5. 金繕
5. 金繕 さあさあおいで、ベルを結んであげるから
カウベルをつけ損ねていた相手が、みずから首を差し出してきた。
クリスマス前にソープ・ディッシュを買っていったおねーさん、アスリちゃんが見るからに困った顔をしてドアを入ってきたとき、俺は内心のにんまりが表に出ないよう念入りに装った。
「いらっしゃいませー」
「こんにちは」
じっ、と窺うような視線だ。話しかけるか迷ってるな。ソープ・ディッシュを買ってから、バスルームで人の声がするようになったんです……って相談とか?
アスリちゃんはうろうろうろうろと店内を歩き回り、首をかしげ、ディスプレイを覗き込み、迷える子羊……いや子牛と化している。
さあさあおいで、アスリちゃん。ベルを結んであげるから。
「あのう」
待つことしばし。アスリちゃんはようやく意を決したように、つかつかとやって来た。俺は急がず慌てず、はい? なんて気さくな笑顔を作ってみせる。
「きれいに修繕された陶磁器があるって聞いたんですけど、どれですか?」
ふうん、聞いてきたと。誰に? ばあちゃんなら現物を見せながら話すはずだから、消去法でソープ・ディッシュか。ってことは、ばあちゃんの予言どおり、アンティークの精霊とおねーさんは何とかうまくやってるってわけだ。
そりゃ、ちょいとつまんない展開。
「修繕された陶磁器っすか……」
「……売れちゃいました?」
考え込むような素振りをしてみせると、腹の減った子犬がすがるような視線が返ってきた。いいね。お願い、と言わせ甲斐のあるタイプだ。
「いや、あれのことかな……」
「あるんですか?」
じらしてみる。アスリちゃん、ぐっと顔を近づけてくる。ますますいい。
「でもさっき見たのに素通りしてたから、違うのかなーと」
さりげなく動向を見守ってたことをアピール。
「えっ、どれですか? お願いします、見せてください」
そわそわすりすりと両手のひらをすり合わせた格好で拝まれた。ようし、お願いと言ったな。いい子にはごほうびあげなきゃね。
商品のあいだを縫って案内し、それを示す。大きなアスリちゃんの瞳が一段と見開かれた。
「ええっ? これのどこが……」
「ここらへん全部っすよ。金繕いって技法っすね」
江戸時代の、二彩唐津の鉢。割れてるのをばあちゃんが骨董市で仕入れてきて、知り合いの工房に修繕させたやつだ。
ま、そんなこたどうでもいい。アスリちゃんにとってはどうやら、修繕されてるってとこがポイントらしいからな。
「これ、こういう模様なんじゃないんですか?」
鉢はホールのケーキから一人分を切り分けたみたいに割れていた。漆で破片を継ぎ、足りない部分は埋め、金粉を蒔く。さらに金地の上へ模様を描いてあって、まるで最初から豪華な金蒔絵が施されていたかのようだ。
「金繕いする前のを見てるから、間違いないっす」
「へえ……割れてたなんて信じられない」
鼻がその金繕いに付きそうなくらいしげしげと眺めるアスリちゃん、その腕に通された紙袋の中身がちらりと見えた。
ありゃ陶器の破片か? 柄からするとヨーロッパ製、花瓶かなんか。ふうん、割っちまったんだな。それで繕いもんの陶磁器なんぞを見に来たと、そういうわけか。
「焼きもんは、ソゲとかニュウとか……欠けたりひびが入ったりしたら、それでおしまいってわけじゃないんすよ。日本の場合は特に」
「そうなんですか?」
振り返ったアスリちゃんの目には、はっきりと教えてくださいと書いてある。まあま、急ぎなさんな。
「この鉢なんか、金繕いしてあるほうが味があるとまで俺は思いますね」
さあて、ここらでティソ懐中時計の、覚えても仕方ないのに覚えちまった知識開陳コーナーといきますか。
「益田鈍翁ってのがいて、三井物産の設立者で古美術のコレクターなんすけど、稀代の数寄者なんて言われてるんすよ」
そこで二彩唐津の鉢を示す。
「これは共継ぎっつって、欠けたとこをそいつ自身の破片で継いである。そうじゃなくて、似たようなまったく別の破片を持ってきて継ぐのを、呼び継ぎっていうんです」
おお、いいね。アスリちゃんの瞳に尊敬の色が加わり始めた。
「その益田鈍翁は『東海道』って銘の茶碗を作らせたんすよ。東海道といえば五十三次っしょ? その茶碗は『次』と『継』をひっかけて、五十三もありそうな大量の陶片を呼び継ぎして、一個の茶碗に仕立ててあるんすよ」
「えーっ、すごい! おもしろいですね」
「数寄者っつうのは茶道をやる人っすけど、風流なヤツって意味もあって……つまりその風流なヤツが、わざわざ割れまくった茶碗を作ったわけ。玉にキズ、ってのは違うんすよ。キズがアートにもなっちまう国なんすよ、日本ってのは」
アスリちゃんはすっかり感激してくれちゃったらしい。金繕いの二彩唐津が欲しくなったのか、値段を見て唸ったりしている。
「金繕いとまでいかなくても、陶器を継ぐってのはちょいとコツがあるんすよ?」
どっきりさせてやった。
「ど、どんな?」
「破片に接着剤をつけてから継ぐんじゃなくて、継いで押さえ込んでから、接着剤を継ぎ目に埋めていくとか」
「そうなんですか!」
メモしはじめそうな、熱心な勢いでうなずいている。いい生徒になりそうだ。ベッドでもこの調子か、ぜひ確かめてみたいね。
「大事なもんなんじゃないっすか? 知り合いの工房に安く直してもらいますよ、それ」
と言って紙袋を指差す。アスリちゃんはぽかーんと口を開いた。エスパーを見る目だ。
「あれ、違いました?」
などと、わざとトボけてみせる。
「いえ、違いません! でも、どうして分かったのかと思って」
「ここだけの話、テレパシーっす」
お、半分信じてるっぽい。素直なおねーさんをからかうのは楽しいもんだ。
「ですけど、あの……おいくらくらい、かかるんでしょう?」
「そうっすね……」
よっしゃきたあ、と頭の中で叫ぶが、外面はあくまでも紳士的に金繕いすることは忘れやしないさ。
「一杯おごってもらえたら、それでいいっすよ」
「え……?」
ずっと静かだったジーンズのポケットから、小さなため息が聞こえた。




