戦争と平和、その417~統一武術大会ベスト16、ロッハvsセイト⑦~
「(何っ?)」
ロッハの想定と違い、セイトは遠当てで地面を狙った。空中で放つ遠当てがどうなるか、そんなことは誰も試したことがなかったしセイトもそれは同じだったが、結果としてセイトの蹴りは宙を蹴った。
空気を蹴るというにはおこがましいほどの、ほんのわずかな軌道修正。ロッハの一撃が致命傷となるのをわずかに外れる程度の軌道修正だったが、本当の意味で衝撃を与えたのはロッハの精神にである。
一瞬の驚きがロッハの攻撃の勢いを削ぎ、わずかに緩んだ筋肉のせいでバランスが崩れた。既にねじりを伴って繰り出そうとした攻撃に、さきほどセイトの蹴りを食らった腹がずきりと傷んだ。
「(なぜ痛みが――?)」
技の成否そのものには影響のない痛みだったが、わずかな違和感が攻撃の軌道を逸らす。そしてセイトの体をかすめた一撃は、威力のあまりセイトの体を巻き込んで回転をつけさせた。
セイトの意志と反して巻き取られる体。その反動で出た蹴りが、ロッハの側頭部を直撃した。
「なっ――」
「がっ!?」
双方驚きを隠せない一撃。意識の外からの一撃かつ、ロッハの渾身の一撃の威力をそのまま返したような一撃は、巨体と化したロッハの体すら競技場の端に吹き飛ばした。
ロッハがすんでのところでとどまったが、その目にさらなるセイトの追撃が映る。着地の勢いそのままに、セイトがさらなる遠当てを繰り出すところだったのだ。
「これで最後だ!」
「そんなものが効くか、小僧!」
セイトの体はまだロッハの攻撃の影響で遠心力がついていた。セイト自身が回転する体を制御できるわけではなく、まるで独楽のように回りながら一撃を放つことになった。せめて可能な限り踏ん張ろうとして、偶然にもセイトは新しい感覚を得た。
「(なんだ、地面が――)」
セイトの軸足となった左脚に、まるで地面からせりあがってくるような力が伝わる。それは左脚から骨盤へ――そして脚を差し出すままに右足へと伝わったのだ。
新しい感覚が何のかはわからないが、セイトは勢いそのままに一撃を繰り出す。それがどのような結果をもたらそうと、それしかできないのだから。
「ウォオオオオ!」
蹴りを放ったセイトの目の前の空気が歪んだ。まるで壁を蹴り壊した時のような轟音を共に、今までにない遠当てが発動したことをセイトは感じた。
「速――」
空間が捻じ曲がるかと錯覚するような空気の歪みが、高速で飛来した。ロッハも予想外の一撃に、思わず防御せざるを得なかった。だが受けた一撃は今まで受けたどんな仲間の一撃よりも強力で。
「(馬鹿な、これはドライアン王の――?)」
ロッハがその一撃の重みを思い出す頃、押し切られた体が場外に出ていた。一瞬の交錯に呆気にとられた観客たちだったが、審判であるブランディオは冷静に段上に戻ってセイトの手を掲げて宣言した。
「勝者、イェーガーのセイト!」
「うぉおおおお!」
遅れて湧き上がる観衆の歓声と、呆気にとられる勝者と敗者。敗者だけでなく勝者も同じような表情をしているのがなんとも奇妙な光景だったが、ブランディオに促されてセイトが我に返り、観衆の声援に応えていた。
「(先ほどの攻撃はなんだったのだろうか――まるで地面を足が捕まえて力を吸い取ったような感触があった。自らだけが使うのではなく、さらに大きな存在に上乗せされたような――今の一撃はなんだったのだ?)」
セイトがそんな疑問を抱くのも無理はない。ロッハとて先ほどの一撃は未知数だったのだ。遠当てを使う戦士と戦ったことがないわけではない。その中にはセイトよりも数段上の使い手もいた。ましてロッハはドライアンやゴーラとも手合せの経験がある。セイトが予想外の力を発揮しようとも、彼らとの手合せ以上に驚くことなどないはずである。
なのに――
「負けた・・・俺が負けた?」
狭い競技場の上でロッハの本領を発揮することは難しいが、それでも負けたことに違いはない。本来使うはずのなかった能力まで持ち出したのに、それでも負けたのだ。
呆然自失となるロッハの傍に、ブランディオがそっと寄っていく。
「油断したな、あんさん」
「・・・元はと言えば、貴様が余計な声をかけなければ」
「ワイのせいかいな。せやけど、どこかで油断あったんと違う? 平隊員なんかに、獣将で古株の俺が負けるわけがないって」
「なぜ古株かどうかまで知っている? 貴様、先ほどの話もそうだ。何を知っている?」
「知りたければ今日の夜、白い月が中天に差し掛かる頃に深緑宮の前で待っとるわ。ワイの知っとることを教えたる」
ブランディオがひらひらと手を振りながら去っていく。その後ろ姿を苦い顔で見送りながら、ロッハは会場を後にした。
そしてドライアンもまた、ミューゼの隣で大きく息を吐いていた。
「あの阿保め、最後の理性は残っていたか」
「グルーザルドの将軍とは恐ろしきものですね、ドライアン王よ。ロッハ将軍に人間の武器が役に立つとは思いません」
「強さ、というものは種族だけでなく、状況に応じて変化することは殿下もご存じでしょう。我々が人間よりも圧倒的に優勢なら、こんな場など持たずに人間を制圧するように俺以前の為政者が仕向けたでしょうな」
「あら、人間の方が獣人よりも強いと?」
「時と場合によっては。現に大会に参加した獣人も残りはあのセイトのみだ。もっとも――」
爪の使用を解禁していれば、その限りではなかったろうとドライアンは思う。ロッハはぎりぎりで爪を牙を使うことをためらった。もしロッハがそこまで我を忘れていれば、この会場には比喩ではなく、血の雨が降っていたであろう。
本当にそうなっていれば、ドライアン自身がロッハを始末する羽目になっただろうが。だからドライアンは大きく安堵のため息をついたのだ。同時に、勝者であるセイトに対し、ドライアンは複雑な感情と思考を抱かざるをえなかった。
続く
次回投稿は、10/11(金)22:00です。




