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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
1879/2685

戦争と平和、その416~統一武術大会ベスト16、ロッハvsセイト⑥~

「グルォォォォォオ!」

「ひいっ!」


 観客の一部が腰を抜かし、中には泡を吹いて倒れる者もいた。観客席は魔術などで防壁が張られていても、「恐怖」を防ぐ魔術はない。観客をどよめかせるような威嚇に、本部がざわつく。

 ミランダ不在の中、代理人である大司教マナディルが叫ぶ。


「審判! 試合を止めろ!」

「はぁ? なんでですの?」

「危険極まりない! それは『本物の』獣人だ!」

「これのこと、やっぱり大司教サマは知ってるんでっか。これ、なんですか?」

「それは――」


 マナディルは口ごもる。それはアルネリアの一部の人間だけが知る機密なのだと、ブランディオは理解した。機密そのものを大声で叫ぶわけにもいくまい。

 だが動こうともしないブランディオに対し、大司教マナディルが叫ぶ。


「お前の知ったことではない! とにかく試合を止めろ!」

「そんなこと言われましても、諸侯は納得しないでっしゃろ。そもそも興奮状態の獣将、魔術もなしにワイに止めろっていうんですか? そんな無体な」

「なんでもいい、やれ!」

「これ、あかん上司やわ。でもなぁ」


 ブランディオはセイトの表情をじっと観察する。セイトも気圧されていないではないが、まだ目が死んでいない。ならばもう少し任せてみてもよいのではないかと考える。


「そっちの獣人はん、試合続行でよろしいでっか?」

「無論だ」

「おい、審判!」

「お前の上司は怒鳴っているが?」


 セイトの心配にブランディオは手を横に振っていた。


「あかんあかん、ワイに止めろとか無理や。魔術も使えへんよって、あんさんにお任せしますわ」

「委細承知。どのみち倒さなければならん相手なのだ、やらせていただこう」

「ただ死ぬ前には試合を止めまっせ? 止まるかどうか知らんけど」


 ブランディオはやや無責任な言葉とともに、段上から降りて非難しながら審判を継続することにした。本部ではマナディルが騒いでいるが、だからといってどうなるものでもない。神殿騎士団も外に出払ったまま、この状態のロッハを止められる者が会場内に残っているとも思えない。仮に止めるとして、殺すつもりでやらないと駄目なのは明白。下手をすると、グルーザルドとの国際問題に発展する。

 ブランディオはどのみち様子を見るしかないと判断していた。


「(まぁ、仮にイェーガーのセイトとやらが死んでもアルネリアに問題はなし。イェーガーも試合中の事故なら強く言えへんやろ)」


 その程度の思惑だったが、セイトにはただでやられる気など毛頭ない。呼吸を整え、ロッハを迎え撃つ。


「フウーッ」

「・・・ちっ、思わず使っちまった。まぁいいさ、貴様をぶちのめしてから次を考えるとしようか。アルネリアの連中がいりゃあ、即死でない限り大丈夫だろ!」


 咆哮で少し冷静さを取り戻したロッハが地面を踏みしめると、競技場にひびが入った。まるで爆発でも起きたかのような加速。だがセイトも速度には自信がある。ただの直線的な動きで捕まえられるほど鈍くはない。

 躱して背後から一撃。セイトがロッハのがら空きの背中を狙うが――


「遅ぇ」

「何っ!?」


 がら空きのはずのロッハの背中は残像。セイトの背後に回り込んだロッハが、組んだ拳を振り下ろす。


「何をっ!」


 セイトもこの上ない反射速度で、ロッハに先に後ろ蹴りを当てて見せた。だが蹴ったその感触はまるで大樹。びくともしない頑強な芯を感じると、ロッハの拳がセイトを直撃し、まるで地面についたゴム毬のようにセイトの体が地面に当たって跳ねた。


「ぎゃん!」

「いくらかいなそうとした分、跳ねたか。が――」


 ロッハが初めて構えを取った。頭上から落下するセイトにもゆっくりに感じられる、ロッハの構え。頭上に掲げた両腕を息を吐きながら下ろし、腰に構えた両手はさながら引き絞った弓矢である。

 喰らえば死ぬ――そんな思いがセイトの脳裏によぎると、その直後浮かんだ考えは「反撃」だった。どうせ避けられないなら、この体勢でできる限りの最大の一撃を放つ。先ほどの一撃で折れたのはせいぜい肋骨5、6本程度。ならば痛みさえ無視できれば、一撃を放つことにさほど影響はないとセイトは考えた。


「小僧、くたばれ!」

「死んでたまるかぁああ!」


 ロッハの両手が同時に繰り出される。そしてセイトは体を捩じって蹴りを放つ。ただしその蹴りはロッハの方を向いていない。



続く

次回投稿は、10/9(水)22:00です。

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