八十九話 浅層域の奥
第六階層の浅層域で十二分に戦えることが判明し、俺の地力を伸ばす必要がないことを確認した。
だから俺は、手早く浅い層域の通路の解明をしてしまうことにした。
幸いなことに、この第六階層から先も今までの階層と同じで、次への階層への最短通路のみが開拓されていて、枝葉にあたる通路の殆どが未探索になっている。
むしろ、第五階層のトレントを超えてまで稼ぎに来ようとする探索者が少ないこともあって、未探索通路が今までより多いまである。
「ダンジョン攻略を主眼に掲げる探索者にとってみたら、階層を先に進むことこそが至上目的だろうしな」
逆に俺は、目的が不老長寿の秘薬を手に入れることなので、未探索通路の先に眠っているであろう宝箱や隠し部屋が目標となる。
ここは、中ボスを超えた先の階層だ。
宝箱や隠し部屋にあるお宝は、今までの階層とは一味違うはずだ。
そう考えて、俺は通路の先を解明するため、モンスターが三匹一組で現れる場所に踏み入り、やがて四匹一組で現れる区域へと進んでいった。
手前から分かれ道を選んで、通路の先の一つ一つを行き止まりまで確認し、その行き止まりに隠し要素がないかを調べていき、俺は気付いた。
第四階層までに比べて、一階層が広くなっていることに。
「単純に探索が面倒臭いことになるぞ、これ」
マップの幅が広くなれば、その分だけ探索にも時間がかかる。
これは浅層域を調べ尽くすだけでも、十日以上かかりそうだという予感がする。
そしてマップが広がったということは、とある懸念を俺に抱かせることになり、その懸念は当たることになった。
「やっぱり、モンスターが五匹一組で出てくる区域が、浅層域の奥の奥にあるわけか……」
思わずげんなり仕掛けるが、気持ちを萎えさせている場合じゃない。
幸い、ここに出てくるモンスターは遠距離で倒せるものばかりだ。
まずは一撃死させられる変異グールたちを、フォースヒールで仕留める。
あとはオオアルマジロの回転突進攻撃を避けたりメイスで殴ったりしていなしつつ、射向日葵を魔力球を命中させ続けて倒す。
残ったオオアルマジロは、メイスで殴るもよし、魔力球を命中させるもよしだ。
「ふう。五匹一緒に来ようと、簡単、簡単」
五匹一組は初体験だったので少し焦ったが、変異グールさえ先に倒せてしまえば、四匹や三匹一組と大差ない状況に持ち込める。
それに、いま戦った感触からすると、射撃が厄介な射向日葵を魔力球で先に倒してしまえば、後はメイス一本でもその他を倒すことが容易いと分かった。
要するに、この付近を探索する実力が、俺にはあるということだ。
「じゃあ、じっくりと探し回ってみるとするかな」
未探索通路の終わりまで進むべく、俺は歩みを続けた。
第六階層の浅層域を奥まで行くこと、一週間。
ようやく、浅層域に限っては全ての通路を解明することができた。
その結果、湧き水のある休憩部屋が二つ、宝箱が四つ、隠し部屋が一つあることが判明した。
二つの休憩部屋は大小に分かれていて、大きい方は五十人ほどが寝られそうな大部屋で、小さい方は五人も入れば満杯な小部屋。そして二つの休憩室は、地図上で配置をみると第七階層への最短経路を挟んで左右に遠く離れて置かれていた。
そして大部屋の方の奥の区域に宝箱が一つと隠し部屋があり、小部屋の方の区域に宝箱が三つある。
この宝箱の配置を見て、この東京ダンジョンは探索者が大人数で集まることを良しとせず、せいぜい五、六人で組むように推進したいんじゃないかと、なんとはなしに思ってしまった。
ともあれ、宝箱四つから出てきたものは、魔石一つと金貨二十枚、大きな魔石が一つ、ポーション5つ、ヘッドが宝珠のロッドが一本という塩梅だった。
隠し部屋の中にも宝箱があり、そちらからは見るからに凄いものと思える、鞘と柄に立派な装飾が入った両手剣が入っていた。
魔石は全てメイスの強化に使い、ポーションは次元収納に収め、ロッドも魔法に関連しそうなので次元収納の中へ。
あとの立派な剣と金貨は、俺にとって必要のないものなので、役所で売り払うことにした。
金貨二十枚は直ぐに金になり、一枚十万円なので二百万円になった。
立派な剣は職員の勧めもあり、長期間開催の全世界向けのWebオークションに出品した。そのお陰で、未だ徐々に値段が上がり続けているし、取り引き終了までの時間にもなっていないため、お金に代わってない。
この剣と金貨を売ったことで、前に第二階層の迷路を攻略した際みたいに他の探索者に絡まれるかと思ったのだけど、そうはならなかった。
