侍女視点:私のお嬢様
攫われたお嬢様がお戻りになったのは夜でした。
どのようなことをしていいのかわからず、私はお嬢様がいないまま、いつものように働き、お嬢様がいつ戻られてもいいように待機していました。
いつもなら眠られている時間にもかかわらず、空のままのお嬢様のベッドを見ていると悔しさで涙がこみ上げてきます。
お嬢様付きの侍女であることは私の存在がこの家で受け入れられた証拠でした。
私はこの屋敷で働くどの使用人よりも卑しい身の上で、読み書きができるどころか、出自が怪しいどころではありません。孤児院出身の孤児であっても、どこから来たのか言えますし、孤児院の名前やそこで受けた教養や訓練があります。
しかし、私にはそういったものすらもありません。私が気付いた時には路上で暮らしていて、盗みを犯罪と思わずに食べ物を手に入れる手段としてやっていた過去を持っています。
運良くハルスタッド一族の少年の貧しい子どもたちへのパン配りに出会い、彼に付いていけば食うに困らないだろうと付きまとった結果、この館で働くことを許されたのです。
使用人の仕事をおぼえていくうちに、歳の近いお嬢様の侍女として話し相手になることを許されて6年。この6年は自分がこの館の厄介者ではなく、使用人だと認められたいう思いで幸せでした。
ですから、お嬢様が一族の棟で暮らすことになるか、嫁いでこの棟を出るまではお嬢様の侍女であろうと考えていたのです。
私の存在意義だったお嬢様。
そのお嬢様は金目当てで狙われる存在だったそうです。
私なら、お嬢様をそんなふうには見ないのに、どうしてそんなふうに見ることができる人がいたのでしょうか?
また、私を拾ってきてしまった責任からエメルが時々、様子を見に来てくれますが、お嬢様はご家族から無視されているような存在でした。
オスカー様はご両親と話されておられるのに、お嬢様とはご家族は話す機会をもうけません。
オスカー様が体調を崩されればご両親が見舞いに来られても、お嬢様が体調を崩されてもご両親が見舞いに来られません。
そんなお嬢様を何故、お金目的で攫おうとできたのでしょうか?
お嬢様がハルスタッド一族の男たちに運び込まれてきて、ようやく自分を取り戻せました。
眠っておられるお嬢様の世話をしたいのですが、オスカー様が邪魔です。
鬼気迫る顔でオスカー様が「自分が面倒を見る」とおっしゃられるので、お嬢様の眠りを妨げないように服を着替えだけはさせて頂きました。
お嬢様がウォルト様と出かけられた日はオスカー様の帰宅時間より早かったおかげで、邪魔に思うことはありませんでした。
代わりに、オスカー様に眠っているお嬢様を任せることのほうに妙な危機感を持ってしまいました。親しくしないくせに影になっている部分からお嬢様を食い入るように見ている。そこまで興味だけはお持ちのオスカー様。ご兄妹でなければ絶対に二人きりにしたくないと思いました。
お嬢様をオスカー様に任せて部屋を出ると、廊下には浮かない顔をしたエメルがいました。
「大丈夫か、キャット」
彼はお嬢様の救出で館に戻って来て、待っていてくれたのかもしれません。
「ええ、大丈夫です? お嬢様はご無事だったんでしょうか?」
ドレスに皺や汚れはありましたが、それ以外は何も変わったところはないようでした。
ですが、何があったのかはわかりません。
以前、求婚されてこられた方がお越しになった時は、ジェニングスさんに渡されるまでお嬢様の意識はあったようです。今回も保護されるまで意識があったのか、なかったのか。あったなら、ショックを受けるようなことはなかったのか気になります。
「ああ。すぐに取り返したから、無事だ。そこまでヘマはしない」
エメルは沈んだ声で答えてくれました。
彼もまた今回のことで、お嬢様が攫われてしまったことに衝撃を受けているようです。
お嬢様の無事を聞き、私は安心しました。幼くても、あの方は色香を漂わせておられます。私が路上で暮らしていた頃、お嬢様のような子どもは大人たちから真っ先に狙われる存在でした。攫われるのも、暴力に晒されるのも、見目の良い子どもにとっては地獄でした。
「それならいいのですが・・・。でも、このままではお嬢様が可哀想すぎます。旦那様も奥様もお嬢様のところにどうして来られないのでしょうか?」
「色々あるんだ。色々」
エメルは私の肩を抱いて、隣の空き部屋の中に入らせました。
お嬢様の部屋だけ旦那様たちの部屋から離れたところにあります。旦那様たちの部屋以外の部屋はこの部屋のように空き室で、掃除はされていても、家具はベッドと鏡台くらいしかありません。
部屋の中は他の空き部屋同様、カーテンが引かれていて真っ暗です。
エメルは私を腕の中に囲い、額と額を触れ合わせました。
「大丈夫か、キャット? 無理していないか? 辛いなら、いつでも一族の棟に籠もったっていいんだぞ」
全部投げ出してしまったっていいとエメルは暗に示唆します。
学生時代のエメルは義務感で私の様子を見に来ていました。ですが、学校を出たあとのエメルは、仕事のついでに私に様子を尋ねに来るようになりました。
そしてここ一、二年、一族の棟に住もう=嫁に来いと言うようになりました。悪い人じゃないんですが、ちょっと対応に困ります。
「無理なんかしていません。お嬢様が帰ってきてくださったもの。辛くなんかありません」
「いつもいつもお前はお嬢様第一主義だな」
不貞腐れたようにエメルが言います。
エメルが不貞腐れようが何だろうが、私はお嬢様第一主義です。
「お嬢様がこの棟で過ごされる限り、私はここにいます」
「わかったよ。その代わり、もう少しこうしていてもいいか?」
「はい・・・」
いくら最近、オスカー様がお嬢様と向き合うようになったからといって、物心つく前のお嬢様の傍に付けられた私が離れてしまえば、お嬢様はこの棟で一人ぼっちになってしまわれるかもしれません。
お嬢様がこの棟を出て、誰かが共にいてくれるようになるまではお嬢様付きの侍女としてお傍にいてさしあげなくては。
それに、お嬢様の血縁であるエメルがどんなに望んでくれても、身分差があります。
私はどこの誰ともわからぬ素性を持ち、幼い頃は盗みを生業にしていました。
何も持たないどころか、誇れないものしかない私は彼の気持ちに応えるわけにはいきません。
ですが、お嬢様がお一人にならないのを見届けたあとでもエメルが望んでくれるのなら、私はその手を取りたい。
私は、エメルの傍にいたい。
私にとって、この二人のハルスタッドの傍にいることがすべてだから。




