九十話 雑誌インタビュー
東京駅近くの瀟洒な喫茶店は、第二次大戦直後の時代から続く歴史が醸しだすレトロと、随時店内改装を行って維持されたモダンが折り成す、高級嗜好の店である。
飴色の木製椅子とカルメル色の四角い天板の机が並べられ、天井から下がった鉄の覆いがある暖色の照明が、シックな雰囲気を醸しだしている。
壁には小さめな絵が何個か飾られているが、提供する飲食物の匂いを阻害しないためか、その全てが水彩画でありガラス付きの枠がはめられていた。
店内には、高級そうな衣服に身を包んだご婦人を始めとして、英字新聞に目を通している外国人紳士に、東京駅近くに会社を構える超一流企業――東京ダンジョンが現れても移転しなかった気骨も持ち合わせている企業の会社員が休憩している姿がある。
そんな上級国民な雰囲気漂う店内に、異分子が二つ。
一つは言うまでもなく、防具である革の全身ジャケットを着て、頭にはカマキリのお面がついたヘルメットをかぶる、俺。
もう一つは、俺の真向かいに座り、居心地悪そうに周囲を伺う、リクルートスーツ姿の記者の、江古田照姫。
そんな異分子二人を、店側も雰囲気を壊す害悪だと判断したのだろう、店の端にある周りからの目が遮られる半個室状の場所に案内された。
入店拒否をせずに穏便に済ます名采配に、この喫茶店の店員の対応力の高さが垣間見える。
俺は自分たちがこの店に不似合いだなと分かっていたけど、あえてこの店を選んだ。
どうして選んだかというと、イキリ探索者を装うのに、最も適した店であると思ったからだ。
「注文、いいっすか?」
俺は椅子にどっかりと座った状態で、メニューを開きながら店員を呼ぶ。あたかも、こういう店に通いなれていますよといった態度をとる。
一方で江古田記者は、俺が店員を読んだことで、慌ててメニューを手に取って品名を見始める。品名の横に添えられた値段を見て、目を見開いて頬を引きつらせているあたり、新入社員らしくあまり給料に余裕がないことが伺えた。
俺が呼びつけたので、店員が手書きの伝票を片手に近寄ってきた。
「ご注文、お決まりでしょうか?」
「俺は、ブレンドコーヒー、ナポリタンスパゲッティ、チーズケーキを一ピース。そっちは?」
「はいぃ! えーっと……」
江古田記者の視線が、料理の品名と値段を行き来しているので、俺はヘルメットの中で苦笑する。
「奢ってやるから、好きなものを頼めって。こちとら、見た目の通りに、大分稼いでいるから遠慮はいらねえぜ」
「えっ、でも、取材対象者ですし」
「いいから、いいから。好きなものを、選べって。そっちは二度と来れないかもしれねえんだ。一番高い料理を頼んだらどうだ?」
俺が意地悪で言ったのだが、江古田記者は真に受けたようだった。
「そういうことでしたら、このシャトーブリアンステーキのセットを。付け合わせをライスで」
喫茶店に似つかわしくない料理名に、俺はこっそりとメニューを確認すると、確かにステーキが載っていた。
有名ブランド和牛のシャトーブリアンで、ステーキの重量は百グラムで固定。パンかライスかの片方を選び、小サラダとコンソメスープ、食後のコーヒーが付いたセットメニュー。その価格は時価だ。
俺はヘルメットの中で、マジかこいつという顔になってしまう。遠慮なしにもほどがあるだろうが。
でもまあ、時価とはいえど、流石に百万円はしないだろう。せいぜいって十数万円といったところ。
それぐらいなら今日の稼ぎで全て払えるだろうしと、俺は自分の気持ちを落ち着かせる。
注文を受けた店員が去ってから、俺はステーキを楽しみにしている様子の江古田記者に声をかける。
「おい、俺の取材なんだろ。写真とか取らなくて良いのか?」
「えっ!? あ、そうでした。では、ちょっと失礼しまして」
江古田記者は、スマホを取り出すと、無遠慮にパシャパシャと俺を取り始めた。
事前のポーズ指定もない上に、しかも雑誌の取材対象者をスマホのカメラで撮るって、なにを考えているのやら。
「なあ。記者ってのは、一眼レフカメラを構えるもんじゃないのか?」
「えへへ。デジカメを買うお金ないもので。ああでも、このスマホのカメラ、なかなかに高性能なんですよ。それに画像編集でちょこちょこっと弄りますから、雑誌に載った際の映りはバッチリですから、心配いりません」
