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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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我が道を往く者、その18~野望に殉じる者⑤~

 猿丸の手には長物。抜くにしては長すぎる、猿丸の身の丈ほどもある長刀が手にあった。近習の持ち物としては別段おかしくもないし、飾りと威武を示すためには誰もが使うものである。猿丸は座して鞘をとんと床に立てると、一礼して口上を述べ始めた。


「ここに集まられた方々に、少々芸をお見せ申す。拙者は猿丸と申す近習にござる。元々下賤の身なれど、一芸あり申して白楽様に取り立てていただきました。その舞いを次の膳が出るまでの無聊を慰めるために、披露させていただきたいと存じます」


 猿丸の口上が終わると、べん、と一つ三線の音が鳴り、犬衛の手により灯りが半分まで落ちた。仄暗い部屋に映し出された猿丸が、雉子の唄と三線に合わせて舞を始める。唄は妖しく切なく、舞は美しく力強く。先ほどまでの芸伎たちの踊りとは別に、その場にいた者たちを魅了した。

 大名が口々に感想を漏らしている。


「これは能楽とでも申しましょうかな。踊りは女の専売特許と思っていましたが、男の身でありながら美しゅうござるな」

「左様。同時に力強くもありながら儚のうござる。よもや白楽殿はそちらの趣味か」

「まだ言うか、奥院の」

「いやはや、某下世話な話は大好きでござってな。ただこの者、舞ができるだけで近習にまで出世するかな」

「またそういうことを言う」

「真面目な話にござるよ」


 そのように舞を楽しみながら会話する者もいたが、多くはこの猿丸の舞に見とれていたのである。そうして四半刻も彼らを惹き付けたであろうか。猿丸は汗だくになりながら舞を終了していた。自然、周囲からは拍手喝采が起きた。大名たちに許された各々二人までの護衛も任務を忘れ、手を叩いていた。白楽もまた大杯片手に、拍手を送っていた。犬衛と雉子は目を瞑り、深々と項垂れる。

 猿丸は正座して深々と一礼をし、目を閉じたまま挨拶をしていた。その様子を見てぴくりと反応したのは、奥院治親ただ一人である。


「方々、お楽しみいただけたようで何より。不肖猿丸め、お許しいただけるならばもう一つ舞を披露し申す」

「応、よかろう。舞を許す」


 酒のこともあり、気の大きくなった大名たちはやんややんやと盛り立てた。猿丸の目が片方だけ開く。


「では遠慮なく。ただ、ここからは方々にも舞をお願いしとうござる。私一人では舞うこと適わぬゆえ」

「ほう、それはいかような舞――」

「御免」


 猿丸のその一言と同時に、芸伎と犬衛によって会場の灯りが一斉に落ちた。同時に光ったのは、猿丸の長刀一閃。左膝だけを立て、刀の鞘を上に向け普通では抜けぬ長刀を抜き放つ居合。

 猿丸の一閃と共に、大名がたしかに舞った。ただし、その首だけが。奥院治親だけが刀の届く範囲にいて、唯一命をとりとめることに成功した。彼は猿丸の一閃よりも早く宙に飛んだのだ。彼だけは護衛も付けずにこの宴会に来ていたが、そうするだけの力量と胆力が彼にはあった。大名となって十数年、伊達に鬼との戦を凌いできたのではない。彼自身、戦場にて数多の鬼と渡り合った強者だった。

 だが宙に飛んだ奥院は、空中で何かしらに引っかかった。それは網かと思ったが、彼ははっとして雉子の方を思わず見、視線が交錯した。暗闇にうっすらと、雉子がいつの間にか三線の弦を外していたことに気付いたのだ。そうして奥院が宙にいる刹那に、猿丸の二閃目が光った。驚くべきことに、彼は正座から片膝を立てた状態で予備動作なく宙を舞い、身を捻って反対にいた大名たちの首を刎ねていた。

 猿丸が元の姿勢に着地すると同時に、大名たちの首から血しぶきが飛んだ。浄儀白楽の持つ大杯にも血が飛び散り、彼は顔をしかめていた。

 雉子の鉄線に搦めとられた奥院治親が吠える。


「浄儀白楽、貴様正気か! 今更このようなことをして何になる!? 大陸の絶対者にでもなるつもりか! あるいは――」

「それこそ貴殿には関係のないことだ、奥院殿。惜しかった、貴殿とはもう少し早く知り合えておれば、あるいは協力を申し出ることもあったかもしれぬ。猿丸の一撃を躱すとは見事なり。俺は猿丸の武勇という一芸を見込んで近習にしたのだからな。だが今宵、例外はないと知れ」

「だとさ、奥院どの。私を所望いただけたのはお目が高い、と言いたいが。何せここいる芸伎たちは私の持ち物でね。私がこの者たちの頭領なんだよ。命令さえなかったら、あんたのその突き出た腹に詰まった野望や武勇伝でも寝物語に聞く機会もあったかもね。残念だよ、私が集めた物語に加えてあげられたのに」

「浄儀白――」


 奥院治親が何事かを言い終わらぬうちに、雉子の手が鉄線を引いて彼の体をねじ切っていた。周囲では猿丸と犬衛が残りの大名たちと護衛の掃討を始めている。彼らは刀を予め預けてあったが、懐刀まで取り上げられたわけではない。懐刀さえあれば、鬼の数体と渡り合えるだけの力量を備えた者も多くいた。

 だが突如訪れた暗闇に視界を奪われた彼らと、目を慣らしていた猿丸、犬衛の両名では比べるべくもなかった。まるで紙人形を切り倒すがごとく、両名は残敵を相当する。仮にここが明るかったとしても、同じような結末になっただろう。暗闇は、念を押しての仕掛けに過ぎない。諸大名が自信をもって傍に置いていたはずの護衛は、まともに戦うことはおろか、悲鳴を上げる間もなく撫で斬りにされていった。

 また外に出ようとした者たちは、もれなく芸伎や下人によって仕留められた。この宴会には、ただの芸伎など一人もいはしない。彼らは全て、訓練された忍び。浄儀白楽が用いる、本当の精鋭だった。

 一通りの掃討が終わり再び灯りがともると、浄儀白楽は何事もなかったかのように、肘掛けにもたれて大杯を手にしたまま座っていた。その杯には血が飛び散り、酒の海に一筋の河を作ったが、浄儀白楽はそれを確認すると、一息に酒を飲みほしていた。



続く

次回投稿は、11/24(月)21:00です。

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