我が道を往く者、その17~野望に殉じる者④~
「猿丸、お前もやるか?」
「いえ、私は下戸ですので」
「そうか。料理くらいはどうだ?」
「いえ、それも後ほど」
「後ほど食える料理があればよいがな」
浄儀白楽が笑い、目線で芸伎の一人を呼び寄せた。その女に何か耳打ちすると、彼女は笑顔で席を外し、どこぞにそそくさと引っ込んでいった。その様子を大名の一人が見て、浄儀白楽に声をかけた。
「いやぁ、浄儀殿も隅に置けぬ。これほど見目麗しいの芸伎を揃えておいでとは」
「金にあかせて呼んだ連中でござるよ。俺の持ち物ではござらん」
「それでも羨ましいことに変わりはござらん。どうですか、今宵一人ほど」
大名が引き寄せる仕草をしたので、浄儀白楽は苦笑して大杯をあおった。
「止め立てする理由もござらん。好きにしたらよろしかろう」
「ふほほ、さすが鬼を討伐した御仁は気前も良いことで。では、あの女子をよろしゅうござるか?」
その大名が指し示したのは、三線を引く一人の女郎。名を雉子と言う。白楽は一瞬だけ眉を顰めたが、その大名に悟られぬうちに頷いていた。
「言った通り、好きにしたらようござる。だが、少々あの女は情が強いが」
「なんのなんの、その方が屈服させ甲斐もあろうというもの。我々の権力に逆らえる下々の者などおりますまいて。ただその、浄儀殿の情婦でしたら遠慮もしましょうがな」
とことん下衆な男だ、と浄儀白楽は内心で思いながら、その心情をおくびにも出すことなく酒を再度注いでいた。無表情で白楽は返す。呆れて何の感情も浮かべるべくもなかったのかもしれないが。
「俺に情婦などおり申さん」
「またまたご謙遜を。最近金髪碧眼の異国の娘を愛妾として囲っておられると聞きましたぞ? 奥方の紫苑殿は美しい方と聞き及びますが、長らく病に臥せっておられる様子。対して白楽殿は鬼を討伐してますますご健勝であられる。英雄色を好むと言いますからな、愛妾の一人や二人は甲斐性の内と言うことで」
そのやり取りを聞いていた者たちが凍り付いた。浄儀白楽の愛妾――つまりブラディマリアのことだが、妖魅の類としてここにいる多くの者が考えていた。だが暗黙の了解としてそれは口にせぬと心に決めていたのに、この大名は酒の勢いか、それとも浄儀白楽の功績に対する嫉妬か、どちらにしても阿呆としか考えられぬことを口にしたのだ。
加えて、浄儀白楽の正妻である紫苑の君のことはさらに禁句。以前浄儀白楽に取り入ろうとした大名が、紫苑の君のことを話題に持ち出しただけで非常な不興を買い、討魔協会の援助を打ち切られた上に鬼に滅ぼされたことがある。紫苑の君のことを浄儀白楽が大切にしているとも思えずむしろ逆の扱いをしているようだが、どのような扱いをすればよいか誰もわからず、話題にのぼらせることすら憚られるのがこれまた大名たちの間では約束事だったのだが。この大名はあっさりと二つとも破っていた。
幸いにてこのやり取りが聞こえたのは周囲の数名だけであったが、浄儀白楽がどう出るかとせっかいの酔いが醒めるほど肝を冷やしながら成り行きを見守っている中、そのような間合いにすっと入ってきたのは料理を運ぶ小者であった。
「新しい料理でございます。東の果てで取れる魚に、鬼の領土であった宝来山の頂上に生える薬草を用いた膳になります。珍味と長寿を兼ねた逸品になりますが、皆様いかがでございましょうか」
「あ、ああ。いただこうか」
「・・・ふむ、せっかくの料理が冷めるか。先にいただくとしよう」
一瞬緊張が走るかと思われたその場は、小者の出現によって遮られた。浄儀白楽がそっと小者に声をかける。
「絶妙の間だった、犬衛」
「なんのなんの。御屋形様もまだお若うございますな」
「うむ、危うく挑発に乗りそうになった。あの男、思ったより食わせ者だ。何者ぞ?」
犬衛がちらりと先ほどの男の様子を盗み見る。酔っていかにも品のなさそうな態度だが、裃の下から見えるその肉体は、酒で脂ぎったものではない。
「東北の鬼達、『丑寅の一族』と領土を接していた大名、奥院治親殿でございますよ。丑寅の一族は相当な手練れ揃いで好戦的。領土内での戦闘も多々経験しておりましょうから、見た目よりも戦、駆け引き上手でございましょう。本日お集まりの中では最も扱いにくい御方でいらっしゃるかと」
「そうかもしれんな。犬衛、予定を繰り上げるぞ。次の料理の前に猿丸に舞わせる。芸伎の一人には準備をするように言っておいたから、すぐにでも準備は整うだろう」
「では今の膳を下げさせましょう。少々料理を出し過ぎてしまいましたな。多数の珍味に膳部が張り切ってしまいましてな。このままでは見苦しい結末になりそうです」
「余った料理は下人共で分けておけ。確かに捨ておくには惜しい料理ばかりよ。俺もつい、腹いっぱい食べそうになるわ」
浄儀白楽は初老に差し掛かった犬衛のくだけた物言いにふっと笑うと、手で犬衛を追いやった。そうして待つこと四半刻にもならぬうち、料理は片付き、中央が開けられそこに座が設けられた。何が始まるのかと大名たちがうかがっていると、白楽の傍で控えていた猿丸がすっとその場に進み出たのだ。ただの近習かと思われていた猿丸の行動に、一同の注目が集まった。
続く
次回投稿は、11/22(土)21:00です。