なんでも、今はトレントの討伐周回がトレンドになっているようで、トレント以外の話は余所に置かれている状態なのだという。
「小田原様が提供してくれた情報のお陰ですね」
とは、俺がイキリ探索者を演じながらの雑談をしかけた相手――買い取り受付けの窓口職員の言葉である。
「嬉しいねえ。俺のお陰っていうんなら、なんか役得なんかあってもいいんじゃないか?」
「そんなものはありません」
「ちぇー。トレントのドロップで市場経済が儲かってんだから、ちょっとぐらい良い目みてもいいだろうがよ」
「規定ですので、ありません」
にべもなく断られてしまったので、俺は大袈裟に肩をすくめる。
「仕方がねえ。あっ、第六階層の浅い層の通路、全部踏破したけど、その情報も買ってくれるか?」
「また宝箱の位置を見つけたんですか?」
「おうさ。驚け。四個もあったんだぜ」
俺にとって価値のなくなった情報を売り、二十万円という小金をせしめることに成功した。
地図の情報料が前より高くなったのは、トレントを倒した先という到達難易度から設定された規定の金額だとのことだ。
「小田原様は、次は中層域に?」
「そうとも。まあ見てなって、モンスターをバシバシ倒して、未探索通路を解明していやるからよ」
そんな話をした後で、今日のドロップ品を売却する。今日出たオオアルマジロの外殻革は岩珍工房に送るため、射向日葵の地雷ブローチとそれ同じ数の油瓶は火炎瓶に加工するために、売らずに残している。
ドロップ品を残したの影響で、売却料金はあんまり上がらず、ざっと五十万円ほど。
普通の仕事からすると大金を手にしたと言えるが、トレントを超えた探索者としての収益にしては微妙だ。第四階層で卑金属球集めをした方が、もっと稼げるんじゃなかろうか。
俺の目的は金稼ぎじゃないからいいけど、他の金稼ぎにダンジョンに入っている探索者からすると、第六階層の浅層域は旨味の少ない場所ということになりそうだな。
得た金を財布に突っ込み、膨れた財布を革ジャケットの内側に入れていると、横から声をかけられた。
「ヘルメットがカマキリな、変身ヒーローみたいな恰好。貴方が、昨今色々な噂の大元である、イキリ探索者さんですね!」
俺が声のした方向を見やると、新卒社員だと全身で表明しているような、リクルートスーツの女性が立っていた。
その身長百六十センチメートル程度の女性は、懐から名刺入れを出し、こちらに名刺を一枚渡してきた。
「わたし、探索者向けの月刊誌「ワライラ」の記者をやっているものです。お話を聞かせていただいてもいいですか! よければ、お写真も!」
俺はとりあえず名刺を受け取り、名乗りもしない失礼な記者の名前を確認する。
女性の名前は『江古田 照姫』で、本当に雑誌の記者の肩書が名刺に書かれている。
このズケズケと来る態度と、エゴな姫という名前の字面から、あまり良い印象がない相手ではある。
しかし、俺がイキリ探索者であると周知させるには、もってこいな相手じゃないかとも考える。
「ふーん、雑誌の取材ねえ。いいぜ、どこでインタビューを受けるんだ?」
「えっ! いいんですか! ええっと、あの、どうしよう!?」
どうやら取材が取れるとは思っていなかったらしく、俺が了承した途端に慌てだす。
仕方がねえなあと思いながら、この役所の近くにある喫茶店を、スマホを使ってネットで探す。
雑誌に乗るからには、良い雰囲気の内観であることが望ましいからな。
立地が東京駅近くということもあり、直ぐに目当てのお洒落な喫茶店は見つかった。
「インタビューの場所は、ここでどうだ?」
俺がスマホの画面を掲げて見せると、記者は目を輝かせる。しかし直後、顔色を曇らせる。
「ええっと、素晴らしいお店だと思うんですが、その、先立つものがなくて……」
「はぁ? もしかして、無料奉仕で、俺からインタビューを取りたいってのか?」
「いえ、謝礼は払います。払いますが、喫茶店の代金までが経費として下りるかどうか……」
「お前んところの雑誌。インタビュー相手に金払いを渋るほど、景気悪いのか?」
「そういうわけじゃないんですけど、このインタビュー自体、デスクに許しを貰ってないっていうか……」
どうやら、この新入社員の記者。特ダネを得ようと、勝手に活動しているらしい。
熱心な新入社員の暴走と考えれば微笑ましいが、関わる当事者となると面倒でしかない。
とんでもない記者に声をかけられたもんだと、頭を抱えたくなった。