第十話 勅命
父上と、近衛騎士が十数人に、侍女のエルシアと、専属護衛騎士も引き連れて歩いていく。後から、私のワガママの対応の為に他の女官や使用人も後から合流する予定だ。
アレクシリスの私室は、私の住む棟から少し離れている。王宮内を混乱させない為にも、移動は速やかにしなければならない。だから、父上に子ども抱っこしてもらっている。
父上は、背が高い。私の頭は抱っこのせいで、更にその上にある。扉を通り抜ける時に、ぶつかりそうで、ちょっとドキドキする。迷宮仕様の通路は、扉の高さも様々だ。父上は低めの扉の直前で、ビクッとしている私が面白いから、直前まで屈まないのは止めて欲しい。本当に怒っちゃいますよ!
父上は、アレクシリスの部屋の前に到着すると、扉の前で警護していた専属護衛騎士を下がらせて、代わりの護衛騎士と交代させた。
扉を開かせた父上は、アレクシリスの部屋に無言で入ると、女官や使用人達が突然の訪問に慌てていた。そんな混乱の中で、衿を正して対応してきたのは、従者頭のガルフーザだろう。三十代の痩せた神経質そうな顔をした男性だ。私は、何故か彼とはほとんど会った事がない。
「これは、マリシリスティア姫殿下に近衛騎士副団長閣下。お越しいただきありがとうございます。しかし、アレクシリス殿下のお見舞いのご訪問にしては、騎士の数が多すぎませんでしょうか?」
父上は、ガルフーザを睨み付けながら、室内に声を響かせた。
「我々近衛騎士団は、国王陛下より、第二王子殿下の周囲の者の身辺調査を命じられた。まだ幼い殿下が、竜騎士の契約を、単独で行えたとは考え難い。周囲に殿下を教唆、誘導した者がいる可能性を考慮して、第二王子殿下の使用人全員に、近衛騎士団の尋問を受けてもらう。不信のない者は、速やかに現場に復帰させる。筆頭責任者、従者頭ガルフーザ=バリン=トラフィニオに協力を命じる」
「 …… 承知、いたしました」
ガルフーザは、額に汗を浮かべて青い顔をしながら頭を下げて答えた。
父上が、ガルフーザと話している間に、他の近衛騎士が小走りに、室内や隣室の使用人達を確保して集めていった。騎士見習いの少年が、父上の隣で国王陛下の命令書を広げて見せ、直立不動の体勢でいる。
何これ、一種の逮捕劇が目の前で繰り広げられている …… 。私は、こんなシリアスな展開になるなんて、予想もしていなかった。驚きと緊張で、父上の騎士服の胸元を握りしめてしまった。
一旦、アレクシリスの専属の護衛騎士をはじめ、使用人を、まとめて近衛騎士団の詰所に連れて行くことになった。
こちらを取り仕切っているのは、ロベルトだ。さすが、元近衛騎士団長だっただけのことはある。手際よく、リストにあった二十人前後の使用人達を数人に分けて順番に連れて行った。
連行されていく誰しもが、不安そうな顔をしていたけど、大人しく指示に従っていた。ただ、従者のフレデリクが俯いて、私と目を合わせようとしないで出ていったのが気になった。
すぐに、私の自室の使用人達が入れ替わりにやってきて、室内をチェックしていく。騎士達も、不信な魔道具や危険物が無いか、特に従者の控え室を念入りに調べていた。
「マリー、大丈夫ですか? やはり、怖がらせてしまいましたか?」
「大丈夫です。お仕事をしている父上や近衛騎士の皆さんが、知らない人の様で少し驚いただけです」
「あらかじめ話しておいても、実際の現場は殺伐としていますからね。抜刀しなくて済んでよかったです」
父上は、私の背中をぽんぽん優しく叩いてくれた。不思議と落ち着きが戻ってきた。
「副団長殿! …… 」
近衛騎士が、父上に耳打ちした。父上の眉間の皺が深くなっている。何があったのだろう。
「マリー、もうしばらく待っていて下さい」
「はい」
私は、点検の済んだソファーに下ろされた。父上の騎士服は、私が握りしめた場所に、きついシワがついてしまった。父上は、笑ってシワを伸ばしながら呼びに来た近衛騎士と行ってしまった。
アレクシリスの居室は、緊張した空気に包まれていている。私は、小さく背筋を震わせた。
「姫様、お一人にしてしまい、申し訳ございません。ご一緒いたしますから、もう大丈夫です」
エルシアが膝元に座り込み、手を握って微笑んでくれた。ホッとして力が抜けた。
父上が、近衛騎士と一緒に向かったのは、おそらくアレクシリスの寝室だ。心配で、私の顔も青ざめているのだろう。
こんな時、前世知識ですっかり大人になったつもりでいても、私の心は、まだ幼くて脆いままなのだと感じた。
アレクシリスの私室は、騎士達に混じって、私の部屋付きの女官と使用人も、あちらこちらを調べまわっている。うちの使用人達、そんな探索まで出来るなんて、スキルが凄すぎない?! 大勢の人が、室内にいるとは思えないほど、静かに淡々と作業が行われていた。
近衛騎士と私の専属護衛騎士が、室内で見つかった不審物を調べている。いくつかの物が、慎重に取手の付いた、大きめの黒い箱に入れられていった。
