八十六話 第六階層へ
第五階層のトレントを相手に、みっちりと地力をあげることに成功した。
それで俺は、意気揚々と第六階層へと踏み出すことにした。
第六階層は、トレントという中ボスが第五階層に立ちはだかっているためか、探索者が出入口に集まって活動場所を談合するほど人がいないのだそうだ。
それならと、誰も見かけることがないままに、俺はメイスを手に通路を進むことにした。
ダンジョン内の景色は、今までと同じ、横に広い四角い石の通路が伸びている造りだ。
「これがラノベだったら、中ボスを倒した先の光景は変わっていて然るべきなんだけどな」
しかし現実は、こんなもの。
このダンジョンを作った誰かがいたとしても、探索者のために通路の様子を変えるなんて手間はかけないだろうしな。
そんな四方山事を考えていると、視界の先にモンスターを見つけた。
そのモンスターは、一見すると人間のシルエットをしているように見えたが、よくよく見ると人の形ではありえない歪な部分があった。
「あれが変異グール。巨脚型か」
第六階層の浅層域にでるモンスターの一種である、変異グール。
変異、と名前がついているように、第二階層にでてきたグールの身体が変化している個体だ。
俺が見つけた変異グールは、二つの脚が巨人の脚に挿げ替えたのかという感じに、元の倍近く太く大きくなっている。
この巨脚型以外にも、巨腕型、巨頭型、樽胴型、尻尾型などの、変異違いの種類がいるという。
そんな色々な種類がいるらしいが、括りとして、全てが変異グールなのだそうだ。
「脚部が大きいってことは、まあそういうことだよな」
俺がメイスを構え直していると、変異グールが走り寄ってきた。巨人のような太くて大きい足を動かしているので、脚の回転速度は遅いのに、一歩分で到達する距離が大きいので、移動は速い。
しかし所詮は、脚だけが大きくなっただけの、グール。
大した相手じゃない。
「ううおおおらあああ!」
俺の方からも走り寄ると、グールの巨脚が地面を踏んだ瞬間に合わせて、メイスを振るった。
狙いは、俺の胸元と同じ高さにある、グールの膝。
メイスの十字架ヘッドがグールの膝を横から打ち、骨が砕ける音と手ごたえがした。
太くて大きい脚の膝が壊れたことで、変異グールは体勢を崩す。無事な方の脚で踏ん張っているが、大きい脚の重量を普通のままの上半身では操りきれないのだろう、次第に大きく体勢が傾いていく。
良い感じに位置が下がってきた変異グールの頭に目掛けて、俺はメイスを下から上へと振るって当てた。
変異グールの上半身が仰け反り、そして体勢を保ち切れずに、仰向けに倒れる。
俺はすかさず、変異グールの無事な方の足の膝をメイスで壊して立てないようにした。
これで、この変異グールは重たい脚が重しになり、上半身を起こすぐらいしか出来なくなった。
あとは頭を潰せば、終了だ。
「よし。ちゃんと第六階層でも戦えるようだな」
伊達に、長い期間トレント周回を熟してきたわけじゃないってな。
俺が感慨にふけっているあいだに、変異グールは薄黒い煙と化し、手で握り込める程度の革の小袋を落とした。
拾って袋の口を開けて中を見てみると、薬草臭の強い丸薬らしき玉が一つだけ入っていた。大きさは、ピンポン玉ぐらいだ。
「効果がランダムな丸薬って話だけど――次元収納に入れても、何の効果がある薬かは分からないか」
次元収納スキルには、中に入れたものが何なのかを、簡易に判別できる機能がある。
この機能は、恐らく中に入れたものを取り出す際に、なにを取り出すかを指定するために必要だからとついているんだろう。
しかしこの機能は、あくまで簡易。
それなので、変異グールが落とした謎の丸薬のことは、単に丸薬としか教えてくれない。
「効果がハッキリとわかっていれば、判別結果に反映されるんだろうけど」
なんて残念に思っていると、こちらに近寄ってくるモンスターの足音が聞こえてきた。
見やると、再びの変異グール。しかし今度は、巨腕型と呼ばれている、立っている状態で両腕の先が地面に着くぐらいに大きく、そしてボディービルダーの腕のようなムキムキ筋肉な個体だ。
あの腕で殴られたら痛そうだし、メイスの間合いと同程度に、あの腕の攻撃範囲が広そうに見える。
「じゃあ、遠距離攻撃で倒すしかないな。グールはアンデッド系だから、治癒方術フォースヒール」
俺が手を掲げてフォースヒールを使うと、巨腕の変異グールは、バッタリと倒れ、薄黒い煙と化した。
ドロップ品の謎丸薬を広い、次元収納の中へ。
その際に気付いた。先ほど入れた丸薬と、いまいれた丸薬が、次元収納の中で別枠扱いになっていることに。
この現象を他人に聞かせたら、それは普通じゃないかと思われるかもしれないが、それは違う。
例えば、レッサーオークの革を何枚か手に入れ、次元収納の中に入れたとしよう。その後に俺が次元収納を発動して何かを取り出そうとした際、頭の中に思い浮かぶ次元収納の中にある物品のリストには、レッサーオークの革が何枚と一括りで表示される。
では同じ革だから一括りなのかというと、それも違う。
レッサーオークの革を防御に使って穴を空けてしまったとき、その穴あき革を次元収納に入れてリストを確認すると、普通のレッサーオークの革とは別に、穴あきレッサーオーク革として認識できるようになる。
未開封のペットボトルと開封済みのペットボトルでも、同じように区別して取り出すことができる。
以上の現象から考えるに、巨脚型の丸薬と巨腕型の丸薬は、同じ丸薬でも効果が別なので、選び分けることができるようになっていると考えるのが自然だ。
そんな自説を展開したところで、ご丁寧なことに次元収納スキルが反応し、丸薬(Ⅰ)と丸薬(Ⅱ)と名称が区別された。
「ここまできたら、効果を表示してくれてもいいのにな」
少し残念だが、効果が謎の丸薬を自身に使う気にはならないので、売却専用のドロップ品にするしかないだろう。
幸いなことに、この丸薬に含まれる薬効成分を解析して医療に役立てようと、製薬会社関連が買い集めているらしくて、謎丸薬は高値で買い取ってくれる。
アンデッド系に特攻な治癒方術が使える俺にしてみれば、変異グールは倒しやすい相手。
ならば金稼ぎには持ってこいの相手だろうな。
「貯金額が凄いことになっているし、そもそも俺の目的は不老長寿の秘薬を手に入れることだから、意味ない事実だけどな」
俺は目的の手がかりすらない現状を思い出して肩をすくめつつ、第六層の通路を奥へと進んでいった。