暗い森の戦い、その12~帰還する者②~
「見れば見るほどアルフィリースに似ていますね。髪色を染めれば、そのものに見えるでしょう」
「見目だけはな。だが不思議なことに、この髪の色はどんな染料を使っても染められんのだ。特に黒はだめだった。姿を人間へ変えこそしたが、元の体毛の色は譲らんという。本能と意地のようなものだろうな。
そして魂の形はアルフィリースとはまるで違う。このブランシェは姿こそ人間だが、中身はあの森で拾った魔獣のままだ。俺には懐いているが、その他すべてには気を許すことがない。いや、俺にも復讐のために役立つからこそ懐いてはいるが、俺が復讐のために益にならぬと判断したら離れていくだろうな。これは復讐のためだけに動く存在だ。アルフィリースのように自由闊達な魂ではなく、復讐という呪いに閉じ込められたなんとも息苦しい生き方よ」
「まるで知っているかのような口ぶりだ。ライフレス、貴方にも経験が?」
「馬鹿な、俺にそのようなものは――いや?」
ライフレスには珍しく、一つ考え込むような仕草をした。
「俺にも――そう、俺にもそのような生き方をしたような経験はあるような気がするな。だが一体誰のために・・・? ドルトムント、貴様は何か思い当る節があるか?」
「・・・いえ、私にはさっぱり」
いつもと違い、ドルトムントのすっきりとしない答えにライフレスは不信感を抱いたが、追及することはしなかった。ドルトムントが自分のためにならないことは、一言たりとも口にしないからだ。何か隠しているとしても、それは自分のためであることをライフレスは知っている。だから、あえて問い詰めないのがドルトムントに対する主の務めであると考えた。
だがドルトムントの態度がおかしいことは、ティタニアにもわかったのか。彼女もまたドルトムントの気配が一瞬憂いを帯びた気がして、質問を間違えたと察したのだった。
ライフレスが静かに答える。
「――そうか。そうだな、俺ともあろうものが、誰かの復讐に動くはずなどないか。所詮この世のものは、王たる俺の消耗品なのだから」
「はい、おっしゃる通りです」
それを最後に、ライフレスもドルトムントも何も言葉を発さなかった。ティタニアも同様である。ただ一人、エルリッチだけが以前ドルトムントから話を聞いて、事情をなんとなく察していた。
「(なんのために、ではなく、誰のために、と言ったか。やはり心に引っ掛かる何かはあるのだろうな。それを思い出せぬとは悲しいことよ。だが私にも――いや、私の場合は自業自得ですらない。人である時に、もっと考えて行動に移せばよかったのだ。今度は間違うまいとしたが、一体どうなることか。
それにしても、テトラスティンめ。何を考えている? まさか本気でアノーマリーの心配をしているわけではあるまい)」
エルリッチは一人森に残ったテトラスティンとリシーのことを考え、もはや遥か後方へと消え去っていくラムフォート森林地帯の方角を見るのだった。
***
「エレオノール、ニックス。いるか」
「は、ここに」
ライフレス達が去った森の中で、テトラスティンは背後に控えていた魔術士を呼び出した。この森での戦闘が終われば、一度顔を出す様に命令したおいた腹心の部下だ。今はミリアザールに預けてあるが、呼び出すことそのものはいつでも可能。今回の戦いに際して、久しぶりに連絡が取れるだろうと呼び出しておいたのだ。
テトラスティンは、黒の魔術士たちの欠点として、広域かつ優秀なセンサー能力を保持している存在がいないことが一つあげられると考えられた。だからこそ、先ほどの戦いの最中にエレオノールとニックスがひそかに様子を伺っていてすら、気づかれることがなかった。
この二人はテトラスティンが育成した、腹心中の腹心である。物心つく以前より魔術を仕込み、その考え方まで洗脳に近い様相を施した。頭は切れるが、常にその思考はテトラスティンの命令をいかに実行するかに絞られている。およそ普通の人間とはほど遠いだろうが、元々魔術士とはそのような人並みの感情を抱かぬ者も多いので、テトラスティンはさほど気にしていなかった。生来魔術士としても素養を示したこの二人は、自分でなければ別の誰かに引き取られてその能力を発揮していただろうから、違いは洗脳する主が変わるということだけだった。
必要とあれば魔術協会を躊躇なく火の海にするこの腹心に向けて、問いかけた。
「ミリアザールの部下とは上手くやっているか?」
「任務の上では滞りなく。あちらも優秀です。各所にある黒の魔術士の拠点を暴き、それを全て監視しています。仕掛けるだけなら、いつでも可能でしょう」
「それは、魔術協会側には伝えているのか?」
「いえ、まだです。我々も何も話していませんし、アルネリアも今の段階では何も伝える気はないようです」
「そうか。お前たちはどう見る?」
二人はしばし考え、女魔術士であるエレオノールが答えた。長く伸ばした黒髪を一つくくり、さも生真面目な表情をするこの部下は、もう少し造り笑顔が得意なら仕事の幅も広がっただろうにとテトラスティンは思うのだ。折角、見れた造形をしているのに惜しいものだと、テトラスティンは苦笑いしたことが何度もある。
今日も、エレオノールの表情は人形のように動かなかった。
「私の考えでは、仕掛ける直前にアルネリアは知らせるであろうと考えています。魔術協会に主導権を握られないため、準備する時間は与えないでしょう」
「この期に及んでも、アルネリアが勢力争いをすると?」
「そのような考え方もあるということです」
「私もエレオノールの考えは一理あると思いますが、少し違う見方をしています」
「ほう。申せ」
ニックスが進んで意見を発した。いつもこのニックスは年長でもあるエレオノールに先に発言させる。まだあどけなさの残る少年のようなニックスは、魔術士にあるまじきほど輝いた目をしている。普通魔術士の目というものは、不規則な生活や暗い欲望などでもう少し荒んでいたりするものだが、このニックスは違っていた。魔術士のローブさえ脱いでしまえば、市井の好青年として通用するであろう。
一歩引いているその態度は殊勝なゆえかとテトラスティンも最初は考えていたのだが、最近になって少し違うこと気付き始めた。
続く
次回投稿は、9/27(土)8:00です。




