、何組存在するのか最重要機密になるほどにです。蘇芳殿、各国の竜騎士の数を正確にご存知なら、竜族こそ、国々のバランスを崩しているのでは、ありませんか? それとも、竜族は竜騎士の数を調整して人族の国々を監視でもしているとでも? 】
【 二人とも、少々、冷静さに欠けていないか? グレイルードも、落ち着け …… !】
王太子殿下の声が、大きく、低く響いた。いつの間にか、会談の様子を聞きながらガヤガヤと討論していた『契約竜』達も、静かになっていた。やがて、蘇芳が先に、落ちつきを取り戻したらしい。
【 杜若、『誓約』には『くーりんぐおふ』という、七日以内なら無条件で誓約を解約出来る特別な条項があるのだ。二人とも、当初の目的であった、アレクシリス王子の婚約の阻止はできたのだ。もう一度、考え直せ、今ならこの契約は、勘違いだったと誤魔化せるだろう? 】
【『蘇芳、そんな約款を良く覚えていたわね。創った本人でさえ、忘れそうになっていたわ』】
【 どうせ、本当に忘れていたのだろう? 】
【『そんなわけないわよ!』】
【 だったら、事前に説明しなかったのは何故だ? 】
【『七日以内で気の変わるような覚悟で『精霊誓約』は成立しないからよ!』】
渋い低音の蘇芳の声と、不思議な『誓約の女神』の少女の様な声を聴いていると、嵐を背景にした、中華風の龍と虎の対決の図が、頭に浮かぶのは何故だろう?
お読みいただき、ありがとうございます。