あれ? 青色のローブを目深に着た男性が、まるでアンテナの様に複雑な棒状の魔道具らしき物を、かざしながらゆっくり歩いている。一人だけ、服装や動きがあきらかに違う。私は、彼が何をしているのか、不思議に思って見ていた。エルシアは、そんな私に気がついて教えてくれた。
「姫様。あれは、魔力を帯びた物が隠されていないか、調べていただいているのです。あの青いローブの方は、『茨の塔』の魔術師殿ですわ」
「『茨の塔』の魔術師ですか?」
私は『茨の塔』の魔術師を初めて見たかもしれない。『茨の塔』、結構恥ずかしい集団名だよね。私は、魔術師の組織名としかまだ学んでない。
「『茨の塔』は、彼等の研究所、詰所や寮の総称です。王宮の右翼側にあるのが竜騎士団、左翼側にあるのが『茨の塔』です。カジェード大陸の魔術師ギルドの総本部でもあるのですよ」
「なぜ、ファルザルク王国の王城内に、魔術師ギルドの総本部があるのですか?」
「ファルザルク王国の王城の歴史と『茨の塔』は、切っても切れない関係なのです。いずれ、姫様も学ばれることでしょう」
「私は、知らない事がたくさんあるのですね。父上に、お話を伺っていても、近衛騎士団が動くのが国王陛下の命令書が必要な、こんなに大掛かりな事だなんて考えも及びませんでした」
「姫様は、御年四歳になられたばかりです。おわかりにならなくて当然です。どうぞ、焦らずお健やかな成長の手助けを、このエルシアにさせて下さいませ …… 」
「ありがとう、エルシア」
近衛騎士団が、第二王子の私室で、殿下付きの使用人達を全て尋問する為に捕縛した。だなんて、いくら国王陛下の命令とは言っても、王宮の王族の居住区で、そんな事が行われていると知られていいはずない。アレクシリスを担ぎ上げたい貴族が、騒ぎだしたりしたらどうなるのだろう。それくらい予想しているのだろうから、私は余計な心配をしないで待っていればいいのかな …… 。
護衛騎士のイトラスが、私の前に膝まずいた。カチャリ、カチャリと鎧の当たる音がする。
護衛騎士は、急所だけを守る略式の鎧を常に身に付けている。例えば、護衛対象を敵から身を呈して守っても、敵を倒す前に死んでしまっては意味がないからだ。護衛騎士が近衛騎士よりも装飾の凝った長いマントなのは、そんな剣呑な空気を優雅さで隠しているからだと思った。
「マリシリスティア姫殿下、室内の探索が完了いたしました。女官や使用人も通常と同じく配置されましたので、自室と同じようにお寛ぎいただけます」
「ご苦労様です。ねえ、イトラス。父上は、どうしているのでしょうか? シィ様は、ご無事なのですか? 寝室の様子を見に行ってはいけませんか? 」
私が、寝室の扉に目を向けると、父上が丁度出てきて、こちらへ向かって来るところだった。
「マリー、こちらへ。エルシアとイトラスも来なさい」
父上は、私をまた抱き上げて、アレクシリスの寝室に歩き出した。さっきよりも眉間のしわを深くしている。
「父上、シィ様に何かあったのですか?」
「シシィは、まだ目覚めていませんが無事です。少々、厄介な相手がいるので、マリーにお手伝いしてもらいたいのです 」
「うえっ?! 私が、ですか?」
「マリーだから、出来ることです」
父上は、固まる私を安心させようと、優しく笑いかけてくれた。
アレクシリスの寝室は、厚いカーテンが引かれて暗くしてあった。
その暗がりに、子供には大きすぎる天涯付きのベッドがある。ベッドの中心に、掛布の小さな盛り上がりがあった。あれが、アレクシリスなのだろう。ただ、あまりに小さく見えて、本当にそこに彼が眠っているのか心配になった。
寝室内には、近衛騎士が一人と、向き合う様に青年が二人いた。青年のうち一人は、見覚えがあった。竜騎士団の契約竜の寮で、私を興味深く見つめていた、白髪金眼のまだ幼さの残る竜族の美少年だ。
もう一人は、濃紺の短髪に上下黒い衣服を着た、細身の青年だ。彼の切れ長の翡翠色の瞳が、静かに怒りを孕んで揺らめいて見えた。ただ立っているだけなのに、まるで隙のない武道家のように殺気を近衛騎士に向けていた。
「杜若そんなに怒るなよ。『精霊の姫君』が怯えちゃうだろう?」
「か、かきちゅばた?」
ショックだ。またしても、舌を噛んで言えなかった。父上、エルシア、また、泣いてもいい? 確か、杜若はアレクシリスと竜騎士の契約を結んだ相手だったはずだ。
私のカミカミを聞いた白髪の少年は、ゲラゲラ笑い、杜若と呼ばれた青年は、ガックリと疲れたように肩を落としていた。そして、白髪の美少年は私に挨拶した。
「はじめまして、『精霊の姫君』。僕の名は藍白=バルシャ。こっちは、杜若=バルシャだよ。どうぞ、よろしくね」
「はじめまして、マリシリスティア=サンドラ=ファルザルクです。藍白様は『囁きの森』でお見かけいたしました。お二人は竜族なのですね」
「へえ、覚えていてくれたのだ。『精霊の姫君』は、小さいのに賢いね」
白髪にほんのり青く輝く長髪を、緩く結んだ美少年のキラキラ笑顔が眩しくて、なんか照れた。いや、いや、いや、それよりも、何よりも気になった事を聞かなくちゃ。
『精霊の姫君』って何ですか?!
お読みいただき、ありがとうございます。