職業倫理が欠如してそうな口振りに、俺はこのインタビューが本当に記事になるのか疑ってしまいそうになる。
これは雑誌の記事になれば良いなという気持ちで挑んだ方が、俺の精神衛生的に良さそうだな。
江古田記者が写真を撮り終えてスマホを片付けたのを見計らって、こちらからインタビューの切っ掛けを切り出す。
「それで、俺に何を聞きたいんだ?」
「そうですね。色々ある噂が本当かどうかを教えていただけたらと」
「噂? 例えばどんなのだ?」
「初期に選ぶ三つのスキルのうち、選んだのが次元収納のスキルである。武器に刀を使わず、鈍器を使っている。仲間を作らず、一人でダンジョンに入っている。一人だけにも拘らず、第五階層のトレントを突破した。ダンジョンの端から端を調べ周り、宝箱を何個も明けている。とかですね」
噂と言ってはいるが、それなりに下調べはしてきたらしいな。
「いま言われた噂に限っては、ほぼ真実だな」
「では、本当に次元収納のスキルを選んだのですか?」
「その通り。身体強化スキルを選ぶとやがて行き詰ることは、いま最前線でダンジョンを攻略中の探索者の噂を耳にして知っていたからな」
「えっ、そうなんですか?」
「知らないのか? 最前線にいる探索者のほぼ全員が、身体強化スキル持ちだ。そして最前線で攻略中とされている階層は、ここ半年の間動いていない。これは政府だ出している公開情報だから、スマホで調べれば直ぐに出てくるはずだ」
「ちょっと失礼して――あ、本当ですね。攻略中の階層の表記が、半年間動いてないですね」
「いままでの攻略情報も調べていれば、階層を上がる度に攻略のスピードが鈍っていっていた事実も分かったはずだな」
「ほへー。そうなですね」
「つーかよー。このぐらいの下調べもしないまま、考えなしに『初期スキルは身体強化一択』なんて馬鹿なダンジョンの攻略法を信じるのは間抜けって話だぜ、これは」
「間抜け、ですか?」
「そりゃそうだろ。誰が作ったか知らねえ、根拠の明示すらねえ、そんな攻略法を信じるなんて、詐欺師に騙される間抜け同然じゃねえか」
「明示がないって、身体強化スキルを選んだ人の活躍は、だいぶ耳にしますけど?」
「馬鹿か、お前。それはダンジョンの最初ぐらいの階層で活動するのなら、身体強化スキルを選ぶのが効率的って話だろうが。現段階の最前線ぐらいになると、身体強化の優位性は頭打ち。つまるところ、身体強化スキルはスタートダッシュ専用のスキルでしかないってことだ」
話が一区切りついたところで、店員が料理を持ってきた。
俺の前にはコーヒーとナポリタンスパゲッティが置かれ、江古田記者の前にはシーザードレッシングのサラダとクルトンが入ったコンソメスープが置かれた。
俺は料理が来たので、ヘルメットを脱いでから、コーヒーカップに手を伸ばした。そしてコーヒーカップを口元に運ぶと、良くローストされたコーヒー豆の匂いが立ち上ってきた。
深煎りされた焙煎香の中に、フルーツのようなフレッシュさも残る、絶妙な火入れのコーヒー豆。それを適温の湯で丁寧に抽出した、見事な一品。
匂いだけでも満足しそうになるが、コーヒーに口をつければ、その味も申し分なかった。
苦味、酸味、旨味のバランスがとれながらも、口を付けた瞬間と飲み込んだ後にも印象を確りと与える、絶妙なコーヒーだ。
俺は、これほど美味しいコーヒーは初めてだなと思いつつ、喫茶店内で俺の素顔を写そうとする江古田記者のスマホのレンズを手で覆い隠す。
「悪いが、素顔の撮影はNGだ。隠し撮りなんてしようものなら、お前の頼んだ料理の料金はお前が払え」
「えっ! 奢ってくれるって!?」
「俺の素顔を映さないし、素顔を雑誌に載せないと約束するのなら、払ってやるよ」
「そんなぁ……。うーん。仮面の顔は撮れているし、ならいいのかなあ……」
江古田記者は口惜しそうな顔をしながら、スマホを仕舞った。
意気込んで時価のステーキなんぞを頼むから、こうして足元を掬われるんだ。あと、時価のステーキぐらいで顔写真を諦めるぐらいなら、最初から粘ろうとするなと言いたい。
初七日を越えますので、次回からは一日一度の更新頻度になります。
ご了承ください。